弟の行方4
ガタっ
(えっ)
周りに気を取られる暇がなかった俺の頭。
後ろの方でわざとらしい物音がして、同じタイミングで父親と目があい二人して振り返ると少し青ざめた表情の母親がそこに居た。
「・・・・ご、ごめんなさい。帰ってきたと思ったらずっとリビングに来ないから・・・何かあったのかと思って・・・」
「あぁ、ごめんね。ちょっとこうすけと話してたんだよ。すぐに行く。先にお風呂に入りたいんだけどいいかな?ご飯はその後にするよ」
「分かりました」
(・・・いつから居たんだ?)
まさか俺達の会話を聞き耳を立てて聞いていたりしたのだろうか。
「こうすけ、話はまたあとだ。ご飯を食べたら部屋に行くからちょっと起きていられるか?」
「うん・・・・待っとくよ」
リビングに向かい風呂に行くお父さんの背中を見送ってから、自分の部屋へと戻った俺はドアを閉めて座り込んだ。
「・・・・嘘だろ」
今度は俺が顔を両手で覆った。
まさか、そんなこと考えたくもなかった。確かにけいすけが歩ける範囲で行きそうな場所を探しても見当たらないのは不自然だけど、それが連れ去り?
「・・・っていうか、警察に通報したほうが」
もし本当に誘拐なら、命が危ない。
でも、なんのために?
まさか身代金?
うちにそんな大金あるとは到底思えない。
「嘘だって・・・・絶対あり得ないって」
顔を覆うと視界が塞がって一瞬落ち着くけど、そのかわりにさっき玄関で聞いたお父さんの声が頭の中で反芻した。
『動機は分からない・・・もしかしたらずっとけいすけのことを見ていたのかもしれない』
『・・・誰が』
スローモーションのように見えたその口の動きは実際いつもどおりの速さだったのだろう。それでもやっぱりエフェクトがかかったみたいにゆっくりと言い放った父親の声しか思い出せない。
『佐藤さんだよ』
どんな確信があってその名前を口にしたのか。2人で話した内容にそう思わせる何かがあったのだろうとは思うけど、結局お父さんは何を話したか俺に教えてくれなかった。
「・・・・こんな悠長に風呂とか入ってる場合じゃないだろ・・・なんでそんなに・・・けいすけ・・・」
何か恨みでもあるのか。もしかしておっちゃんがこっちに帰ってきた理由って、本当はこの町に住んでる子どもを物色するため?仕事で体を壊したっていうのは嘘?
「・・・・今からでも警察に」
スマホ片手にキーパッドを開いたけど呼吸が震え出した。犯人が誰であれけいすけがこんな夜遅くまで家に帰ってこない時点で、遊びに行ってるだけだよなんて口が裂けても言えない。
(・・・でも)
連絡したら履歴が残る。
削除してもいいのかもしれないけど、折り返しかかってきたら間違いなくかけたのがお父さんにバレてしまう。
「・・・・っ」
ずっと前から気になってた。
スマホをプレゼントされてから少し経った時、お父さんに見せてもないし言った記憶もないのに、なんでか夜ご飯のとき俺がスマホで検索していた内容の話題を振ってくるようになった。
アプリなんてインストールされた記憶がない。スマホの中を探しても当然にそんなもの見つからなくて、渡された当時はスマホに対する知識は何もなかったから普通に好き勝手使っていた。
「・・・絶対スマホ監視されてる」
しょせんは子どもだ。
自分じゃあ結局何もできない。非力な上に助けを求めようとした相手すら父親の一言でどんな人なのか見失ってしまった。
(・・・・どうすれば)
キーパッドをそのままにしてうずくまった俺はしばらく放心状態で、背もたれにしていたドアのノック音が聞こえるまでずっと同じ体勢でいた。
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(・・・・あ)
「こうすけ、父さんだけど、もう寝たか?」
コンコンッと少し高めの音のあと、聞こえてきたのは父親の声。俺はその声に反応してゆっくり立ち上がってドアを開けた。
「・・・・・」
「ごめんね、眠たかった?あんまり長話はしないから」
「・・・うん」
「ここで話そう」
「ここ?」
「うん。立ち話でいいよ。聞きたいこともあるけどすぐに終わらせるから」
そう言ったお父さんは何故か後ろに目をやり何かを気にしている様子だ。
(お母さん・・・・か?)
「さっきの続きだけど、多分今はまだ連れ去っただけだと思う。何か危害を加えたりはしてないと思いたいけど・・・こうすけの話と、僕が佐藤さんとした話の内容から察するに・・・」
(連れ去っただけ・・・?)
「そ、そうなの?・・・でも・・・っていうか、お父さんと佐藤さんの話って、どんな」
「・・・あれ、さっき言わなかったっけ?」
「え、聞・・・いてないよ」
「あ〜、そうか。ごめんね。言ったかと思ってた。あのね、佐藤さん、僕と母さんしか知らないけいすけのことについて聞いてきたんだよね。だから、」
(・・・・二人しか知らないこと?)
「・・・それって俺も知らないこと?」
「・・う―ん・・・・まぁ、そうだね。こうすけには心配かけたくないから言わないでおこうってなって」
「・・・え」
まさか何かの病気とか。
「たいしたことじゃないけど、全然僕たちと関係ない佐藤さんが知ってるのも変な話だから。明日以降それとなく彼の家に行って様子を見てくるよ。けいすけがどこにいるのかちょっと調べるのに時間がかかるかもしれないけど・・・・」
「・・・・・」
「まぁ佐藤さんじゃなかったらそもそも『知らない』としか言われないだろうけど・・・あぁ、そうだ、さっき話してくれたこと以外に何か佐藤さんのことについて知ってる?」
「・・・他に?」
「うん。家に行ったことがあるよね?」
「・・・ある・・・けど」
言われて頷いた。
でも家の中までお邪魔したことがあるわけではない。
せいぜい庭かリビングの手前くらいだ。
「でも・・・や、やっぱり警察に言ったほうが」
「・・・いや、ダメだ。それは」
「な、なんで」
「さっきも言ったとおり、これはあくまで僕の推測だから。佐藤さんを勝手に犯人扱いにしてるのは僕だし、ちゃんとした証拠があるわけじゃない。だから警察に言うのはもう少しあとだ」
「・・・・」
「大丈夫だよ。だから佐藤さんの家のことについて知ってたら教えてほしい」
そう言われておっちゃんの家について思い出せることを話した。じっと見て観察していたわけじゃないから何がどこに置いてあるなんてことは記憶から消え去ってるけど、大まかなことについては全部。
(・・・・勝手に話しても大丈夫だったのかな。っていうか直接お邪魔すればいいじゃん・・・)
中途半端な思いに、躊躇いがちに口にした言葉達を聞いてお父さんはおっちゃんの何を調べるのだろう。
「分かった。ありがとうね、助かるよ」
「・・・・父さん」
頭を撫でる父親の手は少し重たくて、合わせた目は疲れた様子だった。




