第13話 選別の夜
夜襲は、静寂を裂くように始まった。
要塞の外壁に火矢が降り、警鐘が鳴り響く。
「西門が突破される!」
兵の叫びが飛び込む。
リシェルは即座に立ち上がる。
昼間の戦闘で消耗はしている。だが休んでいる暇はない。
担架が次々と運び込まれる。
止血。固定。縫合。安定化。
光は最小限。
肩代わりの痛みが、確実に蓄積していく。
「聖……先生!」
若い兵が叫ぶ。
「こっちは無理です!」
担架の上には、腹部を深く裂かれた少年。
まだ髭も生えていない。
もう一つの担架には、重傷の伝令兵。腕と脚を同時に砕かれている。
軍医が叫ぶ。
「両方は無理だ!」
時間が足りない。
魔力も。
リシェルは一瞬、目を閉じる。
選別。
トリアージ。
救える命を優先する。
「伝令兵を先に」
決断。
軍医が動く。
少年の目が、リシェルを見つめる。
「……先生」
声が震える。
「俺、まだ……」
リシェルは彼の手を握る。
「呼吸を整えて。痛みを和らげます」
完全回復はできない。
時間が足りない。
光が揺れる。
少年の痛みを引き受ける。
腹が焼ける。
だが致命傷までは届かない。
伝令兵は安定する。
後送可能。
少年の呼吸が浅くなる。
軍医が首を振る。
「間に合わない」
リシェルは少年の手を握り続ける。
「怖いか」
少年が小さく頷く。
「……母さんに、手紙」
「書きます」
「戦えなかった」
「戦った」
少年の指が、ゆっくりと力を失う。
光は消える。
沈黙。
外では戦闘が続いている。
だがこのテントの中だけ、時間が止まった。
エルマーがそっと布をかける。
「……選んだな」
「はい」
声がかすれる。
伝令兵が目を開ける。
「……ありがとう」
生きている。
情報を運べる。
部隊は持ちこたえられる。
だが。
少年は戻らない。
夜明け。
戦は辛うじて退けられた。
被害は大きい。
要塞の石壁には、黒い焦げ跡が残る。
指揮所で、軍務卿が怒鳴る。
「なぜ将軍を完全回復させなかった!」
カトリーナは黙っている。
リシェルは答える。
「完全回復すれば、即座に前線へ戻ったでしょう」
「当然だ!」
「彼は今、生きています」
「兵は死んだ!」
「全員は救えません」
室内が凍る。
「私は神ではありません」
静かに告げる。
「救える命を優先しました」
軍務卿が拳を握る。
「お前の判断で、戦況が変わる!」
「はい」
はっきりと言う。
「だからこそ、全快させない」
ざわめき。
「全快は戦争を延命させる」
カトリーナが口を開く。
「……昨夜の伝令が届いたおかげで、増援は間に合った」
視線が集まる。
「彼が倒れていれば、要塞は落ちていた」
沈黙。
軍務卿は歯を噛みしめる。
だが反論はできない。
リシェルの腹が疼く。
少年の痛みが、まだ残っている。
選んだ。
救える命を。
救えない命を。
その重さは、誰も分担してくれない。
テントに戻ると、エルマーが言う。
「後悔は」
「あります」
即答。
「でも、選び直しません」
遠くで、朝日が昇る。
血の匂いに混じって、冷たい風が吹く。
戦場は、彼女に問い続ける。
奇跡を一点に集中させるのか。
それとも、選び続けるのか。
リシェルは立ち上がる。
まだ終わっていない。
この戦いは、敵との戦いだけではない。
延命という名の慣習との戦いだ。
夜に選んだ決断は、要塞を守った。
だが同時に。
彼女自身の何かを、また一つ削った。




