特技
晴人にはちょっとした特技がある。人が何を考えているのか、ある程度分かるのだ。
なんだ厨二病かと思われるかも知れないが、この能力で晴人はいい思いをしたことがなく、頭を悩ませることの方が多いため、そんな言葉で片付けて欲しくないと晴人は思っている。
具体的に言えば、相手の視線、声色、仕草を見ることで、相手の生い立ちや思考の癖、自分への感情を知ることができる。言わば、一人は見たことがあるであろう、血液型を当てるなどを当ててくる占い好きな女子のもっと細かく知れるバージョンだ。
このある程度誰でもできる、特技と言ってもいいのかわからない能力だが、晴人の共感能力と想像力の高さから、それを可能にしている。父の言葉には配慮が足らず、母の言葉は自己の感情と言うものがない。晴人は幼いながら、母が失礼極まりない言葉に対し言い返そうとしたが言葉が詰まった「‥‥っ」という音を聞いてから、母の考えていたことを想像し代弁していた。
常に顔色を伺い、よく感情爆発寸前の母を鎮めては
父と、父に考え方がよく似た兄に反感を買って喧嘩を繰り返す。母は庇われたとも知らず父の意見に従い、怒られるのはいつも晴人である。だが、当時の晴人は恨んだり怒ったりすることがなかった。むしろ哀れみの感情の方が大きかった。
「自分で考えなさい」
父が育児を面倒くさく思い晴人にいつも言っていた深く刻み込まれた言葉である。晴人が静かで大人しい子とよく言われていたのは、聞いても答えない親と聞かなくても教えてくれる本という存在のおかげである
図鑑を読んでは知識を増やし、小説を読んでは真似事をして生きてきた。ハマった探偵小説の少ない証拠から事件を解決する"推理"というものに心を惹かれ、両親の各祖父母の家に訪れる機会があれば、祖父母の思い出話や当時両親の使っていた物を見たり、祖父母がどんな教育をしていたのかを大方掴み、彼らの人格を理解した。
故に理解できぬ者に湧く"怒り"ではなく、理解したつもりであっても"共感"することでストレスから逃げていた。それから他人にも同じ思考をするようになり
、所作や持ち物、喋り方などを観察し、足りない部分は想像で補った。
憂鬱な朝、欠課日数が限界に近く、担任から電話がかかってきたため登校する。晴人の通う学校は週の単位数に9をかけた日数を超えると留年となる。なんとなくやりたいことがないため、文転できる理系に進んだ晴人だったが、12月上旬、週4回もある英語、数学、科学の欠課日数が27となっていた。
最寄りの駅は商店街の中にあるため、道中そこそこに人が混む。高齢化の進んだ町のため、老人が多く、
足がそこそこ長い晴人は歩くだけでほとんどの人を抜かすことができる。たまに通るトラックの運転手は、動きの遅い老人達にイライラしていることが多い。その分酔っ払いの吐瀉物が少なく、他の商店街に比べ綺麗である。
5分ほどで駅に着き、ホームへの階段を登る。
「いつも何しているだろう」
毎日階段の踊り場に、白い服で顔が隠れるほど大きな帽子を被った女性がいる。誰かを待っている様子でもなく、晴人がいつも乗る電車は8時1分か7時52分のどちらかであるが、どちらの時もいる。
寝起きが悪く、20分遅刻する時もいるが、通院などで12時に登校するときはいない。何も持たず、視線もどこに向けているか分からないが、見られているとは感じない、とにかく不気味である。通行に妨げになっている訳ではないため、誰も見向きしない。
気にしても話しかける勇気なんて到底ないため、残りの階段を登り電車に乗る。いつも階段を登ってすぐの車両に乗るのだが、野球部の輩もいるため、できる限り避けるように心がける。
野球部のやつらとは何度か一緒に帰り喋ったことがある。友達の友達ポジになった晴人は、引き出しにある、そこそこ強めのエピソードトークをすれば、廊下で「ウッス笑」と言われる仲には昇格した。だがそれ以降、人見知りなのか、悪い噂でも流れたのか、向こうからは話しかけてくれず、面倒になったので今は気まずい距離感である。
だが、最近こっちを見てはコソコソ笑う奴が現れた
。晴人には不登校気味になったこと以外に何かした記憶など微塵もないため、何かされれば、こちらからは中指を立てている様な態度で返すつもりでいる。
本当に面倒臭いが、そろそろ払拭しなければいけないと思う。思うたびに、人の愚かさを実感する。晴人は噂を鵜呑みにするほど馬鹿ではない。鵜呑みする気持ちもわからない。
直接聞こうか、信用できる人に聞いてみようか、いろいろ考えていると、いつの間にか学校に着いていた
。
昼休み、信用できる友達こと宮城旭、真島拓人と一緒にご飯を食べる。話そうかと思ったが、ふざけあう仲であるため言い出しにくい。
「そういや、最近流行ってるあれ知ってる?」
そう真島が言うと、含んだ米をある程度飲み込み、口を隠しながら宮城が答える。家族に比べるとマナーができていると晴人は思う。
「知ってる知ってる、あれやろ。」
この曖昧な言葉で言う感じ、ピンクか黒色の事件があったのだろうと思う。ただでさえ噂に疎く、不登校気味な晴人の前でそんな言い方されると聞き出されるに決まっている。
「おれ知らん、何かあったん?」
「いやー言ってもいいかなー」
「どうやろー微妙ー」
こいつらはこれが長い。だからこそ秘密を軽々話されることがないかも知れないが、口に出すのは緩いことが分かるし、される身にもなってほしい。
「今更無かったことにはできん早く言え」と少しきつめに言うと、えー、と言いながらも話し始める。
「なんか下部活とか館部活の間で流行ってるんだけど」
下部活は校舎から1番遠いグラウンドで行う部活のことをいう。土地的に低いからである。館部活は体育館で行う部活。まとめると野球部、ハンドボール部、陸上部、バレー部、バドミントン部、バスケ部、卓球部が当てはまる。ついでに宮城がバスケ部、真島はバドミントン部である。
話によれば、お菓子の名前が書かれた紙を受け取ってしまうと、1週間以内にその菓子を渡さなければいけないというものだ。いくつかルールがあるらしく、
まずその紙は菓子を渡すまで胸ポケットに入れておかなければならなく、誰かに内容を見られるとその人にも買わなければならない。そのため紙はこっそり渡すらしい。
最初は野球部の先輩から渡される罰ゲーム的なものだったが、それが広まり、他の部活、同級生間でも行われるようになったどのことだ。しょうもないと思ったが、隠し事や秘密、それを暴こうとする行為自体、
年頃の学生にとって好物なのだろう。その他にもスマホゲームの勝敗で紙を賭けようとしているのも想像がつく。思ったよりピンクでも黒でもない話だった。
「ふーん、それでなんか起きたんでしょ。」
そうでもなければ晴人に言い渋る理由がない。
「うん、お菓子の名前が書かれた紙が大量にゴミ箱にあるから先生が困惑してたらしい。詰め寄られた奴はなんとか言い訳したけど、今まで以上に監視されるかもって」
「禁止されないだけマシなんじゃない?」
「俺らの楽しみが無くなるんは避けたい。」
宮城はいつもより鋭い目をする。いつも部活終わりにやりとりするのが楽しみらしい。そう言われて胸ポケットを覗いてやったが、そんな甘くないぜと笑われた。
昼休みは終わり、午後の授業が始まる。結局、自分の噂について聞けなかったことに少し後悔する。授業は、夜寝れなくなってから眠気に襲われることが無くなったが、不眠の限界を超えるとパタっと気絶するように寝てしまうため、なるべく頭と机を近くする。
学校が終わり、さっさと帰路につく。ここからはいかに明日のための気力を持たせるかが大事である。
「さっさと寝よう」
そう思いながら家へと帰ったが、流行りのゲームについて考えてしまい寝つきが悪かった。