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婚約破棄された聖女は奇跡を独占しない ―婚約破棄された回復職は、帰還兵と医療国家をつくる―  作者: 冬月シオン


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第18話 奇跡は、国のものではない

 北方戦線の総攻勢は、最終的に膠着という形で終わった。


 敵将は討てなかった。


 だが要塞は落ちず、壊滅もなかった。


 王都へ届いた報告書には、二つの数字が並んでいる。


 戦果――限定的。

 損耗率――過去最低。


 議場は、かつてないほど静かだった。


「決定的勝利を逃した」


 軍務卿が低く言う。


「だが壊滅もしていない」


 財務卿が続ける。


「人的損耗の抑制は、長期的国力維持に資する」


 ロザリアは沈黙している。


 王子が立ち上がる。


「結論を出す」


 視線が集まる。


「段階回復を基本とする医療指針を正式採用する」


 ざわめき。


「戦場における即時全快は、王命による特例のみ」


 軍務卿が反論しかける。


「特例は私が決める」


 王子の声は揺らがない。


「そして」


 彼は続ける。


「聖女制度の見直しを開始する」


 空気が凍る。


「一人に奇跡を集中させる現体制は、再検討する」


 ロザリアが立ち上がる。


「それは神の秩序への挑戦だ!」


「神の秩序が、国を弱くするなら?」


 王子の問いは静かだ。


「奇跡は尊い。だが依存は危うい」


 沈黙。


 リシェルは一歩前に出る。


「私は聖女ではありません」


 議場がざわめく。


「回復職です」


 視線が刺さる。


「奇跡は、国のものではありません」


 一語一語、置く。


「一人の身体に宿る力を、国家資源として扱う限り、戦争は奇跡を前提に設計されます」


「それが何だ」


 軍務卿が言う。


「勝てるなら良いではないか」


「勝つために奇跡を消耗し続ければ、いずれ奇跡は尽きます」


 静まり返る。


「私の身体が証明です」


 腹に手を当てる。


「削れています」


 初めて、公に認める。


「全快させれば、もっと削れたでしょう」


「それが聖女の役目だ」


 ロザリアが言う。


「違います」


 リシェルははっきりと言う。


「奇跡は奉仕ではあっても、消耗品ではありません」


 沈黙。


「私は、延命を拒みます」


 その言葉は、戦場だけでなく議場にも向けられている。


「戦争の延命も、奇跡の延命も」


 王子がゆっくりと頷く。


「聖女制度の再編を命じる」


 宣言。


「回復適性者の分散育成を開始。医療院を中核とする」


 議場は割れる。


 賛成と反対。


 だが決定は下った。


 会議後、廊下でカトリーナが待っていた。


「あなたは、ついに制度に手をかけた」


「一人では無理でした」


「王子を動かしたのはあなたです」


「動いたのは、戦場の数字です」


 カトリーナは小さく笑う。


「私はまだ、即時全快を完全には否定しない」


「必要な場面はあります」


「だが常態にはしない」


「はい」


 視線が交わる。


「……敵ではないな」


「はい」


 だが同時に、完全な味方でもない。


 それでいい。


 王城を出ると、夕暮れが街を染めている。


 医療院の門前には、あの花束がまだ置かれていた。


 枯れかけている。


 だが捨てられてはいない。


 アベルが駆け寄る。


「決まったんですか」


「ええ」


「俺たちのやり方で、いいって」


「いいえ」


 リシェルは首を振る。


「始まっただけです」


 奇跡はなくならない。


 戦争も、すぐには終わらない。


 だが。


 一人の肩に奇跡を背負わせる時代は、揺らいだ。


 聖女という象徴は、形を変える。


 制度へ。


 分散へ。


 責任の共有へ。


 胸の痛みは消えない。


 だがその痛みは、無意味ではない。


 リシェルは空を見上げる。


 奇跡は、国のものではない。


 誰かの命を延命するための鎖でもない。


 それはただ。


 生きるための力だ。


 そしてその力を、独占させないために。


 彼女は歩き続ける。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


明日からは1日1話の投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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