8月8日・9日
口から出た言葉に、けいすけの笑った顔と不安そうな表情、それに小さな体でギュッと俺のことを抱きしめるあの手の感触をまた無意識に思い出した。
(・・・・くそ)
「こうすけ」
「は?」
「・・・・あっ」
怒りが抜けきらない俺は、突然呼ばれた名前に睨みつけた視線を拳から声のする方向に向けると、真っ先に視界に入ったのは母親の怯えたような顔だった。
同じタイミングで父親が後ろに居ることに気が付いて小さな声を上げた彼女は口をギュッと結んでいる。
「・・・・父さん」
「こうすけ、大丈夫か?」
「・・・居たんだ。佐藤さんとの話もう終わったの?」
「・・・・・」
いつからそこに居たんだろう。どこから聞かれてたかなんて正直もう分からない。とりあえず言い切ってしまった手前、今更ごめんなさいなんて言えない。
というか本音だから言うつもりもない。
「あぁ。本当に軽く話しただけだからね」
「そっか。俺部屋に戻るわ」
いたたまれなくなった俺はそう言って2人の横を抜けようとしたけど、その瞬間父親に腕を掴まれてしまった。
「こうすけ」
「・・・・なに」
(最悪・・・)
ピリピリした雰囲気を出してるのは俺だけだ。お母さんはまたビクついているけど、お父さんは全くそんなことなくて、むしろ穏やか。
「・・・後でちゃんと話そう」
「なにを?俺は話すことなんてないよ」
たいして力が入ってないお父さんの手はたやすく振り払える。でもそれをしないのは多分お父さんのことが怖いからだ。こんなふうに腕を掴まれたことなんて多分今までにない。
「行っていい?俺夏休みの宿題しないといけないんだけど」
「あぁ、ごめんよ」
抵抗されることなくすぐに離してくれたお父さんの横で母親はまたいつもの調子に戻ったようだ。
(・・・なんだあれ)
振り返ることなく部屋に戻った俺は、結局スイカも、夜ご飯も食べずに部屋に籠もりっぱなしで、部屋のドアをノックされても『いらない』とだけ言って外に出なかった。
「父さんの部屋・・・なんであんな匂いしたんだろ。っていうか、あの袋に入ったヤツだよな原因は」
あの時入った瞬間に匂いに気が付いた。
異臭ってわけでもない。ただ、鼻につくというか、普通の生活を送っていても嗅がない匂いだったから反応してしまった。
「・・・なんの匂いだ」
どっかであの机の上のモノを拾ってきたのだろうか。
間違いなく昨日は存在してなかった気がする。
もしあったのならお母さんがあんな反応しないはずだ。
(・・・匂い・・・)
「匂い・・・か。謎だ・・・謎すぎるけど」
散らかったあの床は、多分何かあの日にあったことを暗示している。けいすけが見つからないから苛立ってたのか、それとも7日に何かあったからあんなに散らかしたのか。
いずれにせよ苛立っていたのは間違いないだろう。
「ゴミ箱ひっくり返したみたいだったもんな」
床に散乱した紙の中身は見なかった。というか真っ暗だったから見えなかったというほうが正しくて、今になってせめて1枚くらいめくって見ればよかったと後悔。
「はぁ〜・・・新聞はけいすけの言うとおりか」
多分物置にあった新聞は同日付けで事件とは関係のない不要なもの。なんであの事件だけ固執したように引き出しに入れてるのか理解できないけど、もしけいすけが本当にあの事件の男の子だったとしても、正直俺が知ってる記憶と繋がらなくて無関係のような気がしてならない。
「そういえば物置でも変な匂いしたな」
結局夜は布団に入ったものの、あんまり眠らずにそのまま朝を向かえた。疲れてるはずなのに思考が色々な方向に飛んで頭が覚醒してしまったようだ。
朝早くに体を起こしてリビングに行き、冷蔵庫を漁り朝ごはん代わりにソーセージとパンを掴み部屋に戻った俺は、たいして味のしないパンを頬張りながら今日はどうしようかと考えた。
(・・・外に出るか・・・・誰かに言ったほうがいいよな)
昨日の事があって、だんだんとお父さんの言う事がどうでも良くなってきたかもしれない。
「久下さん・・・でもおっちゃんと仲良いから別の人・・・というかもう警察に通報したほうが」
一口食べたパンを机に置き、腕を組んで椅子に座りながら天井を見上げ首をかしげた。
コンコン
(・・・・ん?)
コンコン
その時、部屋をノックする音がして首をもとに戻してから振り返った俺は、ドアの向こう側にいる人がどっちなのか想像がつかなくて返事をしなかった。
コンコン
(・・・・誰だ?)
「こうすけ・・・・こうすけ・・ねえ、起きてる?」
(母さん・・か)
「はぁ・・・・なんだよ朝から」
ノックをしたのはどうやら母親のほうだったらしい。立ち上がってから数歩歩いて仕方なくドアを少しだけ開けると昨日見た似たような光景がそこにあった。
「なに?なんか用?」
「昨日・・・話が途中だったから」
(途中?)
後ろを気にしながら焦ったように話す母さん。
途中で切り上げた話なんて俺には記憶にない。
「なに?」
「あ、あのね・・・」
「・・・・・」
生唾を飲み込んで手をギュッと握った彼女はまだ後ろを気にしている。
「なにもないなら閉めていい?俺眠たいんだけど」
「え、ちょ、ちょっと待って・・・・あのね、その・・・・けいすけを連れ去ったのはお父さんじゃないのよ」
「・・・・・は?」
「こ、・・・今回のはお父さん本当に無関係なの」




