残された謎 2
「これから車に乗ってホテルに向かうけど、お手洗いとかは大丈夫かな?」
一枚の紙切れを受け取ったあと部屋から出た俺にそう聞いてきたのは、この署に入ったあと項垂れながら座っていた時に話しかけてくれた男性だった。
どうやら車の運転手役を担うらしい。
「あ、はい・・・大丈夫です」
「なら行こうか。足立さんも後からすぐに来るから先に行って待っとこう」
聞こえてくる慣れない名前に、返事をせずに軽く頷いただけの俺を見てから先に歩き出した彼は部屋の外でずっと待機していたのだろうか。
(居心地が・・・悪い)
彼の後ろを重い足取りでついていく俺は、あれこれ考えながらまた一つ、ふと疑問が頭に浮かんだ。
そもそもこの人達はいったい誰なんだ。
警察関係者であることは間違いないけど、誰も久下さんのことについて教えてくれない。
というか、警察手帳見せてくれたとき、そこにはなんと書かれていたのだろうか。
(くそっ・・・思い出せない)
事が起こったすぐあとだったから、よく思い出せない。というかもはやそんなことはきっとどうでもよくて今はただ久下さんが話してくれるのを待つしかないのかもしれない。
自分から聞けばいいのに。
そう思っても、聞きたい事がありすぎて、知らないことがありすぎて、自分が本当は何者なのかも分からない。
「あの・・・すいません」
「ん?」
「・・・足立さんって」
久下さん本人に聞く前に、混乱する頭で溢れ出そうになった気持ち悪さのせいでいたたまれなくなった俺は無意識に口からそんな質問をしていた。
「足立さん?」
「・・・はい」
不思議そうな顔をして聞き返してきた彼は、数秒してから理解したのか俺の後ろに目をやり再度俺のほうに向き直った。
署から出て数歩歩いた先にある車。
ドアに手を掛けたまま動きを止めたその仕草に、聞く相手を間違えたと思った俺はすぐに謝ろうとした。
「っ・・あの」
「足立さんは、君が久下さんって言ってる人だよ」
「・・・え」
「立って話すのもなんだから、車の中に入ろう。外は暑いしね」
「・・・・」
そう軽く言い放った運転手役の男の人は、戸惑いながらも車内に入り彼と同じように座席に座った俺を確認すると柔らかいトーンで話し始めた。
「こうすけくんの質問は、なんで久下って名前のはずなのに、ここでは皆彼の事を足立って呼んでるのかってことだよね」
「・・・はい・・」
小さく頷くと、妙な緊張感に襲われ握りしめていた紙切れが少し汗で濡れていくのが分かる。
「久下っていうのは、偽名なんだ」
「・・・・」
「詳しいことは足立さんが来てから話すから・・・もちろんホテルまで待たなくても、車の中でこうすけくんが気になることどんどん聞いてもらって構わないよ」
「・・・偽名・・」
それを聞いて『そうだったのか』と思ったのと、それじゃあ、佐藤のおっちゃんも偽名なのかと少し間をおいて言葉がでかかった。
「そうだね。こうすけくんがなんでこういうことになってるのか、さっきその発端を足立さんから聞いたとは思うけど」
「・・・あ」
「多分きっと疑問に思ってることはたくさんあるはずさ。深く考えなくてもいいよ。思い付いたこと次々質問してくれれば」
「・・・・」
「こうすけくんは色々考えすぎて一人で抱え込む癖があるだろう」
「なんで・・・そんなこと」
「まあ1年間と数カ月ずっと張り込みしてたから分かるよ。それに君は竹川さんの息子さんだからね」
佐藤のおっちゃんのこともついでに聞こうと口を開くタイミングを伺っていた俺。
でも、彼の言葉尻が少し下がり、何かを思い出すように一息吐いたあと続けてこう言った。
「お父さんに、よく似てる」
「・・・・」
「まあ、君のお兄さんはお母さんのほうに似てるけどね」
少し苦笑いしながら話し続けるその声は、少しの安堵に哀しさが入り混じったようななんとも言えないトーンで、つられて苦笑いするには少し重たい空気が流れていた。
「車の中暑くない?温度大丈夫?」
「え、あ・・・はい」
「ならよかった」
そして急に話を切り替えたからなんでだろうと思った瞬間、助手席のドアが開いて久下さんが入ってきた。
「待たせて悪かったね」
「いえ、大丈夫ですよ。ちょうど足立さんの名前のこと話してましたから」
「あぁ、そうか」
そう言った彼に軽く返事をした久下さん。
後ろの座席に座る俺に視線を向けてきた。
「こうすけくん、自己紹介が遅れたね。僕の本名は足立と言うんだ。久下は偽名でね。潜入捜査で使っていた名前だよ。ちなみに佐藤も偽名だ。アイツの名前は横溝だよ」
「・・横溝」
「うん」
相槌を打ちながらじっと見つめてきたその瞳は何かを探っている様子。
「あ・・・足立・・さん」
「なんだい?」
慣れない呼び方に、俺は彼のことをただのじいさんだと思っていた自分が急に恥ずかしくなった。




