8月5日 11時35分 曇
「シートベルト締めてね」
「もちろん・・・・よっと」
「大丈夫かな?」
「うん」
車に乗り込んだ俺が座ったのはもちろん助手席。
暑いから、すぐに冷房をかけてくれたけどひんやりするまでもう少し時間がかかる。
「なんか天気悪いね」
「ん〜、そうだね。でも雨は降らないらしいよ」
「・・・・そっか」
暑いのに曇とは、なんだか随分と気持ちが悪い。
しかも空を見ると雲の模様が見たことのない形をしている。窓をとおして見た空だから変に見えるのかと思ったけど、別に汚れてるわけでもないし、前日に雨が降って窓が濡れているわけでもない。
(・・・何も起こらないといいけど)
さっき家を出る時に、けいすけを横目で見たら眠たかったのかソファの肘掛けの部分に頭をのせ、あくびをしているのが見えた。
弟の話を聞いてお父さんの様子が気になって、今は
それがお母さんだ。敏感になったのはどっちもけいすけの話がトリガーだとは思ってるけど果たして本当にそうだろうか。
(何か・・・もっと前から兆候とかなかったのかな・・・見落としてたものとか)
「・・・すけ、こうすけ」
「ん?」
「大丈夫か?」
「・・・なにが?」
「いや、気難しい顔してるから。何か考え事?自由研究ならそんなに悩まなくていいよ、僕が手伝うし」
いつの間にか、冷房が効いてきて車内は涼しくなっていた。お父さんがハンドルを切りながら話しかけてきたのに俺は全く気が付いてなくて、外の景色は変わってるし、既にお父さんの仕事場へ向けて道路を走っている。
「あぁ、ありがと。助かるよ」
(やばい、全然違うこと考えてた)
うまく信号につかまらず暫く走っていると、車のスピードが段々と減速していく。少ししてからお父さんは右に視線を向けそれと同時にウインカーを出して右にまがった。一旦歩道に乗り上げ車が軽く左右に傾く。駐車場は砂利道をとおるから座席の下からする鈍い音と昨日からの中々晴れない気分のせいでちょっとばかり酔ってしまった。
「さぁ、着いたよ」
「うん。ありがと」
「帰りだけど、送るのは途中まででいいかな?」
「大丈夫だよ。道は分かるし」
「なら良かった。じゃあ中に入ろう」
駐車場に車が停止して、シートベルトを外した。
ドアを開けて外に出ると、やっぱり暑い。車の中の気温そのままを外に持ち出すことができればいいのにと思いながら手に力を入れてドアを閉めた。
「・・・・あー」
見上げた先はかなり年季の入った工場。
お父さんは少なからず俺が覚えてる限りではずっとこの場所で働いてる。
(・・・薄汚いけど・・なんかそれがちょっとかっこいいんだよな)
「こうすけ、もう中に人居るから仕事の邪魔にならないように見学していいよ。田中くんが案内してくれるから」
「田中くん?」
「うん。紹介するよ」
そう言ったお父さんのあとをついて中に入ると、まだ朝なのにもう既に音が凄い。誰かが機械を使って作業に取り掛かっているようだった。
(すげー・・・職人技か・・・)
金属加工をするこの小さな工場は、東京に本社がある。
たまに出張で東京に行くことがあるお父さんはお土産なんか買ってきてくれたためしがないけど、その代わりに出張から帰ってきた日は何故か自分で豪華な料理を振る舞ってくれる。
「田中くん、」
「あ、おはようございます橘さん。息子さんですか?」
「うん。そうだよ」
中に入ってお父さんが呼び止めたのは少し若めの男性。30代半ばくらいだろうか。実際はもうちょっと若いのかもしれない。
「こうすけ、こちら田中くん。午前中案内してくれるから」
「あ、よろしくお願いします。橘こうすけです。お仕事なのにお邪魔してすいません」
「よろしくね」
作業をしていたであろう彼は手袋をつけている。
(・・・おじさんとは程遠い風貌だな、違うよな)
足を見ようとしたけど作業服で覆われているから分かるわけがない。こんな若い人居たっけと怪しまれない程度に顔をじっと見つめたけど覚えてない。
「はは。そんなに警戒しないでね。僕は最近東京の本社からちょっとこっちに研修で来ただけだから」
「・・・あ〜」
だからか。そこまで変な顔はしてない気がするが、不快にさせてしまったかもしれない。それにしてもこんな田舎になんの用があって研修なんかしているのだろう。
(変なの・・・・)
挨拶もそこそこに田中さんに色々案内され中を見学した。お父さんは立ち会わなきゃいけない仕事があるから僕につきっきりは無理とのことで、2人だけでゆっくりと歩いて回る。
結構すぐに終わるかもと思ったけど、案外面白くて気になることを一つ一つ田中さんの足を止めて質問していた。だから中々前に進まなくてそれで時間をくっていたようだ。
「・・・・・」
「こうすけくん?」
「これは、」
「ん?・・・あぁ、それはね試し作りしてるだけだよ」
(試し作り?)
「・・・・凄い種類ですね」
「そうだろう?似てるように見えて、一つずつ形が違うからな」
「そうなんですね。全部同じにしか見えないけど」
そして終盤に差し掛かった時、仕事とは関係なさそうに無造作に置かれたある物に気が付いて、自然と足をそこに進めていた。
「よく言われるけどね。でも全部同じだったらみんなどの家でも入れちゃうからね」
「まぁ・・・それは、そおっすね」
そんな常識的なことを聞いて当たり前に返事をくれる田中さんは特に怪しい感じはしない。
(・・・・・鍵・・・の束)




