追放された二人は我が道を行く
女の子のバディ物。
私はどうしても話が長くなりがちなので、短編になるように描写少なめを心がけました。これってハイファンタジーでいいのか?となる内容。
楽しんで読んでくださったのなら幸いです。
綺羅びやかな装飾のされたホール。王侯貴族や資産家の子女達が通う学園は、本日、卒業生のためにパーティーが催されていた。
ただ、談笑や舞踏をする者は一人もおらず、皆が息を呑んで見守るのは、壇上にいる第二王子と身を寄せた令嬢。そして、その眼下において見上げている二人の女子生徒の様子だった。
一人は、この国で武門の名家である伯爵家の令嬢シャルロッタ・フレスヴェルグ。緩やかなウェーブを描く藍色の髪に、美しい翡翠色の瞳をした冷ややかな美貌の令嬢。
もう一人は、国が異世界から召喚した聖女ニナだった。高い神聖力を持つことで聖女に選ばれた彼女は、見た目こそ慎ましやかで大人しい雰囲気を持つ。黒髪に焦げ茶色の瞳という、この国では珍しい色を持っていた。
共に卒業生としてパーティーに参加していた二人は、迎え撃つように壇上の第二王子を見据えている。
「貴様らが共謀して真の聖女ナリッサを害したと知っている!国が認めた聖女の殺害未遂を企てたことは許せるものではない。王都からの追放を命ずる!!兵よ、この不届き者達を即刻捕縛して連れ出せ!!」
突然のことだった。他の参加者達は目を丸くして見守るだけだった。ただ、一人の男子卒業生が同調の声を発すると、それは波紋となって広がり、ホール内にいる者たち全てがシャルロッタとニナを責めた。
真の聖女だというナリッサは侯爵令嬢。その美しさと聡明だという性格で誰もを魅了していた。ニナの召喚から遅れること二年、秘められていた神聖力が発現したなどで彼女に並ぶ、それ以上の聖女だと後押しする者達も多い。
劣っているニナを擁護するのは、学園生活で共に過ごしていたシャルロッタのみ。彼女の実家のフレスヴェルグ家すら、ニナは不要だから放逐すべしと声を上げていた。
皆から嫌われていた二人は利害の一致でいつも共に行動をしており、どうやらナリッサの殺害を企てたようだ。
ホールの皆はそう言って声を上げている。ナリッサを支えるように抱き留めているアリスト王子も、臣民の声に頷き、手を振り上げた。
「捕らえよ!」
大きな声は反響して、武装した警備の兵士達がシャルロッタとニナに迫った。鋼鉄のガントレットを纏った手を伸ばし、二人を捕らえようとする。中には、鞘からロングソードを抜いて向けてくる者もいた。
「・・・ああ」
溜め息を吐いたのはシャルロッタだった。少し顔を伏せていて静観していたニナは、彼女へと目線を向ける。長めの前髪のおかげで、ニナの目に浮かぶ感情は誰にも分からない。
「刃向かう意志はなどありません。第二王子殿下のご命令に背くつもりもありません。ですので、武器を下げていただけませんか?」
細めた翡翠色の瞳を兵士達に向ける。彼らは多少たじろいたが、剣のグリップを強く掴んだり、ガントレットの拳を握ることで耐えた。
兵士達にとって、シャルロッタに抵抗をれれば、例え武器を持たないドレス姿の令嬢だとしても危ういからだ。
「どちらに追放されるか存じませんが、私は従います。ニナ様、行きましょう」
「・・・うん」
兵士達に囲まれたまま、鮮やかなドレスを身に着けた二人はホールの出入り口に向かう。
ニナは、嘲笑う声や罵声を受けながら、ちらりと後ろに視線を向けた。壇上の上で身を寄せ合う腹立たしい二人に向けて、中指を立てようとする気持ちを必死に抑える・・・───。
───・・・国の国境付近。魔物や魔獣の犇めく森に隣接した町。
シャルロッタとニナが送られたのは辺境の町だった。何でも、通年に比べて魔物の被害が多く、魔獣の大繁殖も確認されている。護送の馬車から投げ捨てられるように放られた二人は、郊外で同時と溜め息を漏らした。
護送の最中に騎士から受けたのは、王都の永続的な立ち入り禁止令。魔物の消滅や魔獣の掃討、強力な結界の設置を行うという懲罰。
一切の支援はなく、シャルロッタはフレスヴェルグ家から絶縁を言い渡されて、ニナは擁立していた神殿からも見限られた。
身に付けている簡素な衣服以外には何もない二人は、これから過酷な日々を送ることになる。
それなのに、悲しむことも慌てることもなく、お互いの顔を見て。
「こうなったのならば、まずは生活基盤を整えることです。どのような過酷な戦場であっても、拠点さえあれば不必要な消耗は防げるというもの」
「本当に冷静だよね、謂れなき罪に問われたってのにさ」
無感情に近い顔でシャルロッタが言葉を紡げば、ニナは落ち着いた、やや感情の薄い声で返す。
「過ぎ去ったことを嘆いても空腹は満たされません。彼らは私達が苦しみ、飢えや戦場で死ぬことを願っているようですが、あちらの思い通りになることは私にとって屈辱に他なりません。策略に嵌り、この状況下に陥ったのなら最善を尽くすのが賢明です」
「確かにそうだけど・・・あーあ、もう少し周りからの評価とか気にして行動していれば、今よりいい生活はできていたよね。面倒だけど他人からの評価って大事だわ」
淀みなく歩き進むシャルロッタにニナも続き、魔の犇めく森に隣接した町ダリエンに向かった。
皆から信頼と敬愛を受けていた聖女ナリッサの迫害と殺人未遂による懲罰。
そのような罰を受ける理由など、シャルロッタもニナにもなかった。二人はナリッサの傲慢な態度、貧富の差による差別的な意識を改めてもらおうと声をかけただけに過ぎない。主にシャルロッタが。
ニナは、異世界のしきたりや常識など分からないから、親切なシャルロッタから教えてもらうために一緒にいただけだった。殺人未遂など企てておらず、迫害に関してはニナこそ受けていたものだった。
異世界人のニナからしても、ナリッサは態度が悪かった。彼女自身が「異界の野蛮人」など直接的言われて笑われたり、常識がなってないと取り巻きを連れて詰め寄られたりもした。他の貴族の子女も卒業パーティーの一件からはいい感情は持てなくなったが、それ以前は聖女として強制的に召喚されたニナに親切で、国の守り手となることから敬意を持っていてくれていた。
ナリッサとその取り巻き達だけが攻撃的だったが、彼女が聖女と判明したあとは同調するかのように敵意を向ける者達が現れて、そちらの意見が罷り通るようになっていった。
在学していた第二王子を仲間に引き込み、高位の貴族子女も味方につけ、学園内で頂点となった傲慢な新聖女は、高い神聖力を持つことで王家から支援もされ始めた。
性格など、美貌と才能の前では重要ではないのだろう。ナリッサが神聖力を使う姿を見せたことはないのに、何故か歴代一だと褒め称えられていたが。
そんな性格の悪い聖女令嬢に真っ向から挑んだのがシャルロッタだった。実の弟すらナリッサを守る騎士のように侍り、ニナを責めてくるのにも拘らず、味方することなく彼女を擁護してくれた。
『ニナ様は我が国の都合で喚ばれ、その慈愛の心から国の聖女となることを了承してくださったのです。敵意を向ける、排斥するなど以ての外。貴女が侯爵令嬢だとしても、国の要人に対する態度ではないと私は抗議させていただきます』
それが原因でシャルロッタも辛い立場になったのに、彼女はいつまでも側にいて、この世界に残ることを決めたニナを支えてくれた。
「ごめんね、シャルロッタ」
女性の中ではしっかりとした、それでも男性に比べてはやはり華奢な背中に向かって声をかけた。
シャルロッタは振り返らない。ただ前を向いて、真っすぐ進んで、言葉を紡ぐ。
「なぜ謝罪を受けたのか分かりかねるので、返答は控えさせていただきます。ニナ様、ごらんください。古い牢獄が見えるでしょう?あちらを我々の生活拠点にせよと許可をいただきました。多少朽ちていますが、材木で補強すれば住居となるでしょう」
町の片隅に建つ、現在いる中心部からは離れていることで霞んで見える小さな石造りの牢屋。護送の騎士から受けた指令ではあったが、一部石壁が崩れた住居とはいえないものをシャルロッタは指で指し示して、ゆっくりと振り返った。
その顔には僅かな微笑み。苦難などではないと笑う彼女は、ニナの瞳にとても美しく映っていた。
「そうだね・・・まずは拠点作りから、だもんね?」
口元を緩めれば、シャルロッタも頷き、手を差し出された。高台にある元牢獄に向かうため、二人は手を握りながら歩き出す。
ダリエンの町民達は、王都からの通達で知り得た罪人の少女達を訝しんだ目で見つめつつ、警戒するのだった・・・───。
───・・・朽ちた牢屋は、一部が崩れていることから中が丸見えで、雨風を凌げるわけがなく、シャルロッタとニナは魔の森の木を伐採することにした。
建築に近いリフォームに、軽装で力のない自分達では無理だとニナは軽く絶望していたが、シャルロッタはそうではなかった。
元伯爵家令嬢という、貴族の位としては中間ではあるものの決して肉体労働をしたことがないはずの地位にいたのに。そうであるはずなのに、彼女は打撃で木々をへし折って丸太に変えると、荷車など不要と自身で持ち上げて運び出す。
「女性にこんなことを言いたくないけど、怪力じゃん」
「これでも武門の名家生まれ。拠点作りには一家言あります」
ほぼ力で解決したシャルロッタを見て、ニナは乾いた笑いを漏らした。同時に、彼女が見た目では推し量れない人物だと頼もしく思う。
崩れた壁を丸太で補強して、床である土に生えた雑草や苔を毟り取る。
「丸太が切れたのなら木の床が作れるのですが・・・割ると切るでは勝手が違いますね」
また力で解決しようと考えを巡らせたらしいシャルロッタに、ニナは苦笑する。
「流石に道具を借りるか、大工に頼まなきゃだけど、ここの人達もあたし達の味方じゃないみたいだよね」
歩くの途中で受けた町民達の眼差しと顔を思い浮かべて、彼女は鼻を鳴らした。
「ただ、あたし達が罰を受けるために来たって知っているはず。何もさせないなんて、あいつらには贖罪すらさせないつもりだってこと。そんなのおかしいよ」
ニナは土で汚れた手を叩き、町の中心に向かって歩き出した。「お待ち下さい」とシャルロッタに声をかけられるが、止まらない。諦めたらしい彼女も引き連れて、ダリエンの町中、警備の兵士達の詰所にやって来た。
「罪人が何の用だ」
立ち塞がるのは、敵意ある厳しい眼差しをした二十代半ばと思われる警備隊長。彼は二人が聖女を害した犯罪者だと通達を受けているようで、名乗らずとも身元は知られていた。最悪な態度で対応する隊長の後ろには、今にも武器を手にしようとする兵士達が控えていたが、ニナは怯まず隊長を見据えた。
「懲罰を受けるためにここに来たのに、衣食住もままならないなんて、あんた達はあたし達が野垂れ死ぬのを待っているわけ?それって懲罰じゃなくて死刑じゃないの?」
隊長の眉間の皺が濃くなる。不愉快だという顔に、ニナは顎をしゃくってみせた。
「死を望むならその立派な剣であたしを斬り殺せばいい。それで終わりじゃん。野垂れ死ぬを待っているのなら、あんたも後ろにいる兵士達も陰湿だし、王様がそういう命令をしたってことにもなるから王様も陰湿ってなるよ。この国の国民性なの?潔さがなくて笑えてくる。ああ、死ぬ前に笑えるっていいことなのかもね」
彼女が包み隠さずに厭味ったらしく言葉を吐き出せば、隊長は唸って後ろに振り返った。「大工を呼べ」と苛立った声を放つ。それに言葉をかけるのはニナの背後で見守っていたシャルロッタ。
「いえ、工具を貸し出していただくだけで構いません。金槌は武器になり得てしまいますから、殺傷能力が劣る木槌、釘と鋸挽き。鋸挽きくらいは許していただけますよね?私達は他者に迷惑をかけず、贖罪のためにこの地へ運ばれたのですから」
「・・・いいだろう。ただ、監視は付けさせてもらう。貴様らが再び犯罪を犯す可能性があるからな」
「ええ、構いません。それと、町民の方達にも悪感情を抱かれているようなので、食料を得ることも儘ならないと思われます」
隊長は鼻で笑った。顔立ちは良くともかなりの態度の悪さから、二人の隊長に対する好感度が一瞬で底辺となる。
「聖女様を害した偽聖女と傲慢な元伯爵令嬢だからな。誰も貴様らの味方などしない」
「ええ、存じています。ですから頼ることはいたしません。自給自足をするために狩猟の許可をいただきたいのです」
隊長の背後からドッと笑い声が上がる。女の細腕で何が出来るのか、そもそも体を売って支持を得ていた女に何が出来るのか、など。
シャルロッタが売春をしていたなど有り得ないが、悪評から妙な噂が流れていたのだろう。憤慨と顔を険しくさせたニナだったが、並び立ったシャルロッタによって制された。
「よろしいですね?」
凛とした声に兵士達の笑いは静まり、隊長は少しだけたじろぐ。
「売春婦に何が出来るか分からんが好きにしろ。町の猟師会にも物好きな女を撃ち殺さないように通達はしてやる」
「ありがとうございます」
礼を取ったシャルロッタはすぐに頭を上げて、兵士の招集でやって来た大工から道具を受け取った。ニナもシャルロッタの手に余る道具を抱えて、舌を出したい気持ちを抑えながら後に続いた。
「ここの連中も性格悪いね」
「仕方ありません、私達の悪評はまるで誰かが広めたかのように国中に流れているのですから。どうにもできないことなどにかまけていたら、手元が疎かになってしまいます。今すべき事を率先してやるべきです」
「・・・うん、そうだね。シャルロッタ嬢は強いよ。力も心も負けていない」
「もはや令嬢ではないので敬称は不要です。貴女も、そのような言葉に慣れてはいないでしょう。それに、心が強いのは貴女でしょう。あのような戦士に挑みかかるなんて、強靭な精神をお持ちですね」
「・・・違うよ、自暴自棄になっているだけ。もうどーにでもなれーってね」
目を細めて笑うシャルロッタに、ニナは目線を合わせて笑った。在学中のときは、令嬢だったときは見せなかった笑みを向けられたことで、彼女の胸に温かさが宿る。
「ねえ、シャルロッタには愛称はないの?」
「特には・・・いえ、でも、そうですね。老齢で亡くなった侍女にはロッタお嬢様と呼ばれていました」
「じゃあ、あたしもロッタって呼んでいい?これから共同生活をする仲間だもん。仲良くたいんだ。あたしのこともニナって呼んでよ。もう様付けなんてしなくていいんだし」
「ええ、そうですね・・・では、ニナ。これからもよろしくお願いしますね」
笑い合う二人は、我が家となる牢屋跡に向かい、腕に抱えた大工道具を鳴らしながら早足で高台の道を上っていく・・・───。
───・・・それから。
朽ちかけていた牢屋を、石壁の家屋に変えた二人は、狩猟の許可が下りたことで森で狩りを行った。主に、九割九分シャルロッタの成果だったが、彼女が狩った獣を捌くことでニナは協力することができた。最初こそ毛皮剥ぎから内臓の摘出など困難を極めたが、一週間も過ぎれば手慣れたものとなる。元々、調理が得意だったことから熟せすことができた。
食を充実させた二人は、残った毛皮を猟師と取引することで金銭を得て、調理器具や備品を揃えていく。
処罰として課せられた魔物や魔獣の討伐は、その武器こそ残っていた鉄格子を引き抜いた鉄の棒であったが、シャルロッタが巧みに扱うことで達成していた。聖女として劣っているとされたニナは、シャルロッタの怪我の治癒、肉体強化を施すことで支援することができあ。
衣服も、暫くは身に付けていた簡素な服一着を川で洗って使い回していたが、一ヶ月経てば狩猟の副産物である毛皮の売買で、ある程度金銭が貯まった。姿を見れば怪訝と表情を顰める態度の悪い町民達の視線に晒されながら、安い服を何着か購入することができあ。
衣食住が整い、生気も漲ってきたニナは、遂にダリエンの町に結界を張る。魔の侵入を阻む清らかな力によって、町内で被害が出ることはなくなった。
そうこうして三年ほど。
鉄の胸当てと清潔で丈夫な衣服を身に着けたシャルロッタと、町娘と変わらないエプロンドレスを来たニナは、掃除の行き届いた素朴な我が家で昼食の準備をしていた。
食事が終われば、二人は日課となっている討伐に向かう。
そのはずなのに。
丸太を切って作ったテーブルを挟んだ座席、木組みの椅子に座る男をニナは半目で睨む。
自分は邪魔者ではないと、初対面では敵意剥き出しだっだのにも拘らず、食事を皿によそうシャルロッタをうっとりと見つめる町の警備隊長を睨み続けた。
「あのさ、隊長さん」
「ニナ、隊長は止めてくれ。私には」
「あんたの名前とかどうでもいいんだけどさ、こうして毎日押しかけられるのは迷惑なんだけど?あたし達、ご飯を食べ終わったら討伐に行くんだよ?」
「私も同行しよう」
「いや、あんたは町の警備をしろよ」
大袈裟に溜め息を吐くと、石造りの天井を仰ぎ見る。ニナが態度に表してもめげずに、否、理解できないだろう警備隊長はシャルロッタを見つめているだけ。
町に聖なる結界を張り巡らしたその後、次第に、分かりやすくダリエンの町民達の態度は軟化していった。もとよりシャルロッタの力で魔物と魔獣が減少し、被害に遭う者も狩りを生業にする猟師、それも去年に至っては一人として被害者が出ていないことで評価されていた。
功績から、鉄の棒を振るう戦士としてシャルロッタは認められ、結界を張ったニナは神官として見られるようになった。
やっと狩猟用の武器の購入を許され、その他の買い出しに町中に行けば、今は感謝の声をかけられる。態度の悪い町民達など心を改めたことでいなくなり、更に最悪だった警備の兵士達も謝罪と頭を下げてはくれた。明確に好意を隠さない輩すら現れたが。
その代表である警備隊長はシャルロッタに夢中らしく、常日頃、自ら見守りだと名を挙げて居座る始末。
「ねえ、仕事は?」
「私の仕事はシャル・・・君達を見守ることだ」
「あんたが守るのは町の治安であって、ロッタのことじゃないでしょ?今言いかけたのは聞き逃さないからね」
ニナはテーブルに頬杖を突いて再び隊長を睨み付けた。彼にはその鋭い眼差しなど効果なく、熱を帯びた眼差しでシャルロッタを見るだけ。
「警備隊長様」
「シャルロッタ嬢、私のことは名前で呼んでほしいと」
「いえ、貴方の名前など記憶するつもりはないので呼ぶことなどありません。こうして毎日食事にいらっしゃられると困ります。我々は質素を心がけて生活をしていますので、貴方のための食費を賄うことはできないのです」
はっきり言われても警備隊長はめげない。ニナの隣に座ったシャルロッタの手を取ろうと大きな手を向けたが、彼女自身に払い除けられる。しかし、やはり彼は屈しなかった。
「生活が困窮しているのなら私が保護しよう。これでも男爵家の嫡男だ。君を妻に迎えることは苦ではない」
「私には貴方の妻になるつもりがないので、そのお誘い自体が苦難です」
噂とは違い、売春も犯罪も起こさずに質素に暮らし、処罰に準ずるシャルロッタに好感を得たようだ。だが、初対面から好感度が地の底に落ちた警備隊長に彼女が靡くはずもなく、淡々と言い返すのみ。
それなのに、冷たい態度すら取られているのに、隊長の脳内は花が咲くほどおめでたいようで全く響いていない。
「マジでウザい」
「ニナ、マジデウザイとは目障りということですよね?では、私からも・・・警備隊長様、貴方は私にとってマジデウザイ方です。いい加減にしてください」
「異世界の言語すら体得しているとは、なんて聡明なんだ」
「聞いちゃいねぇ」とニナは顔を背けた。見えた石の壁、先日購入した新品の時計の短針が一時を差そうとしている。
「ロッタ、そろそろ行かないと」
「あら・・・警備隊長様、食事が終わったら出て行ってもらいます。本日こそは尾行なんて止めていただきたく存じます」
「君達の活躍ですっかり浄化された森の巡回に行くんだな。私も準備をせねば」
「貴方のような聞く耳を持たない方には嫌悪感しか抱けません」
はっきり言っても恋する警備隊長には届かず、仕方なしと二人は急いで食事を終えて、処罰として課せられた討伐、現在では治安維持と浄化を施すために巡回として森に向かった。
後ろから距離を開けて付いてくる警備隊長と、その他の男達に辟易としながら・・・───。
───・・・森の巡回を終えてダリエンに戻った二人。
ついでと食料となる中型の猪を狩って帰路に着けば、肉屋の店員に話しかけられた。
「まだ自給自足を続けてるのかい」
「私達が金銭を得る手段は狩猟のみなので」
「あんたらほどの強い戦士と治療の得意な神官なら、傭兵ギルドに登録すればいいのにな。もっと稼げるだろ」
そう呟きつつ、二人がかりで運んでいる猪を見つめていた。食肉目当てだろうが、店員の言葉にニナは後ろに振り返り、尾行中の警備隊長を見た。
「店員さん、我々は罪人ですので職に就くことなど許されないのです」
「まだそんなことを言ってんのか。この町の連中であんたらのことを悪く言ってる奴はいないぜ。罰だと貧乏生活をする必要はない」
そう言って猪に向かって近付いたらしい。足音とピシャリと手を打つ音をニナは耳にした。
彼女は近付いてくる警備隊長に冷めた眼差しを送り続ける。彼は真摯な表情を浮かべて、二人の側、狩った猪の体を挟んでシャルロッタの背後を取るように佇んだ。
「ねえ、願えば傭兵になっていいわけ?あんたはあたし達の行動を王都の連中に報告していると思うけど、明確な武装は許されないよね?聖女サマに対する報復行為と見なされるわけじゃん?」
「いや、君達のことは二年前から報告していない。最後の報告書の返信はなかった。男爵家として王都の法務に掛け合った時も『処罰済み』とだけで、あちらは君達に関心すらなくなったようだ」
「どーでもいいってわけだ・・・もっと早くに知りたかったな。ねえ、ロッタ。どうする?」
ニナと言葉を交わす最中も、シャルロッタから視線を離さない警備隊長。そのストーカー気質な様子にうんざりしながら、彼女はシャルロッタに目線を向けた。
迫る店員から猪を守るべく、まるで故郷の世界で観た恐竜もののパニック映画のように手のひらを見せて「待て」をしている。真顔のシャルロッタに笑いがこみ上げてきたが、必死に耐えて返事を待った。
「・・・そうですね、とにかく、まずはこの猪を持ち帰ることが先決です。就職に関しては落ち着いてからで」
店員が右手を伸ばせば左手で制し、左手をゆっくりと向かわせれば叩き落として牽制する。真顔で、一切表情を動かさずに対処する美人の姿。
その光景に吹き出してしまったニナは、仲裁に入った警備隊長の腹に同時と店員とシャルロッタの拳がめり込んだことで、この世界に来て初めて大笑いをしてしまった。
攻防の末、猪の殆どの可食部と毛皮、店員から一番柔らかい部分を買い取るということで手に入れた金貨を、無事持ち帰る事が出来た。二人から、主にシャルロッタから凄まじい打撃を受けて伏した警備隊長も本日は足を運ぶことはない。
およそ二十分ほど。猪肉を干し肉にするための解体の最中での話し合いで、二人は傭兵となることに決めた。
隊長から聞き伝えられた王都にいる者達の様子と、これからのことを考えてのこと。質素な生活を心掛けつつ、討伐という荒事に身を窶すには限界がある。なにより、その荒事もほぼ解決済みで、このままでは猟師として生きていくことになるからだ。
「傭兵とは戦うものばかりではありません。本人の得意分野により依頼を選ぶことができます。旅人の護衛や負傷の治療など、今までのように戦いに身を投じるだけの生活をせずに済みます」
「治療だったらあたしの得意分野だわ」
「ええ、ダリエンは辺境の小さな町。神殿が放棄されて久しく、跡地として残るのみ。貴女がこの町の神官代わりとなれば、皆様は安心するでしょう」
「説法なんてできないけどね」
口元を緩めて言えば、向かい合って解体作業をしていたシャルロッタが「セッポー」と言いつつ首を傾げる。理解できないニナの故郷の世界での単語を、不思議だと目を丸くしていた。
冷静な美人で、冷たい伯爵令嬢と言われていた人の愛らしい所作。ダリエンで暮らして三年ほどで変わった友人の様子。
可愛い、と思いつつもニナは猪肉を小分けにしていく。
「明日はその傭兵ギルドってところに行くの?」
「え、ああ、はい・・・ギルドメンバーにならなければ、依頼は受けられません」
「そっか。じゃあ、この自給自足生活も今日で終わりだね」
解体作業用にと、ずっと使っていた血に汚れた簡素な厚手のドレス。このドレスともお別れだと、ニナは少しだけ寂しく思った・・・───。
───・・・傭兵ギルドに登録したその後。
二人の生活は一変した。もとよりダリエンの救世主などと裏では言われていたらしく、小さな町の小規模なギルドの仲間達には歓迎され、依頼も隣国に隣接する辺境ゆえに多種多様。二人は出来る範囲の依頼を熟すことにした。
戦うことで常に、細やかであっても傷を負っていたシャルロッタは、護衛やダリエン近郊の街道の巡回警備など、以前よりも断然安全な環境を得た。よほどのことがない限り、無傷で帰宅することが多くなっている。
神聖力によって後方支援と追従するだけだったニナも、怪我人の治療や浄化など、彼女が一番得意とする項目の依頼を受けることで自信が生まれた。
何より依頼料を得たことで二人の生活は更に向上する。肉ばかりだった食卓に野菜や果物などのおかずが加わり、パンを買うことができた。栄養の偏る食生活から脱したことを彼女達は喜んだ。
仕事以外で身に付ける外出用の衣服も何着も購入できた。寒色が好きなニナは上質な生地で作られた外套を気に入り、実は淡いピンク色や黄色などを好むシャルロッタは可愛らしいドレスを買うことが出来た。
今では、二人で休日に町に繰り出すことが何よりの楽しみになっている。
生活に必要な備品も最新となり、ずっと川で洗って家の天井で干していた衣類は、竿と洗い桶を買ったことで普通の、ニナが元の世界で行っていた洗濯と同じになった。
それすら儘ならない生活を今まで送っていたことは当時こそ苦ではなかったが、現在では後戻りはできないとニナは苦笑する。
時刻は夜の九時。紙とペンなど娯楽だった二人は、新品のオイルランプで寝室を照らしながら書きごとをしていた。
シャルロッタは日記帳を購入したことで本日の事柄を思い出しながら書き、ニナは寝る前の暇つぶしとメモ帳にペンを走らせる。このような時間を送れるのも、以前よりは豊かになったから。このまま穏やかな日々が続くだろうと思わせてくれる。
「ニナ、そちらは?」
「ん?」
日記を書き終えたらしいシャルロッタから話しかけられる。彼女が顔を上げれば、その視線は手元に向かっていると気付いて、同じく目線を落とした。
「どれ?このウサギ?それとも、このにゃんこかな?」
「動物ではなく、その不思議な形の、文字ですよね?」
「ああ、『東條仁奈』ね」
「トウジョーニナ・・・トウジョー、ニナ・・・貴女のお名前ですね」
ニナはメモ帳を持ち上げて向かい合うシャルロッタに見せた。自身の名前を人差し指で差す。
「そ、これはあたしの世界でのあたしの名前の書き方なんだ。漢字って言ってね。ええっと・・・名前は難しい字じゃないんだけど、名字は少し難しいんだ。子供の頃は書けなかったなぁ」
この世界に呼ばれてからは、頑張って体得したこの世界の書体で名前を書いていた。もう十年近く書いていない本来の書き方を、何の気なしに書いてみただけ。思ったことも「書き順を覚えているかな」程度のこと。
「規律を感じるしっかりした文字ですね。異世界のものだとは理解していますが、実はそちら似たような文字を見たことがあります。この国より遥か遠い海に浮かぶ島国で用いられるものなのですが、似ていることに驚いてしまいました」
「へぇ、日本みたいなのがこっちにもあるんだ」
「ニッポン?」
「あたしの故郷の世界であたしが暮らしていた国の名前だよ。同じく漢字を使う島国なんだ」
シャルロッタは目線でニナの名前をなぞってた。考え事があるとペンを持つ手を口元に添えて、凝視と見ていて。
「・・・では、その一字一字にも意味があるのですか?極東の島国の文字も、一字ごとに意味があると聞いています。ヒラとカナいう複数の文字を繋いで意味を成す字もあるようですが」
「マジで日本と同じ言葉じゃん!親近感芽生えたわー・・・ええっと、ちょっと待ってね。名字はともかく、仁奈は当て字に近くて、ええっと・・・東っていうのは方角の字で、條はなんだろ?條なんて字だけがどんな意味を持つか知らないわ。んー・・・ああ、もう!スマホさえあれば調べられんのにー」
唸りながらも、分かる範囲で自分の名前の意味を伝える。それにシャルロッタが興味津々と頷いたり、相槌を打ってくれることが嬉しかった。
追放という形で始まった彼女との共同生活が始まってもうすぐ四年目を迎える。苦楽を共にした親友に、ニナは覚えている限り元の世界の事を話し、郷愁を覚えながらも、楽しそうに聞いてくるシャルロッタと深夜まで過ごした・・・───。
───・・・五年目を迎えた夏の季節。
太陽の強い日差しを受けながらも、シャルロッタは洗濯物を干していた。すっかり慣れた家事はニナと協力して熟し、良い意味で元貴族とは感じさせない。
冷静な性格はそのままではあるが、硬かった表情はすっかり緩んでいた。充実した生活が送れていると、口角の上がっている口元が物語っている。
「ただいま」
「おかえりなさい、ニナ。お勤めご苦労さまです」
午前で依頼を熟したシャルロッタは、孤児院で蔓延した感染症の治療のために午後まで帰宅できなかったニナを庭先で迎えた。
洗濯物が入っていた籠を抱えながら、彼女のもとに歩み寄る。
「感染症はいかがでした?」
「とりあえず、発病までの潜伏期間も考えて全員浄化してきた。場の清浄もしてきたから問題ないはず。もとから重病になる感染症でもないし、一週間後には全員復活するんじゃない?」
「ふふっ、復活ですか。貴女の言い回しは本当に面白いですね・・・昼食はまだですか?今から作りますよ」
いつも通り穏やかに言葉を交わすと、もはや牢屋だったとは思えない我が家の扉を開こうとした。だが、素早くニナがノブに手をかけて開き、シャルロッタが先行くことを譲ってくれる。短くとも嬉しさの滲むお礼の言葉を告げると、彼女は先に入室した。後から続くニナへと振り返る。
シャルロッタよりも、この国の女性の平均よりも小柄なニナ。いつまでも可愛らしい少女のような面差しと華奢な体躯から、守ってあげたいと思わせる。だが、強靭な精神を持つという態度と冷めた言動のおかげで、見た目に反して逞しいとも感じていた。
まだ十代前半で異世界から強制的に聖女として召喚され、この世界に順応するよう教育を叩き込まれて、性悪な貴族の奸計によって追放されたというのに。
取り乱すことも泣き叫ぶこともなく、淡々と、冤罪を被り今日まで過ごしてきたニナ。シャルロッタは感銘を受けて、彼女に寄り添うことにしている。
最初こそ、異世界から来た聖女がこの世界に馴染むように教育の手助けをしただけ。その善意の行動で共に過ごすことでから、いつしか友情を抱き、今やニナはかけがえのない人となっている。
「お昼ご飯は何?」
「ご注文があるのなら、そちらを作ります」
「え、いいの?じゃあさ、パンケーキがいいな。何も乗ってない甘さ控えめのやつ」
「分りました」
このような取り留めのない会話すら、シャルロッタの胸は温かくなる。表情に出すことはせず、ニナもテーブルに頬杖を突いてのんびりとした曲調の鼻歌を奏でていた。シャルロッタの小さな喜びは気付かれることはない。
(このままダリエンで穏やかな余生が過ごせれば、私はそれで構わない)
自分を見捨てた家族も、上辺だけだった友人も、もはや不要だと思って。
「そういえばさ」
ニナの言葉に意識は引き戻される。落ちかけてた顔も上がり、シャルロッタの瞳には窓の外を眺めている上機嫌な友の顔が映る。
「今度、豊穣祭っていうのをやるらしいよ。依頼完了をギルド長に報告したら教えてもらった」
「まあ、それは喜ばしいことですよ。この町が発展したという認定でもありますから」
この国で祭りを催す際は、ある程度発展していなければならない。住民の数は勿論、治安の良さ、収穫物の量などを地域を統治する領主が決める。規定値を満たせば、栄えた市町と決定され、祝いとして祭りを行うことができるのだ。
農作物と狩猟が主な産業のダリエンは、豊穣祭と銘打って開催されるのだろう。
「確かにダリエンは発展しました。私達がこの地に来たときよりも雰囲気が明るく、魔物や魔獣の被害になる人々がいなくなったことで、子供達の笑い声がどこにいても聞こえますから」
「孤児院もいい雰囲気だったよ。病気が治ったら皆で遊ぼうってちびっ子達が言っててさ。親はいなくなっちゃったみたいだけど、だからこそ皆仲良く暮らしているんだなって」
「子供が過ごすには良い環境なのでしょう」
相槌を打ちつつ、パンケーキ作りの準備をする。木の器に小麦粉と少量の砂糖、牛乳を入れていく。
ダリエンが発展したのは、処罰としてシャルロッタが討伐を達成し、ニナが畑を含む町全土に結界を張り巡らせたから。安全が確保されたことで、人々は平穏に営むことができた。
ただ、シャルロッタは事実を口に出すのは無粋だと思い、静かにパンケーキの材料を調理器具で混ぜ合わせる。自分達の功績があったとしても、こうして美味しい食事を取れるのはダリエンの農民達や、物の流通を担う商人達のおかげなのだから。
「ねえ、仕事の調節をしてさ、豊穣祭に行ってみない?あたし、王都でも勉強詰めでお祭りに参加したことないんだよね」
「そうですね。ダリエンの農作物で作る料理は、とても美味しいですから食事の露店も豊富でしょう。他地域の名産品のお店も出るはずですから、一緒に回りましょう」
「うん、楽しみだねー」
ニナの口元が緩み、穏やかな微笑みを浮かべる。彼女と過ごす平穏な生活にシャルロッタの胸中は穏やかで、それでも態度に表すことなく熱したフライパンにパンケーキのタネを流し込んだ・・・───。
───・・・豊穣祭。
ダリエンの町全土が祭りの装飾で飾られ、石畳の大通りには端に多種多様な露店が並んでいた。
レースが控えめに袖口を飾るペールイエローのワンピースを着たシャルロッタは、清潔な白い開襟シャツと濃紺のロングスカートを穿いたニナと並んで歩いていた。すれ違う住人達をと挨拶を交わしつつ、売られていたウサギ肉の串焼きや、砂糖が振りかけられた焼き菓子に舌鼓を打ち、他国の伝統的な装飾品などに視線を奪われた。
例のごとく付き纏ってきた町の警備隊長を、狭く入り組んだ路地を移動することで撒いた二人は、純粋に豊穣祭を楽しんだ。迷惑にならないよう声を潜めて笑い、談笑と言葉を交わす。
太陽が森の向こうへと落ちる最中、日の光に照らされた世界を眺めつつ、休憩のために公園のベンチに座る。小さな川が流れることで透明度の高い清涼な池があった。何組かの家族が子供達に水遊びをさせている光景を目にしながら、シャルロッタは次はどこに行こうかと考え始めた。
すると、急に隣で腰を下ろしていたニナが立ち上がり、池の奥、見たことのない材木と木組みで作られた露店を指で差す。
「うっそ!たい焼きじゃん!」
「タイ、ヤキ?」
珍しく嬉々とした声を発したニナへと驚きで丸くなった目を向ければ、彼女は嬉しそうに笑っていて。
「あたしの故郷にあったお菓子!甘めの生地を魚型に焼いて、餡子っていう甘いのを挟むの!」
「アンコ、ですか?」
頷いたニナに手を引かれたことで、シャルロッタは立ち上がった。手首を掴まれたまま、早足で進む彼女を唖然とすることで止められず、気付いたときにはタイヤキという異国の菓子の露店の前にいた。
「あの、すいません」
「はい、なんでしょう?」
調理の準備のためか、後ろを向いていた主人が振り返る。中年の温和な婦人であるが、身に付けている衣服、何より顔立ちから異国人だと分かった。
「これ、たい焼きですよね?」
「まあ、日国の菓子のことをご存じですのね。同郷の方でしょうか?こちらに行商とやってきましたが、今まで同郷の方とは巡り合うことすらありませんでした」
「あ、同郷ってわけじゃないんです・・・ロッタ、ヒコクって?」
「以前話した貴女の故郷に似た極東の島国の名前です。こちらの主人は日国の方かと」
ニナが身を寄せて囁いたことで、密やかな声で教える。「なるほど」と呟いた彼女は、屋台の女主人にカウンター越しで向かい合った。
「あたし、日国の血を引いているんです。そのたい焼きも、母さんが昔食べさせてくれたんで知っていました。その、こっちには餡子はなくて、久し振りに目にしたから嬉しくなっちゃったんですよ」
「まあ、そうでしたか。タイヤキは我が国が召喚した二代前の聖女様から教えられた菓子でして、国内では馴染みの菓子となっていますのよ。日国は島国ですから、他国に留学する人や移民となる人も少なくて、海を挟んだ隣国すらこの菓子はあまり知らないのです」
「そうだったんですか。あたしの母さんは珍しく移民としてこの国に移り住んだんですね」
嘘をつくニナは多少棒読みであるが、女主人は納得したと頷いて、パンケーキのタネのような黄みがかった液体を魚の型に流し込む。
「お試しに、お一ついかが?」
「え、いや、買います!二個、あ、まって・・・ロッタはどうする?」
「私も一つ食してみたいです」
「じゃあ、四つ買います!」
シャルロッタが返事をすれば、ニナはすぐさま振り返って女主人に四本の指を立てた手を見せた。
普段は見せない、いつもならは斜に構えて淡々としている彼女が、嬉しさを隠せないと表情や声に表れていることで向かい合う女主人も、シャルロッタすら微笑ましいと笑った。
(故郷のお菓子ですものね)
久方ぶりの懐かしい味を欲する気持ちを理解できた。手のひらサイズの焼き菓子が、ニナを幸福にしてくれるのなら非常に嬉しいとすら思う。
「はい、ロッタ」
女主人から手渡された紙袋から一個、丁寧に小さな紙に挟まれているたい焼きをシャルロッタは手渡された。香ばしい香りに惹かれた彼女は「いただきます」と言うと、遠慮なく齧り付く。
「・・・!」
カリカリに焼けた甘めの生地は中がしっとりとしていて、にじんわりと香りと共に広がっていく。中の餡子の優しい甘さは食べやすく、シャキシャキした食感が与えられたが、不快ではなく食べ応えすら感じた。
「美味しい・・・」
口元を綻ばせて言えば、隣で一気に半分頬張ってニナが頷いた。
「ん・・・おいし、まんまたい焼きじゃん!この粒あんの食感も堪んないー」
「ええ、本当に・・・とても美味しい焼き菓子ですね。これほどのものをいただけるなんて」
「いえ、お口にあったのなら幸いですわ。日国から何カ国も渡り歩いて来ましたが、こうして純粋に喜ばれる姿を拝見するのは、何度目にしても気持ちの良いものです」
嬉しそうに微笑む女主人に、シャルロッタは笑みを向けた。ニナは残りの半分を食べ終えると、たい焼きの入っている紙袋をしっかり抱える。
「お姉さんが屋台を畳んだら、もう食べられないんだよね・・・お姉さん、明日もいます?ダリエンの豊穣祭は明日の夜までなんですけど」
「申し訳ありませんが、明日の朝にはダリエンを発つ予定です。日国への帰路に着こうかと」
「そうですか。じゃあ、たい焼きは今日で食べ納めだね。もう少し買っていこうかなー・・・」
分かりやすく落ち込んだニナ。少し痛ましく思ったシャルロッタは、あと十個は買えないかとバッグから財布を引き出し。
「貴女のお母様は日国の方なのですよね?もし、小豆の栽培を知っていらっしゃるのなら種子を持ち合わせています。日国から長い旅路でしたから、途中で逗留した国で栽培しておりました」
朗らかな声の女主人が言えば、ニナは伏せていた顔を上げた。見たこともない生気溢れた輝く瞳で、一歩と、カウンターを挟んでいるが女主人に近付いた。
「買います!それ買わせてください!栽培方法もなんとか、いや、教えてくれませんか?無駄にしたくないんです!」
はっきりとした大声。聞いたことのない声に、シャルロッタは小さく笑みを溢した。
ニナはとても嬉しそうだった。だから、シャルロッタも嬉しく思う。遠い異国にニナの故郷と同じ甘味があることが、喜びとなっていることが嬉しい。
「ご主人、私はあと十個ほどタイヤキを購入したいのですけれど」
何より、シャルロッタはたい焼きという焼き菓子に魅せられてしまった。もっと食べたいと欲が出てしまう。
シャルロッタはたい焼きが詰まっている紙袋を抱え、ニナは種子の入った小袋を大事だとスカートのポケットに入れた。彼女が購入したたい焼きは、自宅に向かう最中に全て平らげてしまった。
「明日の朝食はタイヤキにしましょう」
「何それ最高」
ニナは上機嫌だと声色からも分かる。いつからかにじり寄ってきていた警備隊長も、颯爽と邪気を払う結界で弾いていた。何も言わずに対処して、ポケットの種子を指先でなぞる。
「店主さんから栽培方法も聞いたし、うっかりしなければ秋には実るはずだよ」
「楽しみですね」
「うん!そしたらさ、どら焼きや今川焼き、小倉トーストとか、ずっと我慢していた餡子を使ったお菓子を食べられるよ。ああ、早くもお腹が空いてきたー・・・」
クスリと笑みを溢したシャルロッタは、我が家に向かうための石の段差をゆっくりと登る。隣で歩くニナも同じ歩調で、二人は夕陽を受けながら橙色に染まった高台を上がっていく。
「この世界で餡子を食べられるなんて、今まで頑張ってきたご褒美かな・・・」
小さな呟きにシャルロッタは返事をしない。足取り軽やかなニナが段差を踏み外さないように、手に触れてしっかりと握り締めるだけだけだった・・・───。
───・・・家の庭に作った小規模の畑。自ら耕したニナが小豆の種子を植えて一ヶ月経った。
たい焼き屋の主人に栽培方法を聞いた彼女が毎日世話をすることで、その努力は実った。小豆は芽を出し、すくすくと成長を続けて苗となっている。
収穫を楽しみにしていたニナの横顔をシャルロッタは覚えている。慈愛すら感じる穏やかな微笑みだった。だが、今は真逆と顔を顰めている。
不快と表情を浮かべる彼女に並び立つシャルロッタは、家の玄関前でダリエンの町の警備隊長を向かえた。
ニナと同様に、否、それ以上険しい顔をした彼は、頭が痛いのか、大きな手で額を抑えていた。
「被害者である君達にこのような話をしても不愉快になるだけだとは分かっている。だが、国の一大事なんだ」
少し強い風に吹かれたことで、小豆の苗同士が擦れ合い、さやさやとした音を奏でている。
僅かな音に意識が向かうほど、隊長から聞かされた話は信じられないものだった。
「王都が魔物の襲撃を受けている。報告を受けたのはつい先程だが、ダリエンからの距離を考えれば、襲撃を受けて一週間以上経っている。現在、どのような被害が出ているのかは不明だ」
改めて告げられたこと。
劣等で悪女とされたニナと、彼女の悪事の協力者にされたシャルロッタを、断罪として追放した王都が魔物に襲撃されている。この国の中心地が、真の聖女らしいナリッサが神聖力で守っているはずの絶対安全とされた地が、何故か魔物の侵入を許している。
何故、とシャルロッタは思いもしなかった。ナリッサを聖女だと思っていなかったからだ。本来の聖女の教育を手助けするために身近にいたことで、聖女の力を理解している。
この国の聖女は辺境の小さな町ダリエンを守っている。絶大な神聖力を持つことで、魔を退ける聖なる結界を張り巡らせて守り続けていた。本来、敬われるべき聖女ニナ。
(あのような欲にまみれた嘘つきの言葉を皆様は信じたから・・・ナリッサ嬢が神聖力を見せたことなど一度もないのに)
ナリッサにどのような力があるのか正確に分からないが、彼女は人心掌握に長けていた。美貌と媚びた所作で擦り寄り、凄まじい資産のある侯爵家の後ろ盾もあって、ナリッサの言葉を誰もが信じた。
シャルロッタの家族も、ニナを抱えていた神殿も、第二王子を始めとした王族も、王都内に住まう貴族達も。平民階級とは関わりが少なかったことで、彼らがナリッサをどう思っているかなど分からないが、統治者に追従する者が圧倒的だろうとは予測できる。
有力侯爵家の令嬢の掌の上で転がされた。その欲に巻き込まれただけのシャルロッタとニナは、彼女にとっては不要だから落とされて貶められて。
「で、そんな話をあたし達にする理由は?」
思考することで足元に落ちていた視線。それは、ニナのはっきりとした声で引き戻されたかのように上がり、シャルロッタの視界には真顔が映る。ニナが先程まで見せていた不快だという表情は消え失せていた。
「王都から報告を受けた理由は、魔物討伐に対する徴兵令のためだ。他の市町村、王都のように魔物の襲撃がない集落の戦闘人員を派遣するように王命が下った。このダリエンからも最優の騎士を選出しなければならないのだが」
「つまり、あんたはシャルロッタを選んだんだ」
道理ではある。この町の警備兵は勤労で、傭兵ギルドにもきちんと戦士や元騎士など所属しているが、彼らでは強力な魔物を退ける力がない。
彼らが無能というわけではないが、圧倒的に力の差があった。ダリエンが滅ばなかったのは実績だろうが、二人が王都から追放されて来るまで何度も魔物の襲撃を受け、隣接する森では魔獣達の大繁殖を抑えることができなかったのだから。
「いや、ニナ。君もだ。君の神聖力の強さはよく知っている。君の結界がこのダリエンを守り続けているとも、すでに理解しているんだ・・・君こそ我が国の聖女だと」
深く溜め息を漏らした警備隊長は両手で顔を覆い、背中を丸めた。顔を塞ぐ指先の合間から彼の「本当にすまなかった」という声が漏れる。
当初の態度と二人に対する待遇。真の聖女への謝罪だと分かるが、それはダリエンに来た早い段階で彼から受けていた。
「このようなことになるのなら、すぐさま国王陛下に進言すればよかった。ダリエンにいるニナこそ聖女だと分かっていたのに・・・俺は、このまま君達がダリエンで穏やかに暮らしてくれればいいと」
「別に、ロッタを付け狙うあんたのせいで穏やかとは言えなかったけど?」
顔を覆ったまま言い詰まった隊長が、力を失ったかのように蹲る。長身で大きな体格の男性を、二人は上から静かに眺めた。
「どうする?」
ニナの声にシャルロッタの視線は彼女に向かう。表情はない、真顔のまま彼女へと顔ごと向けていた。視線が合う。それなのにニナは何も言わず、シャルロッタの言葉を待っているようだった。
「どうする、とは」
「あたしはロッタがどうしたいか聞きたい。魔物から助けるために王都に戻る?あたし達を貶めて、見捨てて、無一文でダリエンに捨てたような奴らを?」
「・・・・・・」
ニナが言うのは間違いなく真実である。王都の人々は二人を捨てた。ナリッサを擁護していた第二王子が手を回したことで、辺境に追いやった。
(でも、きっと、苦しんでいるのは私達を捨てた方々ではない。王都に住まう民達。戦う力も防衛する財力もない方達・・・本来、私が守るべき方達が苦しんでいる)
生家である武門の伯爵家は、何十と騎士達を輩出した。伯爵家は数百年前の冒険者を始祖としており、彼が手に入れた剣が神秘の力を有していた。先祖代々、その剣を用いて弱き者達を守っていたのだ。
騎士として教育されたシャルロッタにも、その精神は宿っている。
力なき弱き者を命を賭して守ることが我らの本懐、だと。
「私は・・・きっとダリエンの町のように平穏に暮らしていた人々を守りたい、です・・・周りにいた方々、両親や弟は私を悪だと罵り、罪人と断じました。だから、現在どうしているかなど考えたくはありません。でも、他の、私の断罪に関係のなかった王都に暮らす人々はご自身の人生をただ歩まれていただけ・・・支配階級の不始末でその命を散らされるなど、納得はできません」
「・・・そっか」
左肩にニナの手がかかる。軽く、優しい力で何度か叩かれると。
「じゃあ助けてやろっか」
淡々とした声色で言葉を紡ぐ。
この国の身勝手の被害者と言っても過言ではないニナが、追放された真の聖女が、シャルロッタの気持ちに応えようとしている。
目を丸くしてニナを凝視すれば、フッと息を漏らした彼女は目を細めていた。
「あたしって自主性がないんだ。友達に同調して行動するタイプ。ロッタが助けたいと思うなら手を貸すよ。今のあたしがあるのはロッタのおかげだしね。こうして会話ができるのも、この世界がどういったものか理解できたのも、性悪女があたしをいじったときに助けてくれたのはロッタじゃん?だから、次はあたしが助ける番だって思うわけ。王都の奴らにされたことも、この世界に理不尽に召喚されたことも、ロッタがいるからスルーできる。気にしないよ・・・それでいいんだ」
ニナ独特の言い回し。それでも、彼女の気持ちはしっかりとシャルロッタに届いていた。
「ありがとうございます」
「ロッタを助けたいだけだから感謝はいらないって」
口元を緩めた穏やかな笑み。
聖女の微笑みにシャルロッタは崇拝しそうになる気持ちを抑え、ずっと静観していた警備隊長が「言葉さえまともだったら正しく聖女なのに」と、余計なことを言って蹴り上げられる姿を横目に映した。
そうして、朝日が昇る前。分厚い革の軽装鎧を身に着けたシャルロッタと、厚手のローブに外套を羽織ったニナ。大きな馬にシャルロッタが跨り、その後ろにはニナがいた。しがみつく彼女の温もりを感じながら手綱を操作して馬に合図する。
「帰ってきたら畑の整備をしようよ・・・隊長さんじゃ不安だもん」
シャルロッタについていくと訴えた警備隊長に職務放棄だと進言し、代わりに小豆の畑の世話を頼んだ。あの執拗な付き纏い隊長が二人の家に我が物顔で居着くのは不服であるが、王都のことを考えることで、彼のことは考えないことにする。
シャルロッタの操縦で馬は街道を駆けていく。昇り始めた朝日は、その背に乗る二人の姿ごと照らしていた・・・───。
───・・・野を駆け、丘を登り、森を縦断する街道を進む。馬が走り進むことで環境の変化を感じること五度ほど、深い山に囲まれた渓谷を脱すれば景色は広がった。
青々とした草原の平野。石畳で整備された道が何筋も見え、複数の家屋が身を寄せ合うように建つ集落が何ヶ所かある。そのさらに奥、薄霧で霞んで見えるのは城壁に囲まれた住居群。中心に黄土色の荘厳な城があることで、この国の中心である王都だと誰の目にも映るだろう。
ただ、大量に立ち昇る黒煙、上空には何かしら黒い粒のようなものが浮き、家屋の倒壊も見えた。魔物の襲撃が絶えないことで滅亡の一途をたどっていると、まざまざと見せつけられる。
シャルロッタは手綱を引くことで馬の速度を落とした。早足といった歩調で進ませながら、崩壊の近い王都から目を離さない。
「マジで聖女サマは何してんの?あれほど破壊されているなら魔物は大軍勢のはず。急いで結界を張って弾き飛ばさないと駄目じゃん」
「偽りの聖女にはそこまでの力はないのでしょう」
「・・・ほんと、なんで聖女だって名乗り出たんだろね。周りの連中も信じてさ、馬鹿じゃん」
呆れ果てたとニナが吐き捨てるように言う。彼女の言葉は間違いではないと、シャルロッタは納得しているために口を噤んだ。
馬は速度を落とさず進み、三か所ほど集落を過ぎ去る。王都から少し離れているものの、異変を察知している住民達は屋内に引き籠もっているようだった。中には大荷物を載せた荷車を引いてすれ違う家族もいる。
「魔物達は王都を集中狙いしているわけ?」
「どうでしょうね。多少離れていても王都近郊には変わりません。襲撃をされた方も・・・いるようです」
途中、草原地域の集合墓地の前を横切る。棺の埋葬中であったり、墓石を前に泣き崩れている人もいた。 それは十数組に及び、小さな村の住人ほどの人数が墓地の中にいる。
王都から離れていても、魔物による犠牲者は出ているのだと分かった。
「・・・急ぎます」
「うん、お願い」
馬の歩調を速めて、駆け足と王都に向かう。後ろから同じく馬を駆って続く者が現れ、馬車群が別の街道から王都に進む光景も見えた。
二人と同じく他地域の市町村から駆けつけた戦士だと思い、実際、王都を眼前として建てられた陣幕には無数の人々が集っていると分かる。
「彼らと合流します」
「やっぱ単騎突撃ってヤバいの?」
「ヤバい・・・危険ということでしたか?ええ、ヤバいです。王都内の状況は不明なのですから、無策で突撃すればすぐに命を落としかねません。そして、王都前の陣幕からは我々が何者かも分からない。魔物の仲間だと勘違いをされたら、背後より攻撃を受けます」
「なるほどね」
陣幕の手前で馬を止めたシャルロッタは、まず自分が降りた。手綱で馬の動きを抑えつつ、ニナが降りられるように手を向ける。ややもたつきながらも彼女が馬から降りれば、馬具を外して馬を野に放つ。
「いいの?」
「ええ。もし私達が帰らなかったのなら、あの子はずっと縛られたままになってしまいます。ああして自由にさせておけば、魔物達がこちらに侵攻したとしても逃げてくれますから」
その場で草原の野草を食み始めた馬に背中を向けて、陣幕の中に入っていく。無数のテントが並び、武装した者達でひしめく大陣営。
何名かすれ違った瞬間、二人に鋭い視線を向け、その更に何名かは驚いたように目を丸くした。
シャルロッタとニナの悪名は国中に轟いている。悪女二人だと知られたのかもしれないが、シャルロッタにはどうでも良かった。
王都の魔物討伐に参加するべく登録所に向かう。登録者が戦死した場合、簡単に身元証明ができるからだ。照らし合わせができる部分が残っていれば、だが。
人々に混じって登録所への列に加われば、二人に向けられる視線は増える。怪訝な表情、険しい眼差しの多さから、やはり身元を知られていたと理解する。
「聖女を殺そうとした女共がなぜここにいる!」
密やかに話す者達が現れれ始めて数分、遂に声を荒げる者も現れた。筋骨隆々の男は言い募ろうとしたのか、はたまた殴りかかろうとしたのか。シャルロッタに比べて小柄なニナの目の前に立ち、手を伸ばしてきた。
即座に動いたシャルロッタが腕を掴んで捻り、足を払って地に転ばせる。苦痛の呻き声を上げることで、二人を囲む大勢から非難の怒号が飛んできた。
「・・・ぎゃあぎゃあとうるさい!!こんなところで体力使って馬鹿かよ!!」
暴力への非難、聖女を害したことへの罵詈雑言、死を願う叫び。その大衆の声をかき消すようにニナは声を張り上げた。
小さな体を身震わせながら発した声は、声色が澄んでいたことでよく響く。少女のような容貌から、そのような雑な文言の大声が出ると思わなかったらしい大衆は呆気と静まり、シャルロッタすら大声に目を丸くした。並び立つニナを大きな目で見つめる。
「お前らは王都になにしに来たんだよ!!魔物に襲われている人達を助けに来たんじゃないの!?あたしらに喧嘩を売るなんて無駄なことをしている場合じゃない!!今は」
染み渡る声に魔物も反応したらしい。シャルロッタが気付いたときには、ニナの遥か頭上にモヤのような形状の魔物が複数体。彼女に襲いかかろうと身をくねらせ、素早く降下してきた・・・が。
突如とニナは上空に手を翳し、その手が白い光を発すると、半径型の半透明な膜が展開させた。瞬速で近付くモヤの魔物達がそれに接触すると、彼らは弾かれて霧散する。
「王都の人達のために戦え!!口を動かす前に剣を振れよ!!殺されそうな人達を助けるためにここまで駆けつけたんだろ!!」
小規模な結界をすぐさま展開して魔物達を仕留めたニナ。白い光を宿す手を空に向ける彼女は、臆することなく真っ直ぐに背筋を伸ばしている。
「聖女様だ・・・」
「そうだ、ニナこそ、ニナ様こそ聖女だった。我が国が異世界から召喚した聖女様。この国をお守りしてくださる真の聖女様」
怒れる表情と鋭い眼差し、堂々とした佇まい。見た目こそか弱いが、それを覆す逞しい精神性がニナを強く見せているのだろう。
大衆は膝を折り、頭を垂れた。ニナに敬服しようとしたようだが「いちいち頭を下げるな!!」という新たな叱責に、戦士達は立ち上がって真っ直ぐと立つ。
「やはりナリッサは偽の聖女だったか」
「でなければ王都には魔を弾く強固な結界が張っているはず。このような状況に陥るわけがない」
「ニナ様と、従者たるフレスヴェルグ伯爵令嬢はナリッサの嘘の被害者だ」
「あの一瞬で魔を屠った神聖力に間違いない。我々は真の聖女ニナを迫害したことに」
こそこそと話していた者達もいるが、ニナが「私語厳禁!!」と言えばシンと静まり返った。
彼らはナリッサに騙されて従っていた者達であるが、本来崇めるべき聖女を虐げたのは変わりない。シャルロッタは責めるような冷たい眼差しで自分達を囲う者達の顔を睨むと、口元だけを緩めた。
睨み付ける眼差しのまま、ニナに上体を近付けて、耳元に口を寄せる。
「ニナ様、討伐隊への登録を急ぎましょう」
「え、何?いきなり畏まって・・・あ、そっか。分かった。苦しむ人達のためにあたしは王都にやって来たんだ」
ニナも周囲を睨み、歩き始めたシャルロッタについてきた。怯えた表情を浮かべる登録所の受付に歩み寄り、容姿の記述と氏名を登録書に書き記す。
二人は人々が譲ることで通路ようになった空間を歩き進み、王都を仰ぎ見た。
「ちょっと力を使ったらコレだよ」
「よろしいかと思いますよ。彼らは王都の現状からナリッサ嬢に対して疑心暗鬼になっていたはずです。貴女の力を見せつけたことで、貴女こそ聖女だと正しく理解したのですから」
「ちゃんと最初っから調査して欲しかったよね。美人に皆、しかも国単位でコロッと騙されるなんて馬鹿丸出し」
「ええ、全くもってその通りですね」
シャルロッタはフッと笑みを零すも、その目は黒煙上がる王都に向かう。
「そう待たずして、この軍勢の司令官から指示がされます。進軍の号令が下れば、王都に向かうでしょう」
「いよいよってわけだ」
頷くとニナに視線を向けた。彼女の強張った顔と真摯な眼差しは、真っ直ぐに王都へと向かっている・・・───。
───・・・王都への進軍は、斥候部隊が調査から戻ってすぐに行われた。囲う障壁の全門から同時と進行して、跋扈している魔物の撃破、生存している住人の保護を行う。
陣幕の正面にある南門から大勢の戦士や騎士と進行したシャルロッタとニナは、先行く者達が扇状に広がって遭遇した魔物達を各個撃破する様を目にする。
「他の門より進行された方達も同じ動きで進んでいるはずです。私達の最終地点は中心の王城。現在は国王陛下の指揮する王宮騎士団が防衛しているとのこと」
「貴族達は殆どそっちに避難しているんだよね?」
「ええ」
影のようなものが地を這い、早足で進む二人の背後を取ると、地から伸び上がって複数頭のヘビのような形状になる。今まさに肉を噛み千切ろうと大口を開いて、素早く襲いかかってきたが、振り返りざまにシャルロッタが銀のショートソードで斬り裂いた。
「・・・このように油断はできません。気を引き締めて先を進みまそう」
「まだ見たことない魔物もいるんだね・・・」
体が粒子のように散り散りになって宙に溶けていく魔物を、シャルロッタは冷めた眼差しで見つめる。ニナは安堵から小さく息を吐くと、遥か前方、立ち並ぶ煉瓦造りの家屋の奥にある王城を仰ぎ見た。
「皆、早く先に行きたいのに魔物達の妨害が凄い。なんかバカでかい奴もいるし、複数人で対応しているから足止めされている・・・こいつらを一気に消さないと、いつかは押し切られて全滅しそう」
「そうですね」
シャルロッタがニナの背中に手を添え、押しながら進む。他の戦士が取り漏らした魔物を斬り倒しながら、前へ前へと進み続ける。
寄り添うニナの目は、少しずつ近づいてくる王城から離れない。
「・・・王城には、聖女が神聖力を増幅させて広範囲に結界を張り巡らせるための祈りの間がある。あたしがそこに行って今持ってる力を全部解放させれば、魔物達を全滅させられるよ」
「ええ、貴女こそ我らの聖女様ですもの。貴女が祈りの間に行けば全てが解決するでしょう」
前方で二人の女性が巨躯の魔人に薙ぎ払われた。鋼鉄の鎧に亀裂が走り、弾け飛んで地に伏す。
シャルロッタの腕の中にいたニナは離れた。すぐに女性達に駆け寄ると、膝を折って神聖力で治療を施す。
彼女が処置する最中、シャルロッタは跳躍して魔人の肩に飛び乗ると、ショートソードで喉を切り裂いて倒した。
「怪我は治したけど、装備がぶっ壊れたんだから一旦帰ったほうがいいよ。南門まで安全は確保できてるからさ」
「はい、ありがとうございます聖女様」
「このご恩は決して忘れません。我らの剣は聖女様に」
感謝を述べつつ走り去っていく女性達。その背を見ながらニナは立ち上がる。
「ナチュラル聖女様呼びじゃん。つい一時間前までガンつけてきたのに」
「ナチュラル・・・ガンツケ・・・初めて耳にした異世界の言葉ですけど、敵意を持っていた方々が貴女を聖女と認めて敬うのを驚いているのですか?」
「いや、違くて・・・うーんと、急に畏まられて恥ずかしいってこと」
また二人は身を寄せ合い、先を進む。シャルロッタの目に映るニナの顔は、口元が緩んでいてた。
「目の前で人が倒れたのなら、助けるのは当たり前なのにさ」
つい彼女の表情も緩みそうになる。上空から降下してきたモヤ状の魔物を斬り捨てることで、その表情を引き締めた・・・───。
───・・・辿り着いた王城。同じく進行した戦士達は、第一城壁の周囲で戦っていた騎士団と合流した。先遣の戦士達が取り漏らした魔物を全て倒したシャルロッタは、ニナの背に回していた腕を離し、身も離す。
騎士団の幹部だろうか、指示を出している男に見覚えしかなかったからだ。彼の表情は険しい。装飾のある豪華な鎧は傷つき、汚れていた。手にした大剣こそ新品ののような輝きがあるが、それは始祖が手に入れた神秘の剣だから。
「姉上!?」
男は、弟は驚きと目を丸くしてシャルロッタに声をかけてきた。立派な騎士然としているが、疲労の見える顔で駆け寄ってくる姿に、シャルロッタは冷めた眼差しを向けていた。
「弟さん、大きくなったね。あたしからすれば巨人だよ」
「ニナ、私にはもう弟はいません」
弟が目の前に来るまでに密やかに言葉を交わし、彼が眼前に立てば、シャルロッタは唇を引き締めた。
「姉上、無事だったのですか!第二王子の決定で辺境に身一つで追放されて」
「その追放には貴方方、フレスヴェルグ家も賛同したではありませんか」
「姉上?」
「私はフレスヴェルグ家当主の決定により、貴家から除籍となりました。本日の王都討伐戦に参加している一人の戦士に過ぎません。ですから、貴方の姉ではないのですよ、騎士様」
対面した弟は絶句と言葉を失い、顔色を悪くさせる。
シャルロッタの視界に捉えているニナは二人の顔を交互に見て、何か言おうかと口をパクパクと動かしているだけ。やがて口を出すべきではないと思ったのか、真一文字に口を閉ざして顔すらそらしていた。
「ち、違うんです!あれは、ナリッサ嬢が姉上を貶めて殺害すら企てていたから、父上は隠すために姉上の辺境行きに合意をしただけなんです!」
「私には共に追放された友人のみでした。それ以外なく、フレスヴェルグ家からの援助などは勿論なかった。此度のことがなければ、貴方方は私のことを忘れていたでしょう」
「そ、そんなことは」
振動がする。徐々に強くなってくるそれに、シャルロッタは東へと顔を向けた。警備のための監視塔に絡みつくもの、そこから繋がっているのは黒い塵の塊で、黒い巨人が王城に差し迫っているのだと分かった。顔と思しきところには二つの光、鈍く光る赤い目をこちらに向けている。
「東門から進行した戦士達は押されているようですね」
シャルロッタは銀のショートソードを鞘から引き抜く。振動を立てて近付いてくる黒い巨人へと足を進めた。
「姉上、いくらなんでもあのような巨体を相手にするのは無謀です」
「騎士様のご助言は痛み入ります。しかし、私は人々を守るために王都に戻ったのです。東側の同士達が苦戦を強いられていては、傷付いた民達の命が危ない。馳せ参じるのが道理というもの。私は戦うことに長けているのですから」
弟だった男に鋭さのある流し目を向けると、その目はニナを映す。目尻が下がる感覚を得ながら、彼女は言葉を送った。
「ニナは祈りの間に急いでください。あの巨人を倒したのなら、すぐに私も向かいます」
「・・・うん、分かった」
「王城内には国王陛下と王太子殿下、そして第二王子殿下とナリッサ嬢がいると思われます。祈りの間に行く妨害をされたのなら」
シャルロッタは拳を作り、空を切るように前に突き出した。
「暴力も辞さないと教えて差し上げてください」
「勿論、邪魔する奴はボコってやるから。ロッタ、また祈りの間でね。絶対にあのデカいのに負けないでよ!」
上げた手を大きく振ったニナは、すぐに踵を返して王城に至る門へと走り始めた。
別れたシャルロッタとニナを交互に見た弟だった者は、困惑しながらもシャルロッタの方に手を伸ばして。
「姉上!行かれるのなら僕も!」
声を上げるが、彼女は振り返らずに駆け出した。他の戦士達が挑んでいることで、僅かに足止めされた黒い巨人へと立ち向かう。
早足は駆け足に変わり、監視塔を掴んだまま上体を屈める巨人に近付いた。笑うことで赤々とした口内を見せ、生々しくも鋭利な歯列からヨダレを零す巨人へと飛びかかった・・・───。
「王城を一般に開放すべきだ!」
「何万という人間が収まりきるものか!!」
王宮騎士と魔物討伐軍の騎士が怒号を飛ばし合っている。エントランスで意見の違えた人々は多く、口論や取っ組み合いとなっていた。ただ、異形の咆哮や重量のある振動が響くと、彼らはすぐさま大扉に向き直り、防衛のために駆け出した。
その僅かに開いた大扉から入城をしたニナは、人々とすれ違いながら突き進む。通路には身なりの良い、つまりは貴族達が恐怖で身を縮こませながら、魔物の襲撃が収まることを祈っていた。
一瞥するだけで目的地である祈りの間に向かう彼女。その颯爽とした足取りは注目を浴び、貴族達は「偽聖女」だと声を荒げる。怪訝と顔を潜め、困惑と狼狽える。
(ああ、こいつら学校の同級生じゃん)
あの卒業パーティーにいた面々が騒いでいるのだと気付いたが、興味がないと足を進める。
二、三人ほど詰め寄って来たが「魔物が来るのにあたしに構うなんて余裕だね」と言葉を送れば、真っ青な顔で立ち止まった。
「バカの相手をしている場合じゃないんだ」
祈りの間に向かうための階段を上る前、吐き捨てるように言うと階段を一気に駆け上がった。警備の兵士とすれ違うが、彼らは防衛に向かうことでニナを構うなどしない。貴族達と比べて大分まともだと思った。
二階、三階を過ぎ、四階に辿り着いた彼女は、一度だけ訪れただけの祈りの間へと、記憶を頼りに躊躇なく進む。
そのまま長く暗い廊下を進めば、左右の壁にオイルランプが掛けられた両開きの扉が見えてきた。
(あれだ)
すぐに結界を張ろうと速度を速めれたが、横から現れた者に立ち塞がられる。
「殺人犯がなぜここにいる!下賤な悪女め!!」
発した大声が頭に響くと、ニナは側頭部を手で押さえた。痛みすら感じて顔を顰めれば、その人物、第二王子アリスト・ロードが怒りの形相で近寄り、突き出した手で彼女を指差した。
「この緊急時に更に国を乱そうとするつもりだな!!貴様が魔物の手引きをしたと俺は知っているんだぞ!!」
ニナは拳を握り込むと頭の後ろに引き、アリスト王子とすれ違う手前で素早く拳を突き出すと、渾身の力で殴り抜いた。
「ぐえっ!?」
顔面の中心に拳を受けたアリスト王子は、後頭部から地に落ちる。大きな音を立てて仰向けに倒れた王子に、唾こそ吐き出さないが冷めた目で見下ろす。
「お前の相手をしている場合じゃあねーんだよ、バカが」
非常に口汚く罵ると、ニナは両開きの扉の前に向かい、取っ手を掴んで引き開いた。
白と青い大理石の床。純白の柱が中央に向かうように何本も立ち並び、その奥、二段ほど段差のあるお立ち台が見えた。白の大理石のお立ち台には上空から清浄な光が注いでいる。それは天井に作られたステンドグラスの窓から太陽の光を受けているから。美しい煌めきを台に落としている。
ニナは一度だけ深呼吸をすると、駆け出したい気持ちを抑えて、ゆっくりと、祈りの間を進む。
「な、なにを、するつもりだ、にせ、せいじょぉ・・・そこは聖女が、ナリッサ様が祈りをささげる、ばしょだ、ぞぉ・・・」
痛みが凄まじいのか、アリスト王子は絞り出すかのような言葉を彼女の背に浴びせる。
振り返らずに、ひたすら先に進むニナは唇をゆっくり開いた。
「それならナリッサを呼んでこいよ。聖女なんだろ?今王都を襲っている魔物達を殺るために結界を張らせろよ」
自分の言葉遣いが悪いなど彼女はよく分かっている。人を萎縮させたり、嫌悪感を抱かれるとも知っている。いつもならば配慮をするが、今はそれどころではなかった。
この期に及んで、王都が滅びかけているのにも拘らず、ニナを責めるだけのアリストが許せない。配慮などできないと感情のままに言葉を送った。
「ナ、ナリッサは・・・いない。王都に魔物が侵攻した初期段階で、避難だと隣国に・・・せ、聖女の身の安全を守るためが第一だと、いわれて」
「・・・何のための聖女だよ!この国を守るためにいるのに、あたしはそのために自分の世界から召喚されたのに、自分可愛さに放棄するなら端から名乗り出るな!!お前も認めるんじゃねーよ!!」
「そ、それは・・・そうだ。なぜ、ナリッサを聖女などと・・・君こそ異世界から召喚した正当なる聖女なのに」
何やらブツブツと言い始めたアリスト王子を放置して、ニナは段差を上る。天上から注ぐ光の中心に入り込むと、両手を組み、自身の内にある力に集中した・・・───。
───・・・監視塔は倒壊して、黒い巨人に数多の騎士や戦士が薙ぎ払われる。何名かは命を落としただろうと、右手が潰れたシャルロッタは思った。
「姉上・・・」
「・・・」
彼女が庇ったことで多数の擦過傷だけで済んだ弟だった者に仰ぎ見られる。
その手には一切傷付かずに真新しいままの大剣。何代に渡って伯爵家の当主が受け継いできた神秘の剣がある。シャルロッタのショートソードは刃を押し当てた瞬間、崩れ去っていたのに。
痛みに耐えるように、ゆっくりと息を漏らして彼へと手を向ける。
「先祖の剣を渡しなさい。あの巨人は私が倒します」
「姉上、そのような大怪我を負った状態で挑むなど」
「渡しなさい、私が貴方に語るのはそれだけです」
「・・・・・・」
弟は躊躇いがあったものの、結局は先祖の剣を手渡してきた。利き腕ではない左手で掴むと、シャルロッタは身を隠していた瓦礫から姿を現す。
巨人の赤い目のある顔が、満身創痍の彼女に向かい、ニタリと笑った口から大量のヨダレを流していた。
「醜悪な巨人よ、勝ち誇っているようだが、まだ私は倒れてはいない」
巨大な腕が振り上がり、シャルロッタを潰そうとすぐさま振り下ろされる。素早く避けた彼女は、その腕に飛び乗り、革のブーツが焼ける感覚を得ながら更に飛んで、巨人の顔の前に。
食べようとするかのように大きく開かれた口。その上の目の間にシャルロッタは剣先を突き立ててながら着地した。
接触に装備も衣服も焼ける感覚を得ながら、身を躍らせるように暴れる巨人に振り回される。だが、巨人が剣を突き立てた部分から崩れていくのを何とか目にした。
(倒せ、ました?)
自身の皮膚すら焼けていると感じながら、痛みに意識は落ちていき、瞬間、清らかな光に身が包まれたと感じた。柔らかく、心地よい温かさを得ながら、彼女の顔は王城にに向かう。城の上部で清浄な光を発するのを確認すると。
「間に合ったのですね・・・」
その意識は完全に落ちてしまった・・・───。
───・・・早々に帰りたかった。
謁見の間で玉座に座る国王の姿、その側に控えている気の弱そうな王太子や腹立たしい第二王子の姿を見てニナは思う。
あまりにも気怠く、面倒という気持ちが抑えきれないせいで、そのまま溜め息を漏らした。
隣から小さく漏れる息遣い。笑われたのだと視線を送れば、案の定、シャルロッタが口元に笑みを浮かべていた。
魔物の軍勢による王都襲撃は、ニナがありったけの神聖力で発動した結界により収束した。王都だけではなく、国土全てを包んだ広域結界に魔物達は一瞬で消し飛んだ。
全ての神聖力を注いだ彼女は昏倒し、巨人と戦ったシャルロッタも負傷で意識を手放したようだった。気が付けば隣のベッドで昏睡していた彼女を目にして、すぐさま治療したのは今から三日前。神聖力の枯渇で時間は掛かったが、昨夜の内に怪我の跡を残すことなく完治させた。
二人は互いの健闘を喜び合い、それぞれどんなことがあったのか会話をしようとした。それはダリエンに帰る準備中に交わそうと、寝間着から着替えが終わり、荷物の整頓をしているときのこと。
自分達が王城にある医務室に運ばれていたと分かったのは、シャルロッタの弟が呼び出しに現れたからだ。ダリエンに帰ると言っても、わざわざ数十人に及ぶ騎士達を招集され、殆ど連行という形で王族の集う謁見の間に連れて行かれた。
「我が国の聖女ニナとフレスヴェルグの騎士シャルロッタには褒賞を贈る」
いらない。ニナはきっぱり言いたかったが、この国の式典に対するマナーを叩き込まれていることで黙っていた。
さっさと褒賞とやらを貰って、さっさとこの城から出て、ダリエンに帰ろうと考えるだけ。それなのに。
「シャルロッタ・フレスヴェルグは、まずフレスヴェルグ家に籍を戻すことを許そう。また、我が近衛騎士団の一員に任命し、その資格を得るために叙爵をする。そして、聖女ニナは第二王子アリストとの婚姻を命ずる。聖女としても第二王子妃としても国を」
「はぁっ!?」
頼んでもいない、ありがた迷惑な褒賞にニナは声を張り上げた。室内に響き渡るその声に、国王は目を丸くして、影の薄い王太子は体を跳ね上げて、第二王子は眉間に皺を寄せている。
「聖女ニナ。今は国王陛下からお言葉を賜っている最中だ。声を発するなど」
「うるさい!黙れ馬鹿王子!あの王様。それって褒美じゃないです。好きでも何でもない、興味すらない男の嫁なんて真っ平ゴメンです。大体、それって馬鹿の奴隷になれってことじゃん!」
「なっ、君はなんてことを言うんだ!」
不敬だと承知、何より自分は無礼だと見せることにしたニナは、躊躇いなくアリスト王子を指差した。
狼狽える様子を疑問に思うが、今は自分の気持ちを伝えるべきだと心得ている。
「受け手が嫌なものを受け取るって褒美にはならないですよ。だから、そいつと結婚するなんて拒否します。絶対に嫌です」
「し、しかし聖女よ。王子の妃になるのはこの国の婦女にとって名誉であるのだぞ?」
「この国の人には、ですよね?あたしは異世界生まれで、常識もそっちで身に付けましたから名誉とは思いません」
凝視との顔ごと見つめてくるアリスト王子からそっぽを向く。彼の口から呻き声が聞こえ、視界の端には顔をそらしている姿が映るが、完全無視を決め込んだ。
「フレスヴェルグ伯爵令嬢。そなたも聖女を説得してくれないか。そなたは従者として聖女と共に辺境で過ごした。この国の常識を教えれば、聖女も納得してくれるはずだ」
「・・・まずはご訂正を。私はフレスヴェルグ家から除籍となり、その籍を戻すつもりもないので伯爵令嬢ではありません。また、ニナは私の友人。友としてお互い助け合い辺境で過ごしていました。ですから、友が嫌がることなどするつもりはありません。国王陛下が決行されるつもりならば、私の剣は彼女を守る刃となるでしょう」
控えているシャルロッタの弟が、焦りのある表情を浮かべる。彼女の発言を訂正しようとしたのか、口を開いて手を伸ばしてきた。
ただ、国王の前で私事を出すべきではないと踏み止まったようだった。暗い表情を浮かべた顔を伏せ、力なく佇む。
「しかし、フレスヴェルグ伯爵令嬢」
「ただのシャルロッタでございます」
「フレス」
「シャルロッタです」
「フ」
「聞こえませんでしたか?一平民のシャルロッタですわ」
国王が言葉を発す前に声を被せて遮るシャルロッタ。微笑を浮かべた顔と落ち着きのある声色は、有無を言わせない雰囲気を醸し出している。
大変不敬極まるが、それこそニナの目的と合致するので静観した。早く下らない話を終えて、ダリエンに帰りたいと思う。
脳裏に浮かぶ元牢屋の素朴な我が家。生活用水に使っている近場の小川は透明度が高く清らかで、畑の水遣りには最適で。
「そうだ!小豆!小豆の畑!」
「アズキ?」
思い出した小豆の苗木の姿。収穫して美味しい餡子の和菓子を食べるのが、ニナの何よりの夢。
「こんなことしている場合じゃないよ!ロッタ、早く帰って小豆!餡子のお菓子!」
「そうでしたね・・・国王陛下、我々に褒賞など結構。私とニナは穏やかな辺境の町で、これまで通り気ままに過ごすことを望みます。ですので、二度と関わらないでくださいませ。我々にはアンコが待っているのです」
「いや、アンコってなんだ?」
疑問の声を漏らす国王を尻目に、シャルロッタはすっと細めた目を弟に向ける。彼と、今は領地にいる両親に向けての牽制のつもりで発言していた。
シャルロッタの弟は押し黙っている。少し前屈みになりそうではあったが、何とか耐えているようだった。
「私達など気にせず、逃亡をされたナリッサ嬢と侯爵家の捕縛をされては?聖女と偽り、国を一時でも乱したのです。厳罰に処すべきだと思います。」
「あ、ああ・・・そ、そのつもりではあるが、ナリッサはその・・・隣国の王子に見初められたようで、すでに輿入れをしている。他国の王子妃を捕らえるなど容易ではないのだ」
「はぁ?完全に逃げらてるじゃん!バッカみたい!」
ニナの単純ながら真っ直ぐな罵倒に国王は呻き、顔を伏せた。
逃亡した偽聖女ナリッサが妙な力で王子を含めた王族、貴族達の感心を受けていたと推測された。魔物のように、心を操る秘術を用いたという推論すら上げられれている。それなのに、ナリッサの凄まじい行動力のせいで取り逃がしてしまった。
あまりに情けない有様を見せられたニナは、もはや立場逆転と大げさに溜め息をついて。
「高貴な生まれってだけのお偉いさんには付き合ってられない。小豆の待つダリエンに帰るわ」
「ええ、その通りです。これからも国民の一人としてお仕えさせていただきますが、私達をお構いになりませんように。もしアンコを食す夢を妨害するのなら、お覚悟を」
「いや、だからアンコだのアズキだの一体」
二人は堂々とした態度と足取りで謁見の間から出て行った。引き留める声は聞こえたものの不敬だと詰め寄られなかったことで、二人は気持ち良くダリエンへの帰路に着いた・・・───。
───・・・数ヶ月後、ダリエンの家。
いつものように傭兵としての仕事を終えたニナは、夕食作りに勤しんでいた。今朝はシャルロッタに言い寄ってきた町の警備隊長が、彼女の力強い張り手を頬に受けて、キリモミ回転しながら地面に落ちた。その勢いの良さを思い出しては吹き出し、鶏肉をナイフで切り分ける。
王都から帰ってから色々なことがあった。警備隊長の求婚は日に日に激しいものになり、何故かよく訪れるようになったシャルロッタの弟を巻き込んで騒動になることがある。
ニナ自身も王都でのことで信奉者が増え、ダリエンに居を移した彼らに妙に崇められている。中にはアリスト王子に似た風貌の男もいて、その人物は移住こそしていないが、遠巻きに様子を窺われていた。気味が悪いと怖気が走ることもしばしば。いつか事件が起こるのではないかと一抹の不安を覚える。
(これって平和とは言えないよねー・・・)
そんなことを思いながら溜め息を吐きつつ、野菜類を煮込んでいる鍋に切り分けた鶏肉を入れた。鍋に蓋をして、大きめにカットした具材にしっかりと火を通るように煮込み続ける。
今日の夕食は、仲の良い農家から譲られた野菜のサラダと具沢山のシチュー、少し固めのパン。そして・・・。
「ニナ、アズキはしっかり乾燥していましたよ」
小さな籠にこんもりと山を作る小豆。それを抱えたシャルロッタが外から戻ってきた。
「持ってきてくれてありがとう・・・うーん、そうだな、餡子を作ったらどれにしよう?まずは簡単なものがいいから・・・どら焼きにしよっか」
「ドラ、ヤキ?それはどういったお菓子ですか?」
遂に栽培した小豆を使って大好きな和菓子を作って食べる。念願だった夢を叶えられることに、ニナの胸は高鳴った。
好奇心と目を輝かせるシャルロッタをカウンターに招き、今から一緒に調理を始める。二人並んで会話をしながら。この時間こそは平穏そのものだった・・・───。
結局長くなるってワケ。
一番重要なことを書き忘れたので加筆・修正しました(2025.7.8)最後まで読んでくださりありがとうございます!