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消えた弟  作者: しおやき
第三章 転

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44/73

8月7日 朝 外側※




「遺体の身元は?」

「はっきりとは分かりません・・・が、恐らく間違いないかと」



 酷く雨が降ったこの2日間。


 足下が悪い中、一本の電話を受けて現場に急行した。もちろん『恐らく』間違いないだろうという上司からの連絡が入らなければ身分を隠している自分達がこんなとこには来ない。


「・・・分からない?なんで分からないんだ?」


 念のため聞いたが、返ってきた答えは予想とは違っていた。



「・・・・いや」

「なんだ?」

「今捜索してます」


(・・・捜索?)


「久下さん、お疲れ様です」

「まだ疲れてねえよ。遺体と現場の状況は?」

「はい。身元特定のため今DNA鑑定に回しています。現場ですが、判断が難しいです」

「・・・雨のせいか」

「はい」


崖を登るような坂道を上がりたどり着いたのは、少し傾斜がまだある木や雑草の生い茂った林の中だった。


(・・・DNA鑑定に回してる時間なんかないんだがな)


規制がしかれてはいるが、この2日間の豪雨で色々と流されてしまっているだろう。どこからどこまでが犯行現場なのか、争った形跡はあるのか、犯人に繋がる証拠が残されているのか、ほぼ全て水の泡と化している。



(・・・これは・・・臭いが酷いな)


「あと、死亡推定時刻についてですが、8月5日・・・・の昼以降かと」

「そうか」

「はい。彼が生きている時に最後に目撃された時間帯がお昼過ぎなので・・・そこから遺体が発見された時間帯を考えると5日の午後以降から6日の間になります」


まあそうなるだろうなと、唸りながらため息をつく。


「遺体はどこにある?」

「あそこです・・・けど、大丈夫ですか?」

「何がだ」

「2人ほどやられてますけど」

「・・・?」


 やられている?

『何を言ってんだこいつは』という顔をしたからなのか、捜査員が立て続けに声を発した。


「気分悪くしてそこら辺でゲロってます」

「・・・・はぁ」


その言葉でなんとなくそいつらが誰なのか理解した。そしてため息をついた俺を見て残念な目をよこしたその捜査員は肩をすくめる。


「新人か」

「ですね。まぁ、でも今回のはちょっと酷いです。遺体の損傷具合から見ても怨恨・・・が強いとは思いますけど」


新人を連れてくる意味が理解できないが、それよりも身元が判別できないほど顔面が痛めつけられているのかと、そっちのほうが気になった。


 ここまで来て悠長に捜査を進める時間はない。もうあれから随分時間が経っている。


 (穏便に終わらせたかったが・・・やはり無理だったか)


 「で、さっき言ってた身元が分からないってのは?顔が判別できないのか?」

「いや、そういうわけではないですが・・・被害者はもちろん男性・・・発見当時衣服は着ていましたが、血とこの雨でボロボロです。目視だと深い刺し傷が1つに、他に数十ヵ所の刺し傷があるようです」

「致命傷は?」


 普通に考えれば、深い傷のほうだ。恐らく肺にまで達していたか、あるいはそうでなければ複数回刺されたことによる出血性ショック死か。


 対応してくれている捜査員と一緒にシートで覆われた遺体が横たわっているとこまで歩きながら考えていると、遺体のとこまで来てから振り返り俺に向けて首を横に振った。


「分かりません」

「・・・・分からない?」

「ないんですよ」

「何がだ?」

「首から上が」

「・・・・・」

「それで身元の確認に時間がかかってます。この豪雨も影響していて、流れていってしまったものもあるでしょうから。まぁ、最初にも言ったとおり被害者は本人で間違いないと思いますけど、念のためですね」

「頭部を切断ってことか?」

「そのようです。死んだあとに切断されたのか、生きたまま切断されたのかはここじゃあ分かりません」

「・・・それで、首から上を捜索中と?」


 いくら身元が分からないとはいえ、この場にいる全員が同じ人物を頭に浮かべながら話しているのは、新人を除いてここにいる捜査員達がこの一連の事件の捜査関係者だから。


「そういうことです」

「佐藤は?」

「・・・いや、見てないです。まだ・・・ですかね。一応連絡はしてみたんですが。柴田さんが言ってましたけど昨日の夜から誰とも連絡ついてないらしいですよ」


(昨日の夜?)


 「佐藤さんですよね?最後に被害者を見た人って。5日の月曜日、お昼あたりに確か喋ったって」

「あぁ、そうだ」

「その後は、もしかしたら誰か他の人が目撃してるかもしれませんが、・・・まぁ大雑把に言っても死亡推定時刻はその後・・・」


この場で全て確定的な答えを出すことはできない。が、この地域で行方不明者が出れば警察に届け出てすぐに噂になるだろう。全員総出で探しに出るはずだ。


(・・・・橘を除けば)


林は本来この地域の住民からすれば不審者だ。

捜索願いなんて出るはずもない。


「で、どうします?遺体、見ます?」

「ん?あぁ、見るよ」

「臭いが酷いんで、気を付けてください」

「わかってるよ」


すでにここに来たときから臭っている。今更だろと思いながら覆われたシートを軽くあげてくれた手袋をつけている彼の横から覗き込むように遺体を見た。


「・・・・」

「ここです。刺し傷と思われる場所は」

「・・・どうなってんだ、これは」

「腹部に刺してから、刃の根元まで再度押し込んで、それから力ずくで心臓の下辺りまで移動させてるって感じですかね。繰り返しになりますけど、頭が先なのか、こっちが先なのかは司法解剖しないとはっきりしません」



体の中のものが外に飛び出している。皮膚の色ももちろん変色。もはや人間らしい状態を保っているのが不思議なくらいだ。


「致命傷がはっきりしないか・・・・いずれにせよ、頭部がどこにあるかだな。持ち帰ってないといいんだが」



濡れた落ち葉がへばりついて、踏み込んだ靴の裏から中々取れてくれないのに苛ついていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて、二人して振り返った。



「殺されたのは多分5日の夜ですよ」

「ん?・・・・あ、佐藤さん!」


涼しい顔をして遅れてやって来た佐藤は手袋をつけた右手をあげた。


「佐藤、お前どこにいたんだ?」

「久下さん、お疲れ様です。松木さんも。すいません、電話出れなくて」

「まぁ、それはいいが。多分ってのは?」

「昨日、橘が俺の家に来たんです。夕方の6時過ぎ辺りです」

「・・・・出たのか?」

「まさか。応答なんてしませんよ。でも、案の定でした。鍵穴、特殊なのに交換しといて良かったです。田中から情報受け取ってたんで、間一髪です」

「・・・・」

「あのまま開けられてたら間違いなく、ドンパチですよ」


田中は、橘の仕事場に配置している捜査員だ。

潜入捜査は慣れたもの。危ない橋を何度も渡ってきた頭の切れる賢いやつだ。


「昨日の夜、俺のとこに来てしばらく家の周りをうろうろしてましたから、ここに来て林隼人を呼び出して殺すなんて、そんな時間はなかったはずです」

「・・・・そうか」

「脚に傷は?」

「傷・・・はありますけど、あり過ぎて我々が把握していた傷がどれか分からないです。というかもう正直目視で判別つきません。あ、でも凶器は見当たらないので、犯人が持ち帰ってるかと思われます」

「令状は・・・この状態だと恐らく時間がかかりそうだな」

「任意で同行してもらいますか」

「・・・・無理だろ」

「でしょうね」



 すでに殺人をおかしている橘。

この犯行も十中八九彼の仕業だろう。ただ、人質として家族をそばに置いてる可能性があるため、いきなり家に乗り込むことができない。仕事場に行っても肩透かしを食らうだけだろう。


「・・・久下さん、橘がここまで林をやるってなんででしょうか」

「・・こうすけくんのことかもしれんな」

「こうすけくん?」

「あぁ。恐らく息子達には近付くなと、橘の許可なしに勝手に近付くなと言っていたのかもしれん。それを破って好き勝手行動した」

「・・・でも、そんな簡単にあの冷静な橘が怨恨みたいな殺し方します?」


 確かにそうだ。松木の疑問は当然のこと。今までのことを考えるとここまで冷静さを欠いた行動は不可思議だ。


「ただトリガーは別に・・・やっぱり奥さんとの関係知らなかったかもしれないですね」

「そうだな・・・・恐らく橘がこうすけくんのことについてやんわりと問い詰めた時に、林が苛ついて奥さんのことを話したんだろう。自分が彼女とどういう関係があったのか。まぁあくまで推測だが」


(・・・本当のことを話したのか)


「久下さん!松木さん!・・・あ、佐藤さんも、お疲れ様です!」

「どうした?」

「頭部発見しました!」

「「・・・・・」」

「場所は?」

「こっちです」


 突然呼ばれた名前と報告に、瞬間的に緊張感が3人の間で走る。


そして興奮気味に声を上げて案内してくれた捜査員のあとをついて行った先で目に入ったそれは紛れもないヤツの顔だった。


 電話を手にして、朝にかかってきた電話の相手に折り返しかける。無機質な音が流れて少ししたら相手が応答した。


「・・・もしもし。久下です」

『どうだった?』

「林隼人が遺体で見つかりました」

『・・・分かった。応援をそっちに行かせる』

「応援ですか?」

『あぁ。そっちの県警には事前に話をつけてある』

「分かりました」

『この件はもうここで片付けるぞ』


ー不甲斐ない。


『橘を引きずり出せ』


そんな思いが、頭を埋め尽くす。


軽く話して電話を切ったが、現場で指揮監督を任されている以上、こっちにもタイミングってものがある。でもそれはあくまで任務がうまく遂行していればの話だ。


 事件の関係者が殺害された。それも犯人に一番近い仲間だ。こうなった以上そのうち捜査員の存在も気付かれて恐らく殺されるだろう。

 


「・・・・山下警部ですか?」

「あぁ、」

「なんて言ってました?」


 見つかった頭部は何を思ったか釘刺しにされていた。


「応援の捜査員をよこしてくれるそうだ」

「そうですか。他には?」


そして保存状態はさほど変わらなかったが、その釘刺しの頭部は律儀にも雨で濡れて腐りかけたダンボールに入って、土の下に埋もれていた。



「・・・・ここで終わらせろ・・・だそうだ」





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