弟の行方
「こうすけ、体調はどうだ」
「・・・・えっ・・・と、ちょっと・・・大丈夫になってきたかな」
家に着いてエンジンを止めたお父さん。
声色は少し優しく聞こえるけど雰囲気は車を走らせていた時とさほど変わらない。
「そうか」
「・・・・うん」
「家の中まで歩けるか?」
(けいすけはどうしよう・・・)
佐藤のおっちゃんと話していたことはいまいち分からないけど、お父さんがけいすけのことを把握しているとは思えない。
「大丈夫・・・だけど」
「なんだ?」
「・・・・・」
言葉に詰まるのはそれを言ってはいけないと本能的に理解しているからだろう。でもそんなこと言ってられない。タイムリミットなんてけいすけがいなくなったことに気が付いた時点でとっくのとうに過ぎている。
生唾を飲み込んで少し震える口元を悟られないように手の甲で押さえつけた。
「大丈夫か?吐きそうか?」
「・・・・がう・・・っ・・違う・・ごめん・・・仕事なのに」
「いいよ。気にしなくて。とりあえず家の中に先に入ろう。ここだと暑くなる。エンジンも切ったから」
「・・・うん」
(無理だ・・・・言えないよ)
家の中に入ったらお母さんが居るはずだ。でも彼女から俺に連絡は一切来てないから今何をしているのか定かでない。お父さんに電話をしたのは分かったけど、折り返しても繋がらないのは理由があるのだろうか。
もしかして俺と同じようにけいすけを外に探しに行ってるとか?
「行こう」
「・・・・」
そう言われて、なんとなく少し間をおいてからドアに手をかけた。開ける前に車の足元のポケットに入れていたおっちゃんから貰ったペットボトルをついでに取ってから腕だけの力で押して外に。
「忘れ物ないか?」
「うん。大丈夫」
地面に立って玄関に目をやると、嫌でも唇を噛んでしまいそうになる。ドアの向こう側で何が起こってるのか、それとも何も起こらず家を出た時のままか、玄関までの足取りが鉛のように重かった。
(・・・不安しかない)
お父さんの後について開いた玄関のドアをくぐれば、最初に目がついたのは靴置き場。塞ぎ気味に歩いてるから必然的にそうなる。
そして見えたそこにけいすけの靴はなかった。
(・・・・ない・・・母さんの靴は・・・そのままだ)
「ただいま」
お父さんの声が響き渡ったリビングの手前ではお母さんが出てくる様子もなく妙な静けさだけが漂っている。
「・・・・」
「・・・父さん」
「・・・・こうすけが家に帰った時お母さんは居たんだよね?」
「うん」
靴を脱いで二人してリビングに入ったけどお父さんの背中で前が見えない。何かを感じ取っているのかもしれないと、これ以上黙っていれば怒られると無理やり手を突っ込んで喉の奥に引っかかっていた骨を引きずり出すような感覚で父親に告げた。
「・・・・でも、・・・けいすけが・・・」
「けいすけ?」
「・・うん」
というか胃からせり上がってくるような気持ち悪さは、多分骨を取り出す時じゃなくて、手を喉の奥に突っ込んだ時のほうがひとしきり大きいのかもしれない。
「・・・・いないのか?」
「・・・・・」
「はぁ・・・・そうか・・・」
「父さ」
「だからあの女電話に出なかったのか」
(・・・・え?)
「こうすけ、母さんも居なくなってるみたいだけど、ちょっと奥の部屋見てきてくれるか?」
「・・・え、母さんも?・・・わ、分かった」
ボソッと言ったつもりだったんだろうか。俺の耳にははっきりと聞こえていたけど、問いただすことなんてできるわけもなく父親の指示に素直に従った。
「僕はけいすけを探してくるから」
「・・・・」
「大丈夫だ。父さんがちゃんと探してくるから。お前は何も心配しなくていい」
「・・・・ご、ごめん・・・なさい・・」
(やっぱり・・・・)
「それよりもそのペットボトルをくれないか」
「え、これ?」
「うん。父さんか捨てといてやるから」
「・・・・分かった・・・ありがと」
「あぁ。それと家の中をひととおり見たらお母さんが居てもいなくても連絡をくれ」
「・・・・」
頭を撫でられながら言われた言葉に苛立ちは感じられない。緩んだ自分の手のひらに少し痛みがはしって、そこで初めて無意識に手を握り締めていたことを自覚した。
「父さん仕事は?」
「ん〜・・・仕方ない。職場に電話して午後からは休むようにするよ」
「そっか・・・」
「こうすけ、お父さんに連絡くれたらあとはもう休んでていいから。外には絶対に出るな」
「・・・うん」
「じゃあちょっと行ってくる。鍵はかけなさい」
そう言い残して受け取ったペットボトルを片手に車の方へまた戻って行く父さん。
その背中を玄関で見送って、ため息をつきながらドアを閉めようとした時、何かを握りつぶすような甲高い乾いた音が聞こえた。
(・・・?)
気になってチラッと音のする方向をドアのわずかに開いた隙間から覗くと、捨ててくれると言っていたペットボトルをお父さんが片手で握り潰していた音だったらしい。
(・・・・父さん)
おっちゃんと話していたけいすけのことはやっぱり嘘だったのかと、『けいすけを探してくる』という発言ではっきり分かった俺は、唇を噛み少し痛みの残る手でドアに鍵をかけすぐにリビングへと戻った。




