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消えた弟  作者: しおやき
第二章 承

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33/73

8月2日 東京 晴れ 夕刻




「じゃあな〜秋斗」

「おー、また来週〜」




夏休みなんてもの、あって無いに等しい。



コンクリートからの照り返しが強いのはどこも同じなのだろうか。夕方の今の時間帯は流石に昼過ぎよりも幾分落ち着いてはいるが、体内にこもった熱のせいで涼しさは感じられない。


まるで体が発熱しているみたいに瞬間的に熱くなるときもある。



「あっち」


友達からもらった小さなサイズのうちわを扇ぎながら、入口の近くにたくさん並んでいる自動販売機の前で立ち止まった。



(どれにしよ・・・・)




「炭酸・・・炭酸・・・・あ、あっ・・・た」



今日は、というよりかは今日も補講だった。制服で登校して補講を終えてから、自転車に乗った友達2人と手を振って別れ、俺は行くところがあるから家には真っ直ぐ帰らず。


まぁ、帰ったところで、どうせ誰もいない。



(・・・・今日の夜ご飯どうしようかな)



ボタンを押すと、ガタンと音を立てて選んだ飲み物が取り出し口に現れた。覗き込むようにしゃがんで中に手を突っ込むと、触れた手が冷たい。



「あー・・・これまずったなー」


そのまま引っこ抜いて思わず見つめた。すぐには開けられない。多分取り出し口に落ちた時、中でシェイクされた可能性がある。いつもペットボトルを買うのに今日に限っては何故か缶の方を選んでしまった。



「まぁいいっか」



缶を開けて爆発でもされたら困るから院内には入らず、木の下にある椅子に座ってタブに人差し指を引っ掛けておもいっきり開けた。


「・・・・あれ、大丈夫だ・・・うわっ」



開けると顔にかかるかと思ったけど何事もない。ただ泡が出てきて、それに焦って慌てて口を飲み口につけた。ペットボトルだと中が見えるからシェイクされても開ける瞬間に泡のせり上がり具合がわかるけど、缶だとそれがまるで見えない。



(・・・・今日の夜はカップメンでいいかな)


暑いのに熱いものを食べるのかとツッコミを入れたくなるけどめんどくさいから仕方ない。買った飲み物を全部飲み干して、ゴミ箱に捨てた。



「はぁ・・・・」



情けない声に蒸し暑くなる空模様。

月日が流れるたびに段々とどちらも酷さが増してくる。

顔を合わせる前に頬を叩いて気合を入れることも増えてきた。


学校では普通に振る舞ってはいるけど、1人になるとやっぱりきつい。心配してくれる友達にもあんまり気を使わせたくはないと思いながらも結局肩を借りることもあって、そんな自分を殴りたくなる時がある。



「おし・・・行くか」



教科書が詰まった重いリュックを背負い直して腰を上げた。








========






病院の入り口で受付を済ませて、手を消毒してから早速病室へ向かった。事情が事情なだけに一人部屋だから周りのことは考えなくてもいい。それはそれでありがたかったけど、いつも喋るのは俺だけだからたまに切なくもなる。




彼女がいる部屋の前まで来て、コンコンと念のためドアをノック。



(誰もいるわけないのにな)


返事も聞かず躊躇うことなくすぐにドアをスライドさせて中に入ると、視線の先には変わらない、いつもと同じ光景。



「よっ・・・・重いんだよ教科書・・・学校に置いときたいけど、ってか補講用のプリントのほうか、重いのは」



深く腰掛けることができる椅子に荷物を置いたあと、数歩歩いて病室の窓から外を覗く。さっきまで自分が座っていた椅子が見えて、他人事のようにその場所を眺めた。



部屋の中は無機質な機械音が一定のリズムで響いている。


「・・・・・」





何度目の夏をむかえたのだろう。



指を折って数えなくてもそんなことすぐに分かるのに、ここに来るとそんなことも分からなくなる。



「今日調子どう?」



窓の外から目を離して、ベッドのほうにむかって話しかけた。いつもと変わらない会話の始まり。


『おはよう』でも『こんにちは』でもない。


ベッドの近くにある丸椅子に腰掛けて、顔を見ながら言った言葉が彼女に届いてると思い込むようにしていたのはただきっと自分が虚しくならないようにするためだ。




「最近さ、圭吾に彼女できたんだって。どこで会ったのか知らねえけど、他校の生徒らしいよ。なんかすぐ別れそうな雰囲気だけど」




何度目の冬を越えたのだろう。



「今日も補講だった。皆ちゃんと休まずに来てるし、夏休みだけどなんか夏休みじゃない感じ・・・おかしくない?」

「・・・・・」

「昼飯は皆と食べてるから寂しくないよ」



いくら話しかけたって、返事は返ってこない。


どんな声で話して、どんな声で名前を呼んでくれて、どんな声で笑うのか、俺の耳に残っていたその記憶はほとんど薄れてきている。



無機質な機械音はチクタクチクタクと可愛らしい時計の音なんかじゃなく、ピッピッピッピッというむしろ聞いていてあまり気持ちの良いものではない音だ。





「・・・・母さん」



あの日から俺の中で時間は止まったまま。

動き出す気配すらなくて、ただ外の景色が勝手に変わっていっているような感覚に陥っていた。



「大丈夫だよ俺は」



あと何回季節を跨げばこの苦しみから解放されるのだろうか。


彼女の顔から目を離して少し違う方向に向け、ベッドの脇にあるテーブルの上に飾られた写真を眺めた。


強気な言葉を吐いて、その写真に写った幸せそうな笑顔に唇を噛みしめ泣きそうになるのを我慢することを何度も繰り返す。


「はぁ・・・・」



失った時間はもう戻らない。




行き場のない、ぶつけようのない感情が喉の奥まで出かかっては無理矢理押し込めて、病院から帰った夜は結局1人でご飯を食べながらいつも泣いていた。



あんなことがなければと。











コンコン


「・・・・・あ、はい」


(誰だ?)



眺めていた写真から目を離して立ち上がり、ノック音が聞こえたドアのほうに近付くと、開ける前に勝手にドアが開いた。


「・・・・え・・・・ど、どうしたの」

「あぁ、先に来てたか。よかった、すれ違いにならなくて」

「仕事は?」

「今日はもう休み」

「・・・嘘でしょ」



何をしに来たのだろうか。スーツ姿に、他の人いわく家族にしかみせないらしい笑った顔をして病室へと入ってきた。



「本当だよ」

「・・・・・」

「なんだその目は。疑うなよ」


休み?本当か?なんでまたこんな時に?なにか裏があるのかよ?と簡単に休みを取れる職業でもないだろうに何も問題がないかの如くベッドにいる母さんのとこまで来て、俺が座っていた丸椅子に腰を下ろした。


(・・・・・)



父さんは俺と違っていつも母さんに話しかけない。返事が返ってこないのを知っているから。


でもそのかわりにまるでちゃんと生きているのを確認するかの如く、体温がちゃんと暖かいことを確認するかのように、彼女の手を握っては少し安堵のようなため息をつく。



「・・・・秋斗」

「ん?」

「今日の夜ご飯何がいい?」

「・・・・・は?」

「夜ご飯だよ」


本当に有給を取ってきたのか。いつも夜ご飯は父さんが仕事でいないから1人で食べてたけど、2人で一緒に食べるのってどれくらいぶりだ?



「何か話したいことでもあるの」

「・・・・まぁ、ちょっとな・・・」

「なに」

「具体的な日取りは分かんないけど、出張に行くことになってな」

「・・・・出張?」

「うん」

「なんでまた急に」

「・・・仕事だから詳しくは言えないけど、突発的になると思う。連絡が来るから来たらすぐに行けって言われてる」

「なんだそれ・・・・・はぁ〜、流石警察官ですね。24時間体制だもんね」

「・・・多分」

「多分?・・・何?」



あの事があってから、俺の父さんは部署異動してしまった。それから日付をまたぐ前にはいつも帰って来てくれるし、母さんの件もあるから、転勤はなし。出張なんて全くの皆無だったけど流石に警察官という職業柄もうそろそろそんな都合のいい働き方も組織が許してくれないか。



「そういう出張じゃない気がする」

「・・・はぁ?どういう意味?出張は出張だろ?」

「・・・・うん、まぁそうなんだけどね・・・で、ここからが本題」

「なに?」

「出張になったら多分その日帰れないから」

「やだよ」

「・・・いや、まだ何も言ってないだろ」


言われなくたって、何が言いたいのかなんて分かる。

どうせ爺ちゃんの家に泊まれっていうことだろ。


「やだよ、俺1人で大丈夫だし」

「ダメだ。それは絶対にダメだ。事前に話はとおすから、その日が来たらおじいさんの家に泊まりに行け」

「・・・・・」

「秋斗」

「・・・カレーがいい」

「ん?」

「夜ご飯」


答えにならない回答をして、ムスッとした気持ちを表に出さないようにしたけど、父親だからそんなことは無意味に終わる。



握っていた母さんの手を離して、荷物を持って立ち上がった父さんは俺の頭に手を置いた。


「ちゃんと戻ってくるから」

「・・・うん」

「夜ご飯はカレーな」

「うん。父さん・・・・・」

「なんだ」

「絶対死なないで」



噛み合ってなさそうで、実は噛み合ってる会話。親子なんて所詮こんなものか。久しぶりに物理的に近付いた距離感に、こんな事したの最後はいつだったっけと思いながら、父さんに抱きついた。



「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくる」

「・・・・ん」



大丈夫だよ。

呪文の如く繰り返して言った言葉。

あと何回2人で使えば、止まったままの時間は動き出してくれるのか。






「母さん、また来るね」


重たいリュックを背負った俺と、表情を変えずに母さんの寝顔を見た父さん。


そろって2人で部屋を出た。


「このあとスーパー行く?」

「そうだね。お菓子とか食べたかったら買っていいよ」

「大量にストックあるから問題ないよ」






〘竹川由紀〙


病室のドアの横の壁にあるネームプレートはまだ彼女が生きている証。




あの事件の犯人はまだ見つかってない。

でも、そんなこともうどうでもいい。


犯人が捕まったって、母さんの意識が戻るわけじゃない。



(犯人が捕まったって・・・・)



「じゃあアイスでも買うか」

「あぁ、それ思った」




家族()()でまた一緒になんて、そんなこと。


「帰るまでに溶けなきゃいいな〜」

「大丈夫だよ」

「そうか?」

「うん。帰りながら食べるから」

「そうですか」




(・・・父さんだってまだ諦めたわけじゃないんだよな?)



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