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鬱日和  作者: ペンペン草
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鬱日和

 もう七時半になりそうだというのに一向にこの体は言うことを聞こうとしない。


 晴人が通う高校には家から電車で、三、四十分かかる。八時三十五分から遅刻となるため最も遅くて八時前の電車には乗らなければならない。朝飯は普段食べないので、支度にはいつも二十分ほどかかる。


 今からでも支度の準備をしなければ急ぎでも間に合わなくなる。体調が悪いわけではない。意思さえあれば、飛び起きて五分で支度を終わらせられるほどの力はある。問題は、心というか、精神というか、そういう類のものにあるのだと思う。たぶん


 学校に行けなくなり始めたのは、一年前の高校一年生の二学期あたりからだ。

 

 いじめや嫌がらせが理由ではない。精神科にも通っているが、精神病でもないらしい。中学生の頃にいろいろあったのと、普通ではない家庭、最近の言葉でいうと毒家族、毒親などというのだろうか。


 そんなものの毒に侵さたのか、どうも自分がどうなりたいのか、何が好きなのか、自分の体に対する中身が空っぽに感じる。


「起きなさい」


 母が起こしに来た。何度も言われ、晴人が体を起こすと二階、リビングに戻って行った。


 こうして、晴人の憂鬱な日が始まる。幼少期の頃から、毎日母の声に起こされて育ったが、晴人が不登校気味になり、出席日数がギリギリになると叩き起こされることも増えた。母が機嫌が悪いときは、いい加減にしろと怒号が鳴ることもある。


 晴人はベットから降りると、階段を上り、置かれた菓子パンを少量つまみ、乾いた喉を野菜ジュースで潤し歯を磨いて、制服に着替えて髪を整え家を出た。これがいつものルーティンである。


「行ってきます」


 これを言ったのはいつが最後だろうか。家族の仲が悪くなったのはいつだろうか。もうこの人間達が家族だなどと思っていないが。

 

 この日も母にいってらっしゃいと言われたが、言葉を返すことはなかった。


 



 学校に向かうまでに一緒に行く人なんていない。実際いるにはいるのだが待ち合わせはせず、電車の中でたまたま会うとそのまま学校まで一緒に向かう。


 これは学校に行くまでに心の準備をしている時間とも思っている。どうしても人といるとコミュニケーションなどに脳が割かれる。第一、人といるのは疲れるし、信用できる人もいない。


 学校は田舎の方にある。空気がいいとこに通えば、心はマシになるかなと考えて選んだが、どうもそんなことはなかった。この辺りに住む人、この学校に通う人のほとんどだが、臆病でねちっこい人が多いのか、地元の中学に比べて面倒臭い人が多い。


 男女比が四体六なのだが、男が気に食わない。積極的に前に出る人がおらず、集団で常に行動し、女のように陰口を叩く。サッカー部でさえ物静かで陰湿、特定の女のいないところでのみ騒ぐ。大体は部活で別れているのだが、少人数の部活に入っている人間は独り身、もしくはいろんなグループを行き来している。


 晴人はラグビー部に入っている。身長は百七十五センチで肩幅が広いが、気弱そうな顔をしているのか、意外な顔をされる。あまり練習には参加していないのだが、中学でしこたましごかれたため、上位に入るくらいには上手いと自負している。


 嫌な思い出しかないので入る気なんてなかったのだが、数少ない同じ中学の女友達にもったいないと入ることを勧められたのと、友達を作りたかったので入部した。


 正直、入って良かったと聞かれれば半々と言ったところだ。マイナーな部活なため人数が少なく、晴人もまたグループを行き来するうちの一人だ。いい先輩や同級生に恵まれたが、サボるくせに上手いし、たまにしか試合には来ない自分に振り回されるところを見ると心が痛くなり、退部したくなる。


 はぁ、とため息をつきながら駅を降りて学校に向かう。十一月半ばにもなるのでかなり冷え込んでいるため、ポケットに手を突っ込みながら校門まで歩く。





(また飛ばされた)


 四限、数学Bの授業である。列順で当てていて、次は俺だというところで、後ろの席の鈴木が当てられた

。なぜか知らないが嫌われているようだ。もしくは二学期の前半、9月のほとんどを休んでいたこと、他にも時々休んでいることを配慮して、わからないからと飛ばしてくれたのかもしれない。



(分かるのに)



 その教師には嫌われている感覚は若干があった。飛ばされることは何度かあったし、こんにちは、とすれ違うときに挨拶しても返されることはない。まぁこれに関してはお気に入り以外は皆そうらしいが。


 なんにせよ分かるかと確認くらいしてほしいものである。数Bは得意なので、授業を受けていなくても休み時間に教科書を見るだけで追いつけるし、その他の教科に関しても、休んでいても一夜漬けすれば平均点を取れるくらいにはできる。


 まぁ数学は途中式の書き方がわからなくて減点されまくっているので、平均点も取れていないのだが。


 晴人は礼儀はしっかりしている。上の立場の人間には当たり障りのない態度を取らないと面倒になることを体が知っている。敬語も歳にしてはできる方だ。先輩への使い方や崩し方についても熟知している。現に今の先輩には同級生の中で一番距離が近いし物言いもできる。だから嫌われる理由なんて個人的な理由だろう。


 授業のほとんどは退屈でつまらないが、寝ることはしない。というかこんなに人がいる中で寝るなんて怖くてできない。


 昼食も一人で食べる。サッカー部のグループなど大半が固まって食べているが、気にしない。なぜならこいつらは固まるくせにろくに会話もしない。溜まった課題もあるし、無駄なことをするこいつらは物好きなんだなとも思う。


 こんな考えの晴人だが、人付き合いが嫌いなわけではない。クラスの半分くらいとは喋るし、一年の頃は六人くらいで集まって昼食をとっていたこともあった

 


 「起立、気を付け、礼」


 憂鬱な時間が終わる。あとは悲しい一人での帰路に着くだけだ。


しんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどいしんどい


 人と関わってもこのガスが抜けることはない。誰かと話がしたい。話して笑いたい。でもそうして抜けきるガスではない。


 悩みを話しても理解されない。そればかりか、こちらにガスを吐き返してくる人もいる。晴人はどうも愚痴ができる性格ではないらしい


 家に帰ると、夕飯まで寝る。夕飯も憂鬱である。忌々しい父(以後忌々しい男と呼ぶ)が決めるルールとして、家族団欒で飯を食う。一般家庭的なルールだと思うがそんな仲の家族ではない。

 

 隣にその男が座れば鳥肌が立つほどには生理的に無理だし、兄はこちらを嫌っているようで、勿論嫌いである。妹はマシであるが、空気が終わっていることに変わりはない。

 

 夕飯を食べ、風呂に入る。授業中もそうだが、何もない時は一点を見つめてぼーっとするため長風呂になる。


 風呂から上り、髪を乾かし歯を磨くと、自室に戻りゴロゴロする。趣味なんてない。隣の部屋でコントローラーをカタカタ鳴らす兄を音で確認し、また二階に戻る。二階に兄がいたり、同じタイミングで部屋を出たりして鉢合わせしないためだ。


 二階に上がると、コップに水を入れ、足速にまた自室に戻る。深夜一時、処方された睡眠導入剤を飲み、目を瞑り、晴人の一日は終わる。


 気力がすり減る一日が終わる。


 気力が回復することはあるのだろうか。


 無ければあと何日この日が続くのだろうか。


 


 



 






 


 





 



 


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