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婚約破棄された聖女は奇跡を独占しない ―婚約破棄された回復職は、帰還兵と医療国家をつくる―  作者: 冬月シオン


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第11話 軍鼓、再び

 軍鼓の音は、疫病が去った王都に不釣り合いなほど鋭かった。


 早朝、修道院の門が激しく叩かれる。


「臨時医療院長、リシェル・アルヴェーン殿に急報!」


 アベルが門を開けると、鎧姿の伝令が息を切らして立っていた。


「北方国境、奇襲を受けました。前線が後退中。負傷者多数」


 静まり返る中庭。


 エルマーが目を細める。


「疫病が収まった途端か」


「隣国も機を窺っていたのでしょう」


 リシェルは短く答える。


「王城へ来られたいとのことです」


 伝令の目は焦りに満ちている。


 修道院の患者たちが、不安げにこちらを見ている。


 疫病を乗り越え、ようやく落ち着きを取り戻したばかりだ。


 だが戦争は、待たない。


 王城の会議室は、以前とは空気が違った。


 机上に並ぶのは感染者数ではなく、戦況図。


 赤い駒が、国境を越えている。


「北方要塞が半壊。撤退戦だ」


 軍務卿が言う。


「回復職が不足している。戦地常駐の聖女がいない現状では――」


 視線がリシェルに向く。


 その横に、見慣れぬ女性が立っていた。


 濃紺の軍装。鋭い灰色の瞳。


 年はリシェルと同じか、少し上。


「紹介しよう」


 王子が言う。


「軍務卿補佐、カトリーナ・ヴァルディス」


 女は一礼する。


「お噂はかねがね」


 声音は冷静で、無駄がない。


「奇跡に頼らない医療を説く方だとか」


 皮肉は含まれていない。


 純粋な評価の声音。


「現状を説明します」


 カトリーナが地図を指す。


「前線の回復職は消耗しています。即時全快ができる者は二名のみ」


「致命傷の回復が間に合わなければ、要塞は落ちます」


 軍務卿が続ける。


 王子が静かに言う。


「リシェル」


 その声には、個人的な色はない。


「医療院の方針は承知している。だが今回は――」


「戦場復帰を求める」


 カトリーナが言い切る。


 視線がぶつかる。


 敵意はない。


 ただ、確信がある。


「あなたが戻らないなら、兵は死にます」


 静かな宣告。


 室内が重く沈む。


 リシェルは問う。


「即時全快を求めますか」


「求めます」


 即答。


「戦況を逆転させるには、それしかない」


「逆転すれば、戦は続きます」


「負ければ、国が終わる」


 言葉が交差する。


「あなたの制度は美しい」


 カトリーナは続ける。


「だが理想は、存続してこそ意味がある」


 正論。


 リシェルは目を閉じる。


 疫病のときと違う。


 今回は敵が明確だ。


 だが同時に。


 戦場には、またアベルのような少年がいる。


 王子が低く言う。


「強制はしない」


 軍務卿が眉をひそめるが、王子は続ける。


「だが、選んでほしい」


 選択。


 婚約破棄のときと同じだ。


 誰かに決められるのではない。


 自分で決める。


「……戻ります」


 静かに告げる。


 軍務卿が安堵の息を漏らす。


 だがリシェルは続ける。


「ただし条件があります」


 カトリーナの眉がわずかに動く。


「即時全快は行いません」


 ざわめき。


「段階回復のみ。再出撃の強制は禁止。医療判断は私に一任」


「それでは戦力が」


 軍務卿が反論する。


「兵が戻らなければ、戦は短期化します」


 静かな爆弾。


 カトリーナが目を細める。


「あなたは、戦争を短くするために戦場へ戻るのですか」


「戦争を延命しないために」


 沈黙。


 王子がゆっくりと頷く。


「……認める」


「殿下!」


「責任は私が取る」


 軍務卿が唇を噛む。


 カトリーナはリシェルを見つめる。


「理解しました」


 その声音には、軽蔑も怒りもない。


「では、戦場で証明してください」


 静かな宣戦布告。


 会議は終わる。


 廊下に出ると、王子が並ぶ。


「無理をするな」


「します」


 即答。


 王子が苦笑する。


「……戻ってこい」


「戻ります」


 だがどんな形で戻るかは、まだわからない。


 修道院へ戻ると、アベルが駆け寄る。


「戦場、行くんですね」


「ええ」


「俺も」


「駄目です」


 即答。


「でも俺、補助なら」


「あなたはここを守る」


 アベルは唇を噛む。


「戦えなくても、できることがあると教えました」


 視線を合わせる。


「ここが崩れたら、戻る場所がなくなる」


 沈黙のあと、アベルは頷く。


「……はい」


 夜。


 荷をまとめる。


 回復器具は最小限。


 奇跡の光を振りかざすつもりはない。


 戦場へ戻る。


 だが今回は、聖女としてではない。


 延命を拒む回復職として。


 遠くで再び軍鼓が鳴る。


 その音は、以前よりも重く聞こえた。


 次の戦場は、兵だけではない。


 思想の戦場だ。


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