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婚約破棄された聖女は奇跡を独占しない ―婚約破棄された回復職は、帰還兵と医療国家をつくる―  作者: 冬月シオン


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第22話 神の名の下に

 セレナの容体は、三日で安定した。


 命に別状はない。


 だが完全回復の光は、戻らなかった。


 試験的に軽傷兵を治癒させる。


 傷は閉じる。


 だが以前のような一瞬の完全修復ではない。


 時間がかかる。


 深い損傷には届かない。


 テントの空気が重くなる。


「一時的な消耗だ」


 ロザリアは言い切る。


「祈祷を重ねれば戻る」


 だが軍医たちは視線を逸らす。


 リシェルは静かに告げる。


「戻りません」


 断言。


「過剰肩代わりによる構造的損傷です」


「聖女を診断する立場にあると?」


 低い声が割って入る。


 振り返ると、黒衣の男が立っていた。


 年は五十を越えているだろう。


 鋭い目。細い唇。


 枢機卿ラウレンツ。


 教会強硬派の中心人物。


「奇跡は神の賜物」


 ゆっくりと歩み寄る。


「人の理屈で測るものではない」


「身体は人のものです」


 リシェルは退かない。


「神が与えたとしても、壊れれば壊れます」


 ラウレンツの目が細くなる。


「あなたは奇跡を弱体化させたいのか」


「守りたいだけです」


「守る?」


 薄く笑う。


「守ると言いながら、制限する」


「制限しなければ壊れます」


 沈黙。


 セレナが寝台から声を出す。


「……枢機卿様」


 かすれているが、はっきりしている。


「私、無理をしました」


「それは信仰の証だ」


 即答。


 リシェルの胸が冷える。


「証ではありません」


 静かに言う。


「消耗です」


 ラウレンツが向き直る。


「聖女は象徴だ」


「人です」


「象徴だからこそ、人以上でなければならない」


 空気が張り詰める。


 エルマーが一歩前に出るが、リシェルは手で制する。


「象徴を人以上にすれば、必ず壊れます」


「壊れても次がいる」


 その言葉に、テントの空気が凍る。


 セレナの指が震える。


 リシェルの声が低くなる。


「今、壊れかけているのはこの子です」


 ラウレンツは一瞬、視線を逸らす。


「奇跡は国家の柱だ」


「柱に人を使うのですか」


「必要なら」


 冷たい答え。


 リシェルは理解する。


 これは思想の違いではない。


 価値観の違いだ。


 セレナが小さく言う。


「私、もう完全回復はできません」


 沈黙。


 ラウレンツがゆっくりと振り返る。


「公表はしない」


「え?」


 セレナが戸惑う。


「あなたは依然として聖女だ」


「ですが」


「軽度の消耗と発表する」


 リシェルの胸が締め付けられる。


「それは虚偽です」


「信仰は事実より強い」


 ラウレンツは冷ややかに言う。


「民は奇跡を求めている」


「真実を隠せば、もっと壊れます」


「壊れるのは制度か? それともこの子か?」


 その問いは残酷だ。


 セレナが涙をこらえる。


「私は……役に立ちたいだけです」


 ラウレンツは優しく微笑む。


「立てるとも」


 その優しさが、刃のようだ。


 リシェルははっきりと言う。


「セレナは医療院で預かります」


 テントがざわめく。


「回復訓練を行う」


「教会の許可は」


「いりません」


 空気が張り詰める。


 ラウレンツはじっとリシェルを見つめる。


「あなたは制度を壊したいのではなく、奪いたいのだな」


「違います」


「奇跡の主導権を」


「共有したいだけです」


 静かな対立。


 やがてラウレンツは背を向ける。


「……王都で話そう」


 黒衣が去る。


 テントに残るのは、重い沈黙。


 セレナが震える声で言う。


「私、もう聖女じゃないですか」


 リシェルはもう一度、少女を抱き寄せる。


「あなたはあなたです」


「でも奇跡が」


「奇跡は弱くなっていません」


 額を合わせる。


「独占が壊れただけです」


 セレナの涙が、静かに流れる。


 戦場の外で、兵の歓声がまだ響いている。


 奇跡の物語は続いている。


 だがその内側で、軋みが広がっている。


 神の名の下に。


 誰を削るのか。


 その問いは、もう避けられない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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