逃れられない呪縛
「いや〜、彼の体調が悪そうだったので心配でね」
「それならどっかに座らせればいいだろ」
「どうしたのか聞いても答えてくれないもんで、ちょっと困ってたんですよ」
(・・・は?)
聞こえてきた足音の主は佐藤のおっちゃんだった。
まるで知り合いのような会話をしているけど、まさかおっちゃんもこの人を知っているのだろうか。
「だいたいこんな変な天気の時に外で立ち話なんてするもんじゃないぞ」
「いや、だから立ち話ではないですよ」
おっちゃんが俺の隣まで来たところで、男の人は少しイライラした様子で返した。さっきの朽木さんとまではいかないにしろ、否定したにも関わらず同じことを2度言われたから気に触ったのか。
「・・・おっちゃん」
「お前ここで何してんだ」
「・・・・・ちょっと・・・」
「あっちに行って休め」
(・・・・お前・・)
怒っているのか、いつもと様子が違う。
指されたほうを向くと涼し気な木陰が見える。でも、そこは入ってはいけない場所ではないのか。
「・・・え、でも、」
「いいよ。とりあえず座って休め。ほら」
「・・・うん」
(本当にいいのか?)
俺がとおりやすいように規制テープを上にあげて、背中を軽く押してくる。吉木さんの家の玄関の手前で休めと言われるも、普通に一般人でもやすやすと入っていいものなのか、甚だ疑問だ。適当過ぎるけど後でおっちゃんが警察署の人から怒られたりはしないのだろうか。
戸惑いながらゆっくりと足を進めようとした時、俺たちのやり取りを黙って見ていた男が、おっちゃんに質問した。
「あなたはこの子と知り合いなんですか」
(・・・あなた?・・・顔見知りじゃないのか?)
大人同士の会話の流れが全く分からない。朽木さんと会話の始まり方があからさまに違う。
「だとしたらなんだ?」
「・・・・なんでそんなに不審がるんですか?俺別に怪しいもんじゃないですよ」
バカにするように笑いながら吐き捨てた男は、おっちゃんと似たような年齢かもしれない。というか警戒しているから俺にもあんな口調で喋りかけたのだろうか。だとしたら彼はやっぱり黒木さんが言っていた不審者で間違いない。
「あんた・・・・見ない顔だけど、ここに住んでるってわけじゃねえだろ」
「・・・・・」
「何を嗅ぎ回ってるか知らんが、ここは人口密度の低いど田舎だ。皆顔見知りだよ。見たこともないヤツがうろちょろしてたら、誰もが不安がるだろ」
「・・・・あぁ」
俺が足を前に進めたから、気にはなったけど彼らがしていた会話をはっきりと聞き取れたのはここまでだった。
「そういうことですか」
小さくなっていく声にどんな感情が乗っていたのかは分からない。おっちゃんも少しピリピリしていた。
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(はぁ・・・・)
「きっつ」
さほど距離は離れていない。おっちゃんと男の人の目と鼻の先くらいの場所で俺は座って壁にもたれた。
尻の下が石で、この場所だけ日陰になってるから少しだけ冷たい。だけど喉がカラカラだから水分を取りたくて仕方がない。座れたことにホッとして、忘れていたスマホの存在を思い出し、2人の様子をチラチラと伺いながら俺はスマホ側面の電源ボタンを押して、画面を明るくした。
(・・・・・まじか)
新着はなし。
少しの絶望感に苛まれたのは、絶対にお母さんはお父さんに連絡をしてないと思ってしまったから。
多分連絡をしていればお父さんからも俺に何かしら連絡が来るはず。
「・・・終わった」
1人でこんな天気の中外に出て、1人で知らない所に歩いていくなんて考えられない。圧倒的に探し足りないのは分かってるけど、やっぱり誰かに言ったほうがいい。
「おっちゃん・・・・に言おうかな」
事の経緯を全て伝えたらなんて言われるだろう。多分最初にお父さんに言ったか聞かれる気がする。スマホから目を離し2人のほうを向くと、話が終わったのか別れを告げるように男の人は軽く手をあげておっちゃんの元を去っていく。
(・・・何話したんだろ)
ボーッとする頭を壁につけて、おっちゃんが規制テープをくぐってこちらにむかって歩いてくるのを眺めていると空から雷のような、雲が擦れ合って喧嘩しているような音が聞こえる。
雨が降るのだろうか。
(・・・・・)
「大丈夫か?」
「・・・・おっちゃん」
「ん?」
「・・・なんでここにいるの」
「ん?そりゃあこっちのセリフだぞ。こうすけくんがなんでここに居るんだ」
「・・・・ちょっと・・・散歩というか」
「なんだそれ」
「おっちゃんは?なんで?答えてよ」
普通ならお礼を言わなければいけない。最初に『ありがとう』と言うべきところ生憎今の俺にそんな余裕はない。
「朽木さんに呼ばれたんだよ」
「・・・朽木さんに?なんで?」
「そんなことより体大丈夫か?質問もいいけど少しは頭やすませろ」
「・・・・・」
「こうすけくん」
「・・・・ん」
「あの男とは知り合い?」
「・・・・違う」
「今までに会ったことは?」
「・・・ない」
首を振って質問に答えると、隣に腰を下ろしたおっちゃんは俺に冷たい水が入ったペットボトルを渡してくれた。
「いいの?」
「あぁ。顔色が悪い。一気に飲むな、ゆっくり飲め」
「・・・・ありがとう」
(今・・・言わないと)
蓋をあけ言われたとおりゆっくり飲んだ。冷たいから喉に響く。身体の中にひんやりした感覚が広がっていくようで、たった一口飲んだだけなのに一気に体が楽になった気がした。
「・・・・」
「で、なんでお前さんはここに来た?」
「・・・・・・えっと」
どうしよう。なんて言えば良いのだろうか。いざ言おうとすると父親の顔が浮かんでしまう。おっちゃんに言ったとして、このまま警察官の人達に話をされたらお父さんはきっと激怒する。
口を開いては歯止めがかかって、深呼吸をしてはスマホを握り直した手に力が入り、垂れてきた汗が握っているそのスマホの画面に雫となって落ちていった。
(・・・・言わないと・・・)
いつの間にか、当たり前のように言われ続けていた言葉は、いつしか俺の思考を無意識に縛り付けていたらしい。どうしても喉から先に言葉が進んでくれなかった。
「言えねえなら無理して言わなくてもいいけど」
「・・・・あのさ、」
「ん?」
視線を下に落として唇を噛みしめたちょうどその時、嫌なタイミングでスマホの画面が光った。
そしてそこに表示された名前に思わず体が固まる。
(・・・・・あ)
「どうかしたか?」
「・・・・・」
思わずおっちゃんを見た俺は、多分泣きそうな顔をしていたと思う。噛んだ唇からは少しだけ血の味がする。
彼に何も答えずに俺は震える手で通話ボタンを押して、反対の手はおっちゃんの服をギュッと握りしめていた。
『もしもし』
「・・・・もし・・・もし」
『こうすけ?』
「・・・うん」
電話の相手は父親だった。




