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消えた弟  作者: しおやき
第三章 転

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8月8日 怒り




「これをこうすけにって」

「・・・・」

「お見舞いの品だそうだ。体調が心配で気になってたらしい。後で皆で食べよう」

「え・・・・」

「どうした?スイカ嫌いか?」


 (俺だけ?)

 

  けいすけは?


 色々聞きたいことはあるけど、お父さんの様子に喉から言葉が思わず出かかった。渡されたスイカを両手に抱えて同時に抱いた疑問。


 何故弟のことに触れないのだろうか。

 

 (・・・・やっぱりなんかおかしい)


 俺に聞いてこなかったおっちゃんは意図的にけいすけの話題を避けているのか。でもそうだとしたら俺が一緒に居たあの時、聞こえる距離であんな質問はしないはずだ。

 

 (もしかしてけいすけのことをずっと見てたから、わざと俺に聞かなかった?)

 

 「こうすけ?大丈夫か?嫌なら僕と母さんで食べるけど」


 最初からけいすけのことを狙ってたのか?

 なんとなく纏まりそうな考えに思わず下を向いてしまった俺に心配そうに問いかけてきた父親の声が耳に入ったから、慌てて否定した。


「あ、いや、そういうのではないけど」

「そうか、ならいい。ちょっとまた出てくるよ」

「え、出てくるって」


 もしかしたら、けいすけを連れ去ったのはお父さんの言うとおりおっちゃんだったのだろうか。 徴発するようにわざとあんなことを聞いてお父さんを怒らせたとか?

 

「佐藤さんが外で待ってるから話をしてくるだけだよ。そんな時間はかからない。こうすけは勉強してきなさい」

「・・・え、おっちゃんまだいるの?」

「あぁ、道路の少し先で待ってくれてる。どうかしたか?」

「いや・・・け、けいすけのことは・・・何か言ってたのかなって・・・ちょっと気になって」

「・・・・あぁ。けいすけにもスイカ良かったらって。小ぶりだから食べやすいだろうって言ってたけど。・・・・今日は3人で食べよう」

「そ、そっか」


 (なんだ・・・)

 

 お父さんが話を端折っただけで、実際にはけいすけのことも言っていたようだ。どこまで本当か分からないけど、自分が考え過ぎなだけかとこの時の俺は少しホッとした。

 

 「夜ご飯は3人で食べよう」

 「・・・分かった。気を付けて」

 「うん。大丈夫だよ」


 そう言って背中を向けてドアを開けたお父さん。疲れた様子のその背中は、よれた仕事着のせいで余計に切なく見えた。


  (・・・・やっぱりお母さんに聞いたほうがいいな)


 

 閉まったドアから数秒遅れて鍵をかける音もしたから、スイカを抱えたままの俺はそのままリビングに戻って2階にいるであろうお母さんを大きな声で呼んだ。


 「お母さーん!お父さんがいたから、大丈夫!降りてきていいよ!」

 「・・・あ、分かったわ、今行く!」


  (そしてまずは、これを何処かに置きたい)

 

 母親の声を確認してから、台所の空きスペースにスイカをゆっくり置いた。小ぶりなスイカは前にもおっちゃんのとこで食べたから多分これもきっと久下の爺さんからの貰い物だろう。

 

 「・・・よっ・・・仲いいなー。爺さんと話して何が楽しいんだ。あ、母さん」

 「・・・・・え、な、何それ。どうしたの?」

 

 俺が渡したお父さんの机の上のものは返してくれたらしい。リビングに降りてきた彼女の両手は空いていた。

 

 「スイカ・・・父さんが、さっき貰ったって」

 「誰から?」

 「佐藤のおっちゃん」

 「・・・・そうなの?」

 「うん。この前もおっちゃんのとこ行った時、食べたんだよね。そん時久下の爺さんから貰ったって言ってたから、多分これもそうかな」

 

 固いスイカの皮を手のヒラで叩きながらお母さんのほうを見ると目を泳がせながら生唾を飲み込むように喉元を鳴らした音が俺まで聞こえた。 


 「どうかした?」

 「いや・・・なんでもないわ。冷蔵庫に入れましょう。それよりお父さんは?」

 「・・・あぁ、さっきまた出ていったよ。おっちゃんと話ししてくるって。夜ご飯は3人で食べようって言ってたから遅くはならないと思うよ・・・っていうか夜ご飯食べるには今だと早すぎるよな」


 言われたとおり冷蔵庫にスイカを1つずつ入れていこうとして一番下の扉を開いた。

 色々詰まってたから空きスペースを作ろうと中のものを上のほうに移しかえてから、空いた所にスイカを入れた。


 (どうやって切り出すか・・・)


「・・・・こうすけ」

「ん?」

「・・・けいすけ・・・のことなんだけど」

「・・・・」

「・・・あのね」


 最後のスイカを入れた瞬間、母親の口から突然出てきた弟の名前。


 お父さんには聞くなと言われていた名前を彼女自身が先に出してきた。


 「・・・・」

 

 一瞬頭が白くなって視線を彼女に向けたままその扉を開けっ放しで固まってしまった。


 「・・・・あの、」


 ピピピッ ピピピッ ピピピッ


「・・・えっと・・・その」


 ピピピッ ピピピッ ピピピッ

 


「なに?」


 ピピピッ ピピ


 何回目かの警告音がずっと開けっ放しの冷蔵庫から流れて、それにやっと反応できた俺はガタッと引き出しを押して戸を閉めた。


 閉まったドアの音でお母さんが少しビクついたけど気にせず立ち上がり彼女に向けたのは自分でも分かるほどの冷たい視線。


「・・・・お、お父さんを疑ってるの?」

「・・・え?」

「だ、だってそうじゃなきゃ、お父さんの部屋に入ろうとしないでしょ、無断で・・・・どうやって開けたのか知らないけど」

「・・・・・」

「それに、あの引き出しも」

「・・・・」


 (何が言いたいんだ?)

 

「悪い?」

「え?」

「疑うのが悪い?」

「・・・・・」

「聞いたって教えてくれないじゃん。けいすけが居なくなったあの日、俺聞いたよね?でも母さんなんにも答えてくれなかったじゃん」

「・・・あの」

「父さんだって家に居ろって」

「・・・・・」


 言葉にするとせっかく抑えた感情も全部吐き出してしまうから、相変わらず歯切れの悪いお母さんにイライラしないように冷静さを保とうとしていた。

 

「俺が子どもだから?信用できない?」

「・・・・」

「なんで俺に話してくれないの?話してくれてたらそもそもこんな事しないよ。何か言えないことでもあるの?隠し事とか」

「・・・いや・・・そういうことじゃなくて」

「じゃあなに?」

「・・・・えっと、だか」


  短期間にお母さんもおかしくなって、お父さんもおかしくなりそうだと思ってたけど、一番限界値に近かったのは俺だったのかもしれない。


 せっかく上手く我慢してたと思ったのに、今更思い出したように弟の名前を呼んだ母さんに、さっき助けてくれた事も忘れて今までの積み重なった怒りがここで一気に爆発してしまった。

 


「いったい何が起こってんだよ!!!」

「っ・・・・こ、こうすけ」

「はぁ?卵がなんだよ?何がもう耐えられないだよ!!」

「・・・・・あっ」

「母さんがあの時話してくれればけいすけだってすぐに見つかってたかもしれないだろ!!こんなに時間経ってるのに、見つかる確率なんてもうないよ!!!」


 血が頭に上ると、我を忘れるのと同時に周りのこともどうでも良くなってしまう。

 そしてこんなに怒鳴ったのは人生で多分初めてだった。


「こうす・・・・」


 だから父親が戻ってきてリビングに入ったのも視界に入ってなかった。


「だいたい父さんも父さんだよ!警察が嫌いとか、意味わかんねえ。どうでもいいんだよそんなこと!!すぐに通報すれば見つかったかもしれないのに、そんな私情挟んで無駄に時間だけ経たせて」

 

 もちろん母親も気が付いていない。


「一人で調べるとか良いながら、手掛かりなんてなんにも教えてくれないし、やってる事が全然意味分かんねえんだよ・・・」

「・・・・」


 焦りと苛立ちと、自分だけ蚊帳の外だという事実にまるで反抗心を両親に突きつけるかの如く、絶対に口にしてはいけなかった言葉が頭に流れてくる。

  


「・・・けいすけが生きてる確率とか・・・」

「こ、こうすけ・・ごめんなさ」


 そして、怒りで膨れた感情が睨んだ先は自分自身の拳だった。



「・・・・もう死んでるかもしれねえじゃん」 




 


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