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婚約破棄された聖女は奇跡を独占しない ―婚約破棄された回復職は、帰還兵と医療国家をつくる―  作者: 冬月シオン


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第10話 燃やされた看板

 臨時医療院としての認可が下りて、三日目の夜だった。


 火の匂いで目が覚めた。


 外から怒号が聞こえる。


「燃えてるぞ!」


 アベルの声。


 リシェルは飛び起きる。胸が痛むが、構っていられない。


 中庭に出ると、門柱に掲げたばかりの看板が炎に包まれていた。


 ――王都臨時医療院。


 黒い文字が、赤く揺れる。


「水を!」


 エルマーが指示を飛ばす。


 桶が運ばれ、火はやがて鎮まる。


 だが看板は半ば焼け落ち、文字は読めない。


 門の外に人影はない。


 残されたのは、焦げた布と、踏み荒らされた足跡。


「……脅しか」


 エルマーが低く言う。


 リシェルは焼け焦げた板を拾い上げる。


 奇跡のいらない場所。


 それが、気に入らない者がいる。


 翌朝、噂が流れた。


 ――聖女を名乗らぬ女が、神の奇跡を否定している。

 ――疫病は神罰だった。

 ――奇跡を拒んだから、さらなる災いが来る。


 教会の公式見解ではない。


 だがどこからともなく広がる。


 昼前、石が投げ込まれた。


 窓ガラスが割れる。


 中にいた患者が悲鳴を上げる。


 アベルが飛び出そうとするのを、エルマーが止める。


「出るな」


「でも!」


「挑発だ」


 リシェルは割れた窓の前に立つ。


 外には十数人の男たち。


 商人風の者、職人風の者。


「奇跡を否定する医療院はいらん!」


「神に背くな!」


 声は揃っていない。


 だが不安と怒りが混ざっている。


 リシェルは門まで歩いた。


 エルマーが並ぶ。


「ここで騒ぐのはやめてください」


 静かに言う。


「ここには病人がいます」


「お前のせいで祈祷が延期された!」


「奇跡で救えた命があったはずだ!」


 リシェルは息を吸う。


「奇跡で、一時的に熱は下がります」


「ほら見ろ!」


「ですが再発します」


 ざわめき。


「再発すれば、さらに広がります」


「証拠は!」


「南区の記録を提出します」


 男の一人が叫ぶ。


「数字なんか知らん!」


 石がもう一つ飛ぶ。


 今度はリシェルの足元に落ちた。


 その瞬間、アベルが前に出た。


「やめろ!」


 声が裏返る。


「俺は二回助けられた!」


 男たちが一瞬黙る。


「奇跡で戻って、また戦場に行って……また死にかけた!」


 胸の包帯を握りしめる。


「でも今は、ここで水を汲んでる! 戦えなくても、生きてる!」


 震えていた声が、次第に強くなる。


「奇跡だけが救いじゃない!」


 沈黙。


 群衆の中で、視線が揺れる。


 だがそのとき、遠くから兵の足音が響いた。


 王都警備隊だ。


 隊長が前に出る。


「騒乱行為は禁止されている。解散せよ」


 群衆はしぶしぶ散り始める。


 最後に一人、低く呟いた。


「……終わらせるぞ」


 その言葉は、小さかったが重い。


 門が閉じられる。


 中庭に沈黙が落ちる。


 焼けた看板の残骸が、まだ煙を上げている。


「怪我は」


「ありません」


 リシェルは答える。


 だが胸の奥に、別の痛みがある。


 制度は敵を作る。


 理解はすぐには広がらない。


「……やめるか」


 エルマーが問う。


 冗談ではない。


 本気の確認だ。


 リシェルは焼けた板を見つめる。


 奇跡のいらない場所。


 それが、脅威になるなら。


「続けます」


 即答。


「燃やされるなら、また掲げます」


 アベルが小さく笑う。


「俺、字うまくなります」


 中庭に、かすかな笑いが戻る。


 その日の夕方、レオンハルトが訪れた。


 焼け跡を見て、顔をしかめる。


「警備を強化する」


「いりません」


「強がるな」


「ここは城ではありません」


 リシェルは静かに言う。


「兵が常駐すれば、ここはまた“特別”になる」


「特別ではないと?」


「誰でも来られる場所でなければ」


 王子はしばらく黙り、やがて言った。


「……ならば、法で守る」


「法?」


「臨時医療院を正式な王立医療院とする」


 リシェルの目がわずかに開く。


「議会を通す必要がある。時間も敵も増える」


「それでも?」


「燃やされた看板の代わりだ」


 彼は続ける。


「奇跡だけに頼らない医療。制度として整える」


 風が吹き、焦げた板が転がる。


 奇跡は燃やせる。


 だが制度は、簡単には燃えない。


 リシェルはゆっくりと頷いた。


「なら、設計図を出します」


 敵は増える。


 だが味方も増える。


 看板は焼けた。


 だが灯は消えていない。


 むしろ。


 炎に晒されて、輪郭がはっきりした。


 奇跡のいらない場所は、もう個人の拠点ではない。


 王都の問題になった。


 それは、次の戦いの始まりでもあった。


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