7月22日 時刻12:35分 東京 晴れ
日差しが強くて、その眩しさに思わず手を当てたくなる夏は今に始まったことじゃない。建物の中の執務室は太陽こそ当たらないが、冷房が効いていても温度設定の限度がある。この部屋も例外ではなく、決して涼しいとは言えない部屋の温度に時折頭がボーッとしてきそうだった。
「またか」
「はい、そのようです」
「・・・今月に入って4度目か」
「でも場所はそこまで離れてないですね・・・・手口が同じなので同一犯と見てほぼ間違いないでしょうか」
7月に入って、侵入窃盗の通報件数が増えた。
元々多かったが今月に入り去年と同様に倍近くに増加。
帰省中で、家に人が居ないのを見越してのことなのだろうか。はたまたもっと別の理由か。おそらく前者がほとんどだ。ただ、この4件だけは明らかに別の理由だ。
「あぁ、そうだな」
「・・・・28件中4件が同じ手口・・・しかもこれだけ、何故か何も取らずに侵入した家をあとにしてます」
「・・・・・」
「変ですね。あとの窃盗は金品や金目になりそうなものを盗んでますが。まぁそれにしてもよく住民と会わなかったですね~。1件や2件くらい鉢合わせしてもおかしくなかったのに」
「花火大会だよ。毎年恒例の」
「花火大会?・・・・ですか?でも家のテレビで鑑賞してる人もいますよね。人も多いから家の周りをうろついてるとすぐにバレちゃいそうですけど」
「・・・・・」
(鍵の加工・・・ね。よくもまぁ長い間こんなことを)
「竹川を呼んでくれ」
「竹川・・・警部補ですか?」
「あぁ」
「承知しました」
どんな小さなことでもいい、何か結び付くものがあればと重箱の隅をつつくようなことをずっとしてきた。
「あ、警部」
「なんだ?」
執務室から俺の指示に従って出ていこうとする部下がドアを開けて出て行ったと思ったら、何故か閉まりきらなかったドアの隙間からまた出てきて俺にこう言った。
「もし竹川警部補がいなかったらどうします?多分昼飯食いに行ってるかもですけど」
「それなら戻ってきてからでいいよ」
「承知しました。伝えときます」
一礼をして今度こそ部屋から出て行った部下が閉めたあとのドアに視線を少しだけ向けてから時計を見る。
「12:35分・・・ちょうど昼だな」
中々足取りを追えず捕まらない犯人に、まるでからかわれているかのように、挑発されているかのようにこうも似たような事件が毎年この季節に起こるとなると、腸が煮えくり返るような思いがするのは否めない。
(それでも・・・)
我慢して我慢して、ようやく掴めた足取り。
年月が経つに連れて捜査員の数も縮小していった中でのようやくの、一筋の光。
「まさか・・・他の事件を追ってるときに見つかるなんて」
犯人は我々に気付かれてるなんて微塵も思ってないだろう。この毎年起こる侵入事件がそれを物語っている。
(泳がすのもこれが最後)
そして、今は亡き先輩に頂いたアドバイスがここで活きてきたことに身震いさえした俺は、長年警察官をやってないと分からない世界に足を踏み入れたのだと思った。
(・・・・・)
机に置かれた2人で撮った最後の写真が入った写真立てを手に持って裏返す。
《12月25日、病院にて》
「・・・・道標か」
一言呟いて、目を手で覆った。
『山下、どこかで待ってる子どもがいるかもしれない。その事実に大人の俺たちが諦めてどうするんだ』
『・・・・ですが、手掛かりが』
『縦のつながりが全てじゃない。ありとあらゆるものにアンテナをはっておけ。一つの事件も見逃すな。どこかで必ず繋がってる。あいつ等はまた同じことを繰り返すぞ。絶対に諦めるな』
『・・・・・』
『道路に這いつくばったがために、どこぞの知らんやつに顔を足で蹴られても気を散らすな。蹴った足が犯人にたどり着く道標になる可能性もあるからな』
「はぁ・・・」
誘拐された子どもは一つずつ年を取っていく。一番可愛い手のかかる時期に親元から引き離されたという事実にも気が付かず、誰だかも分からないヤツのもとで生活をしているなんて、考えただけでもゾッとする。
先輩が最後に息を引き取った時のことを思い出そうとした時、外部からの音でそれは阻害された。
コンコンッ
「誰だ」
「竹川です」
「入れ」
「失礼します」
お昼時だが席に居たのか、部下に伝言を頼んでからすぐに
俺の部屋に彼は来た。
「お呼びでしょうか。木ノ下からここに来るように言われましたが」
「あぁ、ちょっと話があってね。昼時に悪いな」
「いえ、緊急の案件であれば」
「・・・・・」
視線を彼に向けると少しばかり緊張しているように見えるが、表情は変わらない。竹川という男は、優秀だ。真面目で頭がよく仲間にも信頼されている。眼光が鋭く、他者を寄せ付けない顔付きをしているが、中身は全く違う。
(・・・・あんなことがなければ、もっと早く出世していただろうに)
「緊急の案件だ」
「はっ、では今すぐに」
「いや、これからお前にしてほしいことは、連絡待ちだ」
「連絡待ち?・・・とはどういうことでしょうか」
「ここ2、3年である地域に潜入捜査をしていてな、何人か捜査員を派遣している。そいつらから連絡が来たら、俺からお前に伝えるから、そうなったら現場に急行して欲しい」
「・・・・・それはどういう意味で」
思ってもみない突然の俺の発言のおかげで、普段は顔付きがあまり変わらない彼の目元がピクッと動いた気がした。
「そのままの意味だ」
「それって・・・」
「詳しいことはまだ話せん。詳細は現場に行く時だ」
「・・・・時期は、いつぐらいでしょうか」
「もうそろそろだが、現場に指揮を任せてある。いつでも行けるように構えとけ」
「・・・はい。承知しました」
たったこれだけの短い会話で、どんなに嫌でも最後に言うことができるのは『了解』の言葉だけ。
何かを言いたげだったが、ぐっと堪えるその表情に苦しくなる。それでも確信めいたことなんて言えない。当たり前だ、実際に救助して初めて無事だったと言えるのだから。
「それから、捜査員だが、佐藤というやつと久下というやつが主に現場を取り仕切っている」
「佐藤・・・と久下ですか?」
「あぁ、事前に何度も現場の情報とこちらが掴んだ情報をやり取りしているが、情報合戦はもう終わりだ。指示はこれから送るから、向こうは様子を見ながら本格的に明日から動き始めるだろう」
俺の言葉に、部屋に飾ってあるカレンダーを見て竹川は呟いた。
「・・・・7月23日・・」
「あぁ。あと、ふたりともお前の顔見知りだ」
「顔見知り?」
「まぁ、佐藤と久下は偽名だがな。本当の名前は・・・連絡が来て現場に急行したときに自分の目で確かめろ」
「・・・承知しました」
戸惑いが隠せず、かつ納得のいっていない様子にあえて畳み掛けるようにして言葉を被せたのは情に訴えかけるようなことをしたくなかったから。100%準備が完了するまで誰かに待ってくれなんて、そんなこと言えないのはこの仕事をしていれば誰でも分かることだ。
「竹川、」
「はい」
「先に言っておく。お前も現場を担当したことがあるから分かってると思うが、焦りは禁物だ。我々が一番先に考えなきゃいけないことは、人命救助だ」
「はっ、承知しています」
頭では分かっているが、実際に現場についた時、犯人と対峙した時、本当にいつもどおりちゃんと動けるのだろうかと、心を鬼にして念押しで最後に残酷なことを言っておいた。
「下手に動いて勘付かれでもしたら、全員助からんぞ」




