第14話 勝利の代価
北方要塞は、三日後に持ちこたえた。
増援が到着し、隣国軍は一時撤退。
戦術上は“勝利”と報告された。
だが野営地には、勝利の歓声は少ない。
担架の数が、減っていないからだ。
完全回復した兵は、いない。
安定化され、後送される兵が並ぶ。
その光景を、カトリーナは無言で見つめていた。
「再出撃率は」
彼女が軍医に問う。
「従来の半分以下です」
「戦力の即時回復がなければ、次の攻勢は難しい」
数字が並ぶ。
合理的な結論。
リシェルはそれを聞きながら、包帯を巻いていた。
腹の奥がじくじくと痛む。
昨夜の肩代わりが重い。
「あなたのやり方は、確かに兵を生かす」
カトリーナが言う。
「だが戦争は、数字で動く」
「数字も人でできています」
リシェルは答える。
「その人が、再び戦えるかどうかで勝敗は決まる」
「戦えることだけが、価値ではありません」
「戦えなければ、守れない」
視線が交錯する。
そこへ、後送される将軍が運ばれてきた。
胸に厚い包帯。
「……要塞は」
「持ちこたえました」
カトリーナが答える。
将軍は安堵の息を吐く。
「なら、私は役目を果たした」
「回復すれば、再び――」
「戻らぬ」
将軍は首を振る。
「私は若い兵に任せる」
沈黙。
「聖女殿」
彼はリシェルを見る。
「完全に戻さなかったこと、感謝する」
カトリーナがわずかに目を見開く。
「私は、あの夜、戻りたかった」
将軍は続ける。
「だが戻れば、さらに兵を死なせただろう」
その言葉は、刃のように静かだ。
リシェルは深く頭を下げる。
後送の馬車が出る。
砂埃が舞う。
その背を、兵たちが見送る。
“戦えなくなった”指揮官。
だが誰も蔑まない。
生きているからだ。
夜。
戦況報告が王都へ送られる。
“勝利”。だが“損耗大”。
カトリーナがテントに現れる。
「あなたは、将軍の心まで計算に入れていたのか」
「いいえ」
「なら偶然か」
「いいえ」
リシェルは首を振る。
「人は、選べるからです」
「何を」
「戻るか、戻らないか」
カトリーナは黙る。
「兄は、戻った」
ぽつりとこぼす。
「完全回復し、翌週には前線へ」
そのまま戦死。
沈黙。
「あなたのやり方なら、生きていたかもしれない」
「わかりません」
「……だが」
カトリーナは小さく息を吐く。
「私はまだ、あなたを正しいとは言えない」
「私も、自分が正しいとは言いません」
「ではなぜ続ける」
「延命を拒むためです」
夜風がテントを揺らす。
戦は一時的に静まっている。
だが軍部内の不満は高まっている。
翌朝、王都からの使者が到着する。
正式な命令書。
「北方戦線の回復方針について、再検討を要す」
軍務卿の署名。
要するに。
“全快を許可せよ”。
エルマーが低く言う。
「来たな」
リシェルは命令書を畳む。
「戻ります」
「王都へか」
「はい」
戦場で証明した。
だが決定権は王都にある。
帰還の馬車に乗る前、カトリーナが言う。
「私はあなたを止めない」
「ありがとうございます」
「だが、あなたの制度が国を弱めるなら」
「敵になりますか」
「ええ」
迷いなく。
「そのときは、全力で」
リシェルは微笑む。
「望むところです」
馬車が動き出す。
要塞が遠ざかる。
今回、奇跡は戦況を逆転させなかった。
だが要塞は落ちなかった。
兵は生き残った。
その意味を、王都がどう受け取るか。
次の戦いは、議場で始まる。
延命を拒む回復。
それを制度にできるかどうか。
リシェルは胸の痛みに耐えながら、目を閉じた。
削れた分だけ、覚悟が増している。
戦場は終わっていない。
場所を変えるだけだ。




