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消えた弟  作者: しおやき
第三章 転

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8月6日 午後



「な、なんで」

「危ないからだよ。けいすけのことがあった。こうすけは僕が言いたいこと分かるよね?」

「でも・・・じゃあ、連絡はどうやって取ればいいの。スマホ預かるって今日だけだよね?」

「母さんが持ってるから大丈夫だよ。何かあれば母さんのを借りなさい」

「・・・・・」

「僕はもう行くから」


流れ作業のように当たり前のように言い放ったお父さんは俺に背を向けてドアを開けた。



「あっ・・・・父さ」


内と外を阻害する仕切りがなくなった瞬間に、怒号のような雨の音が空間を埋め尽くす。そのせいで、同じ声量で呼びかけようとしたけど全て掻き消されて今度こそ父親はそのまま背を向けて外に出ていってしまった。



「・・・・」


両手がカラになった俺に残されたのは重たくて冷たい空気と、何もできない罪悪感に、ぼんやりと頭に残る記憶。


(・・・けいすけ)


 ー最後に見たソファで寝そべる弟の姿だった。





「ダメだ・・・」


こんなんじゃあダメだ。

きっと弟が何処かで助けを求めてる。兄貴なのに、もう高校生なのに・・・。



「こうすけ、お父さんもう出た?」

「・・・母さん・・出たけど」


(なんだ?)


こっそりとまた覗き込むように俺の名前を呼びながら玄関まで来たお母さんは俺に手招きをした。


「・・・・なに」

「朝ごはん、冷めるわよ」

「・・・は?」

「せっかく作ったのよ。早く食べてちょうだい」


そう言って鼻歌まじりにリビングへと戻って行った母親は何かいいことでもあったのだろうか。


もしや昨日のお父さんが帰ってくるまでの彼女の様子は演技だったのかもしれないと疑わざるをえない。



そんな母親に妙にイライラして拳を強く握った俺は壁でもなんでもいい、どこかを殴りたい衝動に駆られてしまった。







=======



「お味噌汁温め直してるから」

「・・・ありがと」


リビングに戻って席についてから、箸を手に取って茶碗を持ち上げた。


「今日の夜ご飯何にしようかしら。あ、お昼ごはんはそうめんね」

「・・・・・」


いっときの不安定さが影響して、ただ気丈に振る舞ってるだけなのかとそう思うようにすることもできるけど、なんだか母親とこの家の温度差がうまるどころかこの先一向に開いていく気しかしない。



「美味しい?」

「・・・うん」


そんな状況下では味なんてしなくて、雨水が混ざったドロを食べているような感覚に陥る。


「あのさ、」

「なに?もしかして少なかった?」

「・・・・」

「あ、ごめんなさいね。お味噌汁今持っていくから」

「・・・なんかいいことでもあったの?」


お父さんが食べていたのと同じように焼かれた玉子焼きをつまんで視線を下に向けたまま素っ気なく声に出した。


「・・・え?」

「だから、いいこととかあった?って聞いてんだよ」

「・・ど、どうして」

「けいすけがいなくなったのに随分と楽しそうだよね」

「・・・・」

「昨日のって演技?何あれ?」

「な、なにを言ってるの」


分かってるくせに。

自分が一番分かってるくせに。



「ごめん、なんでもない。味噌汁いらんわ。ごちそうさま」

「え、あっ・・・こうすけ」

「勉強するから部屋に入ってこないで」


けいすけと最後に居たのはお母さんだ。

弟がどういう行動を取ってこの家から居なくなったのかぐらい把握しているはずで、何かを隠していることだけは確かだ。





「何隠してんだ・・・」


彼女の顔を見ずに部屋に上がる階段を駆け上がり、部屋のドアを思いっきり音を立てて強く閉めた。



(・・・くそ)


頭に血が上りそうになると考えられなくなる。ただでさえもう混乱してるのに、あの態度で接せられるとこっちの気もおかしくなりそうだ。



「何か、考えなきゃ・・・」


スマホは没収されてしまったから手持ち無沙汰になった。

でもどのみち調べることができなかったから取られてもあんまり変わらないかもしれない。唯一不便といえば外に出た時に連絡が取れないぐらいだけど、家から出られないからそういうことも考えなくていい。


「・・・・」



落ち着いていられなくて部屋の中をうろうろ動き回った俺は、絶対に何か出来ることがあるはずだと焦る頭を逆にもっと動かしていたけど、すぐにドアを背もたれに座り込んでしまった。



 「・・・けいすけ・・・けいすけ・・」


 お前はどこに行ったんだ。

顔を覆った指の隙間から自分の伸ばした足首にふと目が行って、一瞬感情が溢れそうになる。


 最後に合わせた目は確か嬉しそうに笑っていた。


「ちゃんと・・・」


ちゃんと最初から、イチから順を追って思い出そう。泣きたくなる気持ちをぐっとこらえて部屋の机の引き出しにしまっておいたノートを取り出した。


「鉛筆・・・あった」



 そもそもなんでこんなことになったんだ。

普通に夏休みに入って、いつもどおりの暑くて焼けるような日々を家族で楽しく過ごす予定だった。


 「・・・時系列で、おかしな出来事・・・」


 覚えてる範囲で、最初に気になったのはあのニュース。


 幼子が誘拐されて6年が経つという事件。

確か、誰か殺されたって、殺人も同時に行われた事件だった。


「父さんに途中で切られたっけ・・・次はなんだ・・・?」


(知らないおじさん・・・か)


「こいつはあのおっさんだ。間違いない。けいすけがスーパーで会った人と同一人物・・」


足に傷があったからほぼそうだ。黒木さんが言う不審者もこの人と同じ人。そう仮定して考えたほうがすんなり行く。


「・・・最近って言ってたっけ・・・黒木さんなんて言ってたっけ」


お父さんが怪しいと言っているおっちゃんはここに来て2年経ってない。前に住んでたとこで何か事件があったりしたら、結び付けられるかもしれないけど調べる土台の情報網がない。


「・・・・新聞とか・・・あるわけないよなそんな古いの」


父親が新聞を読んでいるのは知っているけど、だいたいすぐに捨ててしまうだろう。ネットだと記事の検索ができるけど、流石に紙媒体だと手元にないなら探すのは不可能だ。


(・・・・ん?)


 「新聞?」


(待てよ、確かけいすけ・・・・父さんの部屋で新聞の束を見たとか言ってたな)


「・・・・・」


 あれはいつだって言ってたっけ。お母さんと2人の時に父さんの部屋に入ったとかなんとか。



 ひととおり書き留めて、ページをめくった。



  『兄ちゃん』


 パラパラと動かしていた手が止まって開いたページは、ついこの間ケラケラ笑いながらけいすけが書いた絵と、俺が書き写した弟の手のひらの傷の絵だった。


 「・・・・」


 描かれた傷のアトを人差し指で触っても、けいすけの笑い声は聞こえない。


少しして、ずっと眺めていても痛ましいだけのその絵から、視線を外して俺はノートを閉じた。



 「・・・・はっ」


お父さんの書斎はこの前行った時、鍵がかかっていた。


 「っ・・・・・」


だから、多分普通に今行っても開かないことは分かっている。勝手に流れ出てくる止まらない涙を手で拭ったけど、それでも受け止めきれなくて服の首元を引っ張って頬に擦り付けた。



小さなことでもいい、何かけいすけに結びつくものがあればと、お父さんがいない間に彼の部屋に入る方法をずっと考えていた日中。


その日は結局お昼ごはんは食べなかった。

母親に呼ばれたけど当然に無視。



「なんでけいすけ簡単に入れたんだろう・・・」


部屋から抜け出して、母親に気が付かれないように書斎のドアをガチャガチャしてみたけど、びくともしない。鍵穴を覗き込んで、ピンか何かでこじ開けることも可能か?と泥棒みたいなことも考えた。



(鍵って・・・父さんしか持ってないのか?)




 結局その晩、父親が帰ってきた時刻は20時を過ぎていた。流石に俺も一緒に夜ご飯は食べたけどやっぱり味気ない。



 疲れた様子のお父さんは、宣言どおり佐藤のおっちゃんの家に行ったらしい。少し話してきたけど、門前払いでうまくかわされたと嘆いていた。

 

 家の中には入れてもらえなかったから玄関で話をして、そのまま雨の中を帰宅。


「・・・・そっか」

「ん〜・・・ちょっと厄介だね。家に上げてくれるとありがたいんだけど」

「・・・・ねぇ」


お母さんがお風呂の支度をする間リビングから遠ざかってくれたから、気になっていたことを聞いてみた。


「なんだい?」

「なんでお父さんはお母さんにけいすけのことを聞かないの?お母さんだよね、最後にけいすけと一緒に居たのって」

「・・・あぁ、なんだ、そんなことか」


(そんなこと?)


「あぁ見えて、母さんけっこうパニックになってるんだ。問い詰めても多分話せないと思うよ」

「・・・・」

「あんまり母さんにあたるなよ。こうすけは何も聞かなくていいから・・・僕がタイミングを見計らって聞こうと思ってるしね」

「・・・そっか」



 熱かったのかお味噌汁を冷ましてから食べようとしているお父さん。彼もまた、何かを隠しているようでそれが何なのか気になった。



多分、あの書斎の中に何か隠されている。




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