第12話 資源としての奇跡
北方要塞へ向かう道は、疫病のときとは違う緊張を孕んでいた。
兵站馬車が列をなし、補給品と弾薬が運ばれていく。
リシェルは軍医団の後方に位置づけられた。
かつてのような“聖女専用”の護衛隊はない。
それは彼女の条件の一つだった。
戦場に着いた瞬間、空気が変わる。
焦げた木材の匂い、血と土の混ざった湿気。
担架が次々と運び込まれる。
「腹部損傷!」
「右脚粉砕!」
「意識なし!」
軍医たちが怒鳴る。
リシェルは即座に指示を出す。
「重度出血は止血優先。四肢は固定。胸部は私が見る」
光を使う。
だが以前のように、完全に閉じない。
止血と臓器の安定化。
命をつなぐ最低限。
「……全快させないのか?」
若い軍医が驚く。
「今は生かすことが優先です」
担架の兵が呻く。
「聖女様……」
その呼び名に、リシェルは反応しない。
ただ、呼吸を整え、傷を安定させる。
数時間後。
負傷者の流れが一段落した。
要塞の指揮所に呼ばれる。
そこにカトリーナがいた。
地図を前に、冷静に指示を出している。
「前線第三部隊、二時間持ちこたえれば増援到着」
彼女は振り返る。
「状況は」
「致命傷三名、安定化済み。再出撃は不可」
カトリーナの眉がわずかに動く。
「不可?」
「はい」
「三名とも熟練兵だ」
「命は守りました」
「だが戦力は減った」
言葉は冷たいが、感情はない。
「戦力を守るために、命を削るのですか」
「戦力がなければ、命は守れない」
静かな対立。
「あなたは奇跡を、どう見ているのですか」
リシェルが問う。
「資源です」
即答。
「兵站と同じ。有限で、管理すべきもの」
「人の身体も?」
「国家の一部です」
迷いがない。
「あなたの奇跡が一点に集中すれば、戦況は好転する」
「その後は」
「勝てば終わる」
「終わらなければ」
一瞬、沈黙。
「……終わらせる」
カトリーナの瞳がわずかに揺れる。
「兄は、回復が間に合わなかった」
初めて感情の影が差す。
「もしあなたがいれば、生きていた」
責める声音ではない。
事実の提示。
「だが生きていれば、また前線に立っていた」
リシェルは静かに言う。
カトリーナの目が細くなる。
「あなたは冷酷だ」
「あなたも」
視線がぶつかる。
敵意ではない。
理解し合えないという理解。
そのとき、外で爆音が響く。
「敵が突撃!」
兵が駆け込む。
「指揮官が重傷!」
担架が運ばれる。
胸部深くを貫かれている。
周囲がざわめく。
「この方が倒れれば、部隊は崩れる!」
軍医が叫ぶ。
カトリーナが言う。
「全快させろ」
短い命令。
リシェルは傷を見る。
完全修復は可能だ。
だが代償は重い。
そして全快すれば、彼は再び前線へ出る。
「段階回復を行います」
告げる。
「安定化後、後送」
「それでは持たない!」
「持たせます」
光が広がる。
致命的な損傷を閉じる。
だが筋肉と骨は完全には戻さない。
呼吸が安定する。
指揮官は目を開ける。
「……戦況は」
「後送します」
リシェルが告げる。
「戦えます」
「今は無理です」
カトリーナが割って入る。
「戻れ」
「将軍」
リシェルは視線を合わせる。
「あなたが戻れば、兵は安心する」
「では」
かすれた声で将軍が言う。
「私は戻らない」
室内が静まる。
「兵は、私の顔よりも、生きて戻る道を知るべきだ」
意外な言葉。
カトリーナが息を呑む。
将軍は目を閉じた。
後送が決まる。
戦況は一時的に不利に傾く。
だが部隊は持ちこたえた。
夜。
戦は膠着状態。
カトリーナがテントを訪れる。
「あなたは賭けに勝った」
「勝っていません」
「兵力は減った」
「命は残った」
沈黙。
「……私は、あなたを理解できない」
「私も」
カトリーナは小さく笑う。
「だが敵ではない」
「私も」
テントの外で、兵が笑う声が聞こえる。
全快ではない。
だが生きている。
奇跡は資源か。
それとも責任か。
戦場は、まだ答えを出していない。
だが一つだけ確かなことがある。
奇跡を一点に集中させる戦い方は、揺らぎ始めている。
その揺らぎが、国をどう変えるか。
まだ誰も知らない。
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