忘れ物
「あら・・・こうすけくん」
俺の呼びかけを聞いて体をこちらに向けてくれていたヘルパーの朽木さん。何か荷物を持っているようだが重いのだろうか、遠くからでも表情が少し歪んでいる。
(・・・元気ない?・・・やっぱり)
「こんにちは、すいませんいきなり来てしまって」
「大丈夫よ。どうかした?」
「あ〜・・・ちょっと散歩してたらパトカーが走る音聞こえて。たまたま黒木さんに会って・・・午前中のこと聞いてしまったんで心配になって」
もちろんこんなのは嘘だ。
心配したから来たわけじゃない。けいすけに何か繋がる情報があればと思い来た。不純な理由だ。
「・・・そうだったの」
「はい。大丈夫ですか?」
「・・・・」
「朽木さ」
「はぁ〜」
(えっ)
「今そっち行くからちょっと待ってて」
「・・・あ、はい」
持っていた荷物を地面にドサッと起き、ツカツカと俺のほうに向かってくる。規制テープの中に俺は入れないから、外から彼女に声をかけていたけど、別に誰もいないからくぐって中に入っても問題ないんじゃないかなと薄々思った。
(・・・入っちゃだめかな)
「朽木さん・・・顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。顔色が悪いのは疲れたから。別に体調が悪いわけじゃないわ」
「・・・そうですか・・・吉木さんは?」
「あぁ彼なら大丈夫。ちょっとびっくりしてたけど」
あんまりがさつな性格だとは思わないけど、実際に話してみるとなんだか機嫌が悪く感じられる。色々な対応をさせられてストレスが溜まっているのだろうか。
「びっくり・・・ですか」
「えぇ。ここって普段こんな事起こらないでしょ。それに彼体が不自由で動かせないから」
「・・・・そうですね」
「でもまあそれが逆によかったみたいだけど」
「えっ・・・どういうことですか?」
「竹内さんが言うには・・・・あれ、竹内さんって知ってるわよね?」
「はい。由美子の」
「そうそう」
(由美子の父さんも・・・来てたのか)
「誰かが家に入って来た時、私まだ来てなかったのよ。だから事情を詳しく知らないんだけど」
「そうだったんですね」
「うん。私毎朝9時からここに来るから、それまでに玄関から入られたらしいわ」
「玄関?」
「うん」
(そんなに堂々と?)
「あからさまよね。鍵を使ったって。無理矢理こじ開けられたとかじゃないから、多分複製された鍵を使って正面から入った可能性が高いって言ってたけど」
「・・・・鍵」
「可能性が高いっていうか、普通にそれしかないでしょ。あの警察官いつもふにゃふにゃしてて頼りないのよ。言い切っちゃえばいいのに」
由美子はギャーギャーうるさい女の子だけど、そのお父さんの竹内巡査部長は確かに少しナヨナヨした印象を受ける。
「あんまり、仕事の都合上断定的に言えないんじゃないんですか?」
「それは分かってるけど、でもそのおかげで私散々な目にあったのよ」
(もしかして・・・・)
「犯人扱いされたんですか?」
「そうよ!!鍵を持ってる私が犯人にされそうになったのよ!!」
「・・・・」
だからこんなに不機嫌そうだったのか。あからさまにイライラして俺の質問に少し声を張り上げた朽木さんは、もし今お皿を持っていたら地面に思いっきり叩きつけているだろう。
「竹内さんがそう言ったんですか?」
「違うわよ。もう1人のほう。でも吉木さんに聞いたら当たり前だけどちゃんと否定してくれたわ。だいたいなんで私がそんなことしなきゃいけないのよ。んなアホなことするわけないでしょ」
「さ、災難でしたね」
「ほんとよ」
「・・・・あ、吉木さんは大丈夫なんですか?」
「あぁ、彼は大丈夫。最初にも言ったけど、こうすけくんも知ってるとおり卓三さんは動けないのよ。下手に物音が立てられないから、犯人には気付かれてなかったみたい」
「なるほど・・・・え、吉木さんはどこに居たんですか?もしかして犯人見たとか?」
「寝床は一階にあるから、ずっと一階に居たわ。でも奥の部屋だから、リビングで寝てたわけじゃないのよ。仕切りがあったから犯人は見てないって。1人だったのかしらね、話し声も何も聞こえなかったって」
(・・・犯人を見てないのか)
不自然にならない程度に話の流れにぶっこんでみたけど、彼女の様子を見る限り本当に吉木さんは犯人を見てなさそうだ。
「それにしてもなんで警察官ってあんなにムカつくの?」
「・・・・え」
「はぁ・・・こうすけくん」
「は、はい」
いきなり舵を急転回して違う方向に向けてきた朽木さん。何を言われるのか想像がつかなくて、思わず生唾を飲み込む。鬼気迫る彼女の形相に俺は気圧されそうになって一歩後に後ずさりそうだった。
「君のお父さんの言ってることは間違ってないわ。本当に馬鹿よ警察官って」
「・・・・・そ、そうですね」
(同調は・・・しといたほうが良さげ)
「あぁ、あの・・・・ちょっと聞きたい事があるんですけど、」
「ん?どうしたの?」
咄嗟にさっきポケットに突っ込んだ手の先にあるスマホを取り出そうとしたけど、空振った。
(ない・・・・反対のポケットかな)
突っ込んだほうのポケットにスマホは入ってなくて、反対のポケットに手を入れてみたけど何故かない。
「っていうか、こうすけくん1人?」
「・・・・あ、えっと」
(あれ?・・・カバンに入れたっけ?)
「あら、その腕どうしたの?切り傷になってるじゃないの」
「え?・・・あぁ〜、これ、さっきここに来る前に曲がり角でおじさんとぶつかったんですよ。その時についた傷かな」
「本当?ちゃんと前見て歩きなさいよ」
「・・・・・まぁ、はい」
(あれ?)
ポケットから手を出して背負っていたカバンを前に持って行こうとした時、左手を見て何か違和感を感じた。
「・・・・傷?」
「傷よ。傷になってる。ちゃんと消毒しといたほうがいいんじゃないの?ばい菌入るわよ」
「・・・・・・」
彼女が話している言葉がうまく耳に入ってこないのは多分急に大きく鳴り出した心臓の鼓動のせいだ。危険を知らせているのか、よくわからないが冷や汗が出てきた事実に嫌な予感がする。
「こうすけくん?大丈夫?」
「・・・・大丈夫・・・です」
(・・・あの人、)
ぶつかったあと、頭に手を乗せられた時に感じた違和感が今頃また体に戻ってくる。
「けいすけくんは一緒じゃないの?」
「・・・・けいすけ?」
「うん」
「・・・・・・っ」
けいすけの名前が出たことで俺はその違和感の正体に勘づいてしまった。
『あ〜、なんかねその人半ズボン履いてたから、足にギザギザの跡があったの見えた』
「傷・・・・そうだ・・・足に傷があった」
「何言ってるの?足じゃないわよ傷があるのは」
「・・・・・」
「こうすけくんの方こそ大丈夫?・・・あれ、誰かしらあの人」
思い出した。違和感があったのはさっきぶつかったあの人の足元を見た時だった。
(あいつ・・・もしかして、あいつなのか)
「あの人?」
彼女を見ると俺をとおりこしたその先を見つめていた。誰だ?と思いながら朽木さんの視線を追って後ろを振り返って見ると、そこにはさっき出会い頭に衝突したあの男の人が何かを持ってこちらに向かってきている。
「・・・・まじか」
「知り合い?」
「いや、・・・知らない・・・ですけど」
(あれって俺の)
「やぁ」
さっき会った時と何ら様子の変わらない男性。柔和な雰囲気なのも同じだ。ただ何故か薄ら笑いを浮かべているようなその顔に朽木さんのことがまるで視界に入ってないかの如く、俺の前に持っていたものを差し出してきた。
「これ、君のだろ?さっきぶつかった時に落ちたんじゃないかな。忘れ物だよ」




