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消えた弟  作者: しおやき
第二章 承

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26/73

8月5日 11時35分 曇2




試作品?的なことを言っていたけどここは鍵も作っていたんだっけ。加工ができるから試しにやっているのか。俺が気になって目を止めたのは小さな箱に入っていた大量の鍵だった。



「頼まれて作ってるんですか?」

「ん〜、そういうのもあるし、そうじゃないものもあるよ」


(そうじゃないもの?)


「え、・・・好きに作ってるやつもあるんですか?」

「ん〜、練習でね」

「練習・・・ですか?」

「うん。ほら、鍵っぽい形してるけど、差し込めないやつもたくさんあるから」

「・・・・ほんとだ」


じゃらじゃらと音を立てながら俺の目の前で鍵を持ち上げた田中さんの話しに食いつきかけたその時、後ろから足音がして名前を呼ばれた。



「こうすけ」

「ん?・・・あ、父さん」

「どんな感じかな」

「楽しいよ」

「そうか。というか結局全部田中くんに案内してもらったな。ごめんね」

「あぁ、いいですよ」

「僕のほうは終わったから田中くんはもう戻っていいよ」

「分かりました。それじゃあ、またねこうすけくん」

「はい。ありがとうございました。楽しかったです」



遮られた会話のあとはお別れの挨拶。

そしてすぐに田中さんは行ってしまった。



「こうすけ、今日はこんな感じでいいかな?」

「あ〜・・・うん」

「12時迄にはここに戻りたいからもうそろそろ出るけど」


(鍵のこともうちょっと聞きたかったけど、まぁいっか)


「もしまた来たかったら来ていいからね。今度は僕が一緒に見て回るから」

「ほんと?分かった」

「うん。見た中で何か気になったものを自由研究の材料にすればいいよ。説明が必要ならもっと専門的なことまで教えるし、あとは・・・そうだな、この先も何か役立ちそうなもの選んでくれても構わない」

「そうだね。帰ってからまた色々考えるよ」

「うん」



俺の顔を見てゆっくり頷いたお父さんは、タオルで額の汗を拭きながら車の鍵を取り出して外に向かう方向へと指を指さした。


「行こうか」

「はいよ〜」

「ごめんけど、車の中かなり暑いと思うから少し我慢してね、冷房はかけるけど最初のほうはちょっと窓開けといて良いから」

「あぁ〜、分かった」



晴れてればいいなと思ったけど、普通に曇。

天気は朝から変わってない。当たり前だ。たかが数時間で空を覆った雲が全部避けて、眩しい太陽と青い空が見えるようになるなんて芸当今まで目にしたことがない。



暑苦しい車に乗って、タオルを首にかけた。お父さんが鍵を差し込んでエンジンをかけてアクセルを浅く踏めば、ゆっくりと車が走り出す。来た時に少し酔った車下の砂利の音は帰りは特に問題なし。道路に出る時、揺れた車体にシートベルトを掴んで頭をふらふらさせながら俺はついさっきのことを頭の中で反芻していた。



油の匂いが鼻について取れない。工場独特の匂い。


(・・・・あの人は、違うな)


確信めいたように感じたのは何故かわからない。

少なくともけいすけが描いてくれた髭は見るかぎりつけ髭だから、そのおじさんに成りすまそうと思えば誰だってなれるかもしれないけど、今日案内してくれた田中さんはけいすけが話していた人物とはかけ離れすぎていた。



(そもそも背が小さいもんな。まずそこで違うわ)


東京の本社から研修で来たと言っていた。なんとなく意味が分からなかったけど、技術者の人っぽい。正直言うと、東京という都会のほうが圧倒的に人口が多いからその分競争率も高い。優れて参考にしたい人や技術なんてこんな田舎に来なくてもじゅうぶんありふれているだろう。



(・・・・まぁでも東京の人っぽかったな)



少しして窓の外を見上げていると、鼻についた匂いが気にならなくなってきた。車内が涼しくなってきたからだろうか。暑いと匂いが余計にキツく感じる。



「こうすけ、涼しい?大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ。っていうかここら辺でもう降りるよ」

「ほんと?」

「うん。ここまでくれば道分かるし、暑いけど太陽出てないから、汗ダラダラにはならないと思う」

「そっか。分かった」



何の変哲もないある場所まで車が走ると、俺は約束どおりそこから歩いて帰ることに。


「ごめんね、気を付けて帰るんだよ。変な人にはついていかないように」

「分かってるよ」

「それから、夜は19時までには帰るから、お母さんに、そう伝えといて」

「19時ね、分かった。じゃあね、仕事頑張って」

「うん。ありがとう」



車から降りてドアを閉め、お父さんの車が走り去って行くのを手を振りながら見送る。小さくなっていく車をある程度まで見つめてから、俺は脇目も振らずすぐに帰ろうと首にかけていたタオルを手に巻いて走って帰った。




「はぁ、けいすけまだ寝てたりして」



夏休みだから不規則な生活だ。改善しようにも改善しなきゃいけない理由は夏休みが終わる3日ぐらい前までは見つからない。



「あちー、つか、まじで天気気持ちわる」

 


涼しい風なんてまるで皆無で、一度止まると汗が額から噴き出しそうだったから家に着くまでノンストップでランニング。


「・・・着いた。時間・・・はぁはぁ・・・・案外かかんなかったな」



時計を見ると11時35分を指している。

お父さんには結構家に近い場所まで送ってもらったんだと、時計を見て思いなんだか自分が恥ずかしくなった。

『ここら辺で』と自分で言い出したけど、多分ダサいセリフだ。



「あ〜、絶対父さん、『え?』とか思ってそう。まぁ良いけど。ただいま〜」


手に巻いたタオルで首と額と顔の汗を拭く。それと同時に家のドアを開けて中へと足を踏み入れて、大きな声で帰ってきたことを告げた。



「・・・・よいっしょっと」



鍵をかけて靴を脱ぎ家に上がって洗面所に向かおうといつもどおりリビングをとおった。



(あれ、)


家を出る前にソファで寝ていたはずのけいすけはそこにいない。お昼ご飯の準備をしていると思っていたお母さんも台所にいない。もしかしてまた買い物か?と、一瞬冗談のように馬鹿なことを考えたけど、何故か心配になって洗面所に行く前に先にけいすけを探そうと足を違う方向に向けた。



「あ、母さん」

「・・・・・こうすけ」

「どうしたの?台所に居なかったから、どこにいるかと思った。洗面所にいた?っていうかけいすけは?」



タイミングよく、お母さんが出てきたと思ったけど様子がおかしい。また体調が悪くなったのかと少し首を傾げたけど、そんな感じでもないことに次の会話で薄々勘付いてしまう。




「・・・卵が・・・無くて」

「は?」

「・・・・卵が」

「・・・・・」


俺を見て明らかに動揺し始めた彼女の目は、カッと見開いている。手に持った洗濯物はぐちゃぐちゃで畳まれていない。



「母さん、何言ってるの?」

「・・・・だ、だから、」

「けいすけは?」


震える声で喋るお母さんを目の辺りにして、けいすけに何かあったのかと思った。



「わ、私のせいじゃない」

「・・・は?あのさ、けいすけがどこにいるか聞いてるんだけど。さっきから何言ってるの」

「・・・・・」

「母さ」

「し、知らない・・・・知らないわよ!!私が、私のせいじゃない!!私は何も・・・・何も悪くないわよ!!!」

「・・・何言っ」

「・・・・悪くない・・・私は何も・・・もう耐えられない」


発狂じみた声に持っていた洗濯物を床に落として、頭を抱えたお母さんは座り込み過呼吸気味にボソッと呟いている。


「けいすけ・・・まさか1人で外に出たの?」

「・・・・私のせいじゃない」

「母さん・・・ねぇ、けいすけが1人で外に出るの見たの?」

「・・・もう・・・もうだめよ」


話が噛み合わないのか、わざと無視してるのか。もうそんなことはどうでも良くて、母親の態度に耐えきれなくなった俺は声を荒げた。



「母さん!!」




段々と小さくなっていくその声と姿勢に、嫌な予感が大きくなる。


「・・・・ゆ、許して」




夏休みも折り返して、暑さが中々止まない気味が悪い天気になった8月5日。



「・・・・・」




お母さんと一緒に家にいると思っていたけいすけは、その日いくら探しても見つからず、俺たち家族のもとに戻って来ることはなかった。









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