明かされた真実に、ようやく戻ってきた弟
「こちらへ」
「・・・・はい」
同じく覆面パトカーに乗せられて来たのは警察署。
(・・・これが東京)
でかいなんてもんじゃない。空港の大きさも、外に抜ける時に見た改札口の人の多さも規模が違いすぎてまるで違う国にいるみたいだった。
1人で東京にでてきたら、人の波にのまれてあっという間に自分の居る場所が分からなくなるだろう。
スマホがあるから検索すれば向かう場所は分かるかもしれないが。
そんなことを思いながら病院からの道のりを車の中で呆然と考えていた。窓から見る景色は、田舎のそれとまるっきり違っていて、いたるところにビルがあって、空気は圧倒的に汚い気がした。
「あの・・・」
「ん?」
「・・・ここで・・・何を」
階段を上りきって見上げた警察署。
多分聴き取りをされるということは分かっている。だけど、刑事ドラマで見るような、長い時間拘束されて怒鳴り散らされるのではないかという不安が頭をよぎってしまい、すんなりと足が前に出てくれない。
(こんなんなら階段落ちた時に、頭強く打ったほうがよかったかも・・・そういえば久下さんどこ行ってたんだろ)
病院に着いてから一旦何処かへ向かったらしい。それからまた戻ってきたけど、俺の診察が終わったらまた一緒に車に乗った。
もしかしてここに来てた?
「お疲れ様です!!」
躊躇う足取りに、警備員のおじさんが敬礼をして挨拶をしたのは、俺じゃなくて俺の後ろに居た久下さん。
「少し部屋に入って、それから軽くお話をする程度だよ。疲れてるだろうから、今日はすぐに帰ろう」
「・・・・か、帰るって・・・戻る家とかないですよ」
「ホテルを取ってあるから大丈夫」
そういうと、俺の背中を押すように優しく手を添えてきた。
「・・・・そうですか」
裏口なのか、ここは人の出入りがあまりない。あの家を出たときみたいに人だかりがあったら嫌だとは思ったけど、ここではそんな心配しなくてもいいらしい。
夕暮れ時、背中越しに静かにカラスが鳴く声が聞こえてくる。
(父さんもここに来てるのかな・・・)
全くと言っていいほど、最後に彼を見た時から話題にも上がらない。俺から話を振れば多分答えてはくれるだろうけど、自分自身も聞く気なんかになれなくて心の中でただ自問自答してるだけだった。
ずっとここに居るわけにもいかない。
少しだけ深呼吸して、止まっていた足を踏み出した。
◇◇◇
「・・・・」
「こうすけくん、悪いが少しここで待っといてくれないか」
「はい」
中に入ると、かなり涼しい。
当たり前か、冷房がきいてはいるけど、そこまで強くない。ただ、思ってたのと違った。
(人が・・・・異様に少ない)
警察署の中はこんなものなのだろうか。夕方だから?仕事終わりで帰宅してる人もいるとか?
久下さんが俺のそばを離れて、その代わりに別の人が近くにある長椅子に座るように促した。
手錠をかけられてるわけじゃないから逮捕はされない。でも、もう牢屋にいるのとたいそう違いはなくて、何をしてこの先暮せばいいのか、そもそももうあの家にも戻れない。もちろん学校にも。
噂が一気に広まってるだろうから、たとえ戻ることができても白い目で見られるだろう。
(・・・・くそっ)
戻ったところでどうするんだ。
髪の毛をぐしゃぐしゃにするように両手で頭をかかえて、座ったベンチの上で項垂れた。
こんな形で東京に来るなんて。
おっちゃんは、俺が話していたことをおぼえてるのだろうか。
(全部・・・・最初から知ってたんだよな)
だから弟のことは一切触れなかったのか。
どんな様子かずっと知ってたから。
ずっと見守ってたから。
「・・・・・」
冷たいベンチに、冷えた頭。
時計の針が無機質に同じリズムでなっているのが聞こえてくる。
熱いものなんて、明日は何をしようなんてそんな気持ちは二度とわきあがる気がしない。
くだらない。
くだらない。
くだらない。
頭の中で誰かが囁く陰湿な言葉のおかげで、闇に飲み込まれていきそうになる。
そして視界に入った足に巻かれた包帯が、なんだか大袈裟に思えてきて渇いた声で笑いかけたちょうどその時、自分の足首に巻かれていたミサンガが切れそうになっていることに気が付いた。
「・・・・」
ゆっくりと手を伸ばして、軽く触れたそのミサンガ。
『失くすなよ』
『うん!』
弟との、最後のやり取りを思い出して切れそうになっていたその部分に触れた瞬間、ぶつかって粉々になったクッキーのように、いとも簡単に切れてしまった。
「・・・・・・」
願ったのは何だったのだろう。
「けいすけ・・・・」
俺の今まで生きてきた人生はいったい何だったのだろう。
頬を伝って流れたのはやっぱり冷たい涙で、力が抜けたようなため息とともに、今までのこと全てが本当に嘘で、虚像のものだったと認識せざるを得なかった。
「・・・・っ」
切れたミサンガを、ポケットにしまおうと思って、力なく手に握った。涙で視界が滲んできたうえに、下を向いていたから余計にその涙が流れてくる。
拭くものなんて持ってないから、そのまま握りしめた拳の裏で濡れた頬を拭った。
「大丈夫かい?」
「・・・・・はい」
隣から聞こえてきた優しい声に、返した返事は二文字で、出てきた声は掠れ声。
そしてそれと同時に、さっき入ってきた方角から突然焦ったような騒がしい声が聞こえてきて、俺のそんな掠れ声は簡単に掻き消されてしまった。
「すいません、さっき連絡があって・・・・っ・・・父さんがこっちに戻ってきたって連絡があったんだけど」
「父さん?君は?誰かな?名前は?」
(・・・・なんだ)
聞こえてきたのは思ったよりも若い声だったけど、走ってきたのか息切れをしている。
「竹川だよ・・・・竹川!!父さんから連絡あって・・・今どこにいるんですか!?」
焦ったようにいきなりなだれ込んできた声に思わず濁った視線をそちらに向けた。背丈は俺が座ってるからから良くわからない。だけど、対応していた受付の男性よりも体が大きかった。
(・・・竹川・・・?)
「秋斗くん!?どうしてこんな所に」
「・・・あ、足立さん!!よかった!!父さんは?!」
何故なのかわからないが、俺が久下さんと呼んでいたおじさんをこの人は足立さんと呼んでいる。そしてどうやら顔見知りだったようで、前のめりになって久下さんに近づいていった。
「君の父さんならもう戻っできてるよ。さっきまでちょっと上に報告で別の階にいた。秋斗くん、どうして君がここに」
「だから父さんから連絡があったんだよ!!!」
今にも殴りかかりそうな勢いに、場の雲行きが怪しくなっていく。
周りの制服を着た警察官も、落ち着くように何人か彼をなだめようとしている。
何をそんなに興奮しているのか、同じことを繰り返す男性を不思議に思って思わず彼のことを凝視してしまった。
「秋斗くん落ち着いて。お父さんは今日少し忙しいから、今から連絡するけどつかまらないかもしれない。それよりも連絡って」
「だから、連絡だよ!!!とぼけんなよおっさん!!今どこにい・・・・」
だからなのか、久下さんの胸ぐらを掴んで大きな声を出した彼でもこっちに気が付いたようだった。
「「・・・・・・」」
そして目があって、その男性は途端に無言になった。
よくよく見ると、俺とあんまり変わらなさそうな年齢だった。理由は簡単で、その人が制服を着ていたからだ。着崩しているわけでもないその制服は、今どきの都会の高校生という感じにみえる。
「・・・・・」
隣に居た久下さんも俺のことを見つめ、数秒してから目を覆ってため息をつく。そんな彼の仕草に違和感を覚えた俺は、何故かまたすぐに彼の方に視線を向けてしまった。
(・・・誰だ・・・こいつ)
知らない顔に、知らない名前。
名字を聞く限り、多分あの竹川という警察官の息子だということだけ分かる。
(あの人の・・・・)
そして俺は泣いた顔だったことを思い出し、情けないそんな顔で見ず知らずのヤツに怒鳴られる気力もなくてゆっくり視線を外してまた顔を下に向けようとした。
「・・・・」
『何見てんだよ!!』
そんなセリフが彼から出てくるのは容易に想像できてしまう。こんな精神状態で怒鳴られたらもうどうしようもない。思わず身構えて、切れたミサンガが入ったポケットを上から潰すように握った。
「・・・・・」
「・・・・こう・・・すけ?」
(・・・・え?)
「秋斗くん、ちょっと」
「・・・・おっさん・・・本当に?」
「・・・秋斗くん・・まだ彼には話していないんだ」
「父さんから・・・・父さんから連絡があって」
だけど、実際に聞こえてきたのはもっと違う言葉で、突然呼ばれた名前に引き寄せられるように伏せようとした顔を俺は少しだけあげた。
「・・・・」
久下さんの力のない制止と言葉を遮るようにして、ゆっくりと俺のほうに近付いてくるその体を何故か誰も止めようとしない。
「・・・・い・・たのか」
(・・・?)
「・・・生きて・・・たのか」
「・・・・・」
「こうすけ・・・だよな・・・?」
見ているものを信じられないと言った表情に、今にも泣きそうな掠れた声。
訳が分からない俺は、何も答えることができなくて、ただそんな彼を見つめていた。
「俺の・・・・こと・・」
「・・・・」
「・・・・覚えてるか」
「秋斗!!!」
そして、今度はその高校生の名前を呼ぶ別の声がして、それと同時に聞こえてきたのは『竹川』と大きな声で呼ぶ久下さんの少し焦ったような声。
(誰だ・・・この人)
「お前・・・ずっとどこにいたんだ・・・・」
「・・あの、・・・すいま」
「覚えてないよな・・・・お前、あの時2歳だったもんな・・・」
「・・・・え?」
「秋斗」
彼の名前を呼び捨てにした竹川という警察官が俺たちのとこに来たとき、視界のすみに入ったその顔付きを見た途端、彼とも目があった。
「・・・・・」
「秋斗、話をしてからと言っ」
「お前・・・・本当に・・・・ずっと・・・っ」
(・・・・・)
震える声で言い放った高校生の彼。
場が一気に静まり返り、俺は呆然とした。
「父さんから・・・お前が見つかったって・・・連絡が来て・・・いてもたってもいられなくなって・・・・」
そして無音になったそのあとに続いた彼の泣き声がその場に響き渡って、しばらく誰も動けずにいた。
「お前・・・14年前・・・・突然消えて」
「・・・・」
「俺・・・お前の兄ちゃんなのに・・・何もできなくて」
時計の針と、頬を伝った涙だけがその場を気にせずに流れていく。
「こうすけ・・・お前が戻ってくるの・・・ずっと待ってたんだ・・・家族皆で」




