第26話 揺らぐ王冠
講和交渉開始の報せは、王都に波紋を広げた。
戦に疲れた民は安堵し、
戦果を望む者は不満を抱き、
信徒たちは困惑した。
奇跡を使わないという選択は、
誰かの敗北のようにも見えたからだ。
王城では、貴族会議が開かれていた。
「殿下は弱腰だ」
「奇跡という抑止力を捨てるとは」
「教会との関係も悪化する」
ざわめきの中、王子は沈黙している。
王位継承権第二位の公爵が口を開く。
「我が国の威光を守る覚悟があるのか」
「ある」
王子は静かに答える。
「だからこそ依存を断つ」
「依存?」
「奇跡への」
室内がざわつく。
「奇跡を持つ者が削れ続ける国に未来はない」
ラウレンツが冷ややかに言う。
「それは王の言葉か」
「人としての言葉だ」
その一言が、場を凍らせた。
王族が“人”を名乗る。
象徴を降ろす危険な発言。
その夜、王城内で密談が行われる。
公爵と軍務卿、そしてラウレンツ。
「王子は感情に流されている」
「聖女に影響されている」
「王冠は揺らいでいる」
不穏な空気。
王位継承の噂が、形を持ち始める。
一方、医療院では。
共有計画の第一期訓練が始まっていた。
回復適性者十名。
年齢も出自も様々。
セレナも、その一人として座る。
「私は特別扱いしません」
リシェルが告げる。
「あなたは“十人の一人”です」
セレナは頷く。
胸の奥に、まだ微かな痛み。
だが光はある。
弱く、穏やかな光。
「完全回復は目指しません」
「はい」
「段階回復の積み重ね」
訓練が始まる。
小さな傷を閉じる。
過剰に肩代わりしない。
分散。
呼吸を合わせる。
十人で一人分の重傷を支える。
光が柔らかく広がる。
成功。
軍医が息を呑む。
「……安定している」
セレナが小さく笑う。
「一人じゃないから」
その言葉が、共有の本質だ。
だが同時に。
王城から急報が届く。
――公爵派、王子退位を示唆。
エルマーが顔をしかめる。
「来たな」
リシェルは目を閉じる。
奇跡を独占しない選択は。
王権を独占しない思想にも通じる。
それを恐れる者がいる。
夜、王子が医療院を訪れる。
護衛も少ない。
「……揺れている」
率直な言葉。
「私の立場が」
「後悔は」
「ない」
即答。
「だが覚悟は足りなかった」
窓の外を見る。
「王である前に、人でありたいと思った」
「それは弱さではありません」
「王にとっては弱さだ」
沈黙。
「もし私が退けば」
「退かせません」
リシェルははっきり言う。
「共有は王権を奪う思想ではありません」
「だがそう見られる」
「見せ方の問題です」
王子が苦笑する。
「お前は政治家にもなれる」
「なりません」
即答。
「私は回復職です」
その言葉に、王子はわずかに救われたように笑う。
「……講和交渉は続ける」
「はい」
「奇跡を武器にしない国へ」
それは理想だ。
だが理想は王冠を軽くしない。
むしろ重くする。
医療院の灯りが夜に浮かぶ。
十人の光が、静かに揺れている。
独占を崩すということは。
一人の王に集中した権威も揺らす。
共有の思想は、優しい。
だが優しさは、体制を変える。
風が強まる。
王冠はまだ落ちていない。
だが揺れている。
奇跡と王権。
どちらが先に形を変えるのか。
物語は、さらに大きな局面へ進み始めていた。
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