異変
「こうすけは、ここで待ってて。僕がスーパーに様子見に行ってくるよ」
「え、そう?連絡は?またしてみたら?」
「うーん・・・」
「なに?」
「いや、けいすけも自転車で行ってるからもしかしたら途中で転けてたりしてるかもって思って」
「・・・・あぁ」
(それならなおさら連絡したほうがいいんじゃないのか)
「あ、でも買い物したんなら荷物とかあるだろ?やっぱり俺も行ったほうが」
「ん~、こうすけはここに居てもらわないと困るかな」
「え、なんで?」
濡れた手をタオルで拭いてから、テーブルの上に置いたスマホを取ろうとして必然的にお父さんに近付く。
「洗い物ありがとね」
「うん。それはいいけどなんで俺も行っちゃだめなの?」
「もし入れ違いになって、母さんとけいすけが帰ってきて家に誰も居なかったらびっくりするだろ?」
「あー・・・・それは、そおっすね」
「そおっすよ」
扇いでいたうちわをテーブルに置いて、俺の返事におちゃらけたように顔をくしゃっとさせて笑いながら同じ言葉を使って返してきたお父さんは席を立った。
「ほら、帽子はちゃんと部屋に持って行って」
「帽子?・・・あぁ、忘れてた」
ソファに投げていた帽子のことかと、スマホを取る前に帽子のほうをチラッと見る。お父さんはどうやらそのまま何も持たずに行こうとしているらしい。
「父さんスマホは?」
「ん?スマホ?あるよここに」
「ならいいけど、歩いていくの?」
「うん、そうだね。2人は自転車で多分行ってるから。車だと自転車は乗せて帰れないし」
(家に入る時・・・自転車どうだったっけ、覚えてないや)
当たり前の光景を毎日見ていると、そこに何が無いのかあんまり覚えていない。あるものとして脳が処理してしまう時もあれば、確かに見てるはずなのに全く思い出せない時もある。
「・・・チャリンコだけそこら辺においてお母さんとけいすけ乗せて帰ってくればいいじゃん」
「ダメだよそれは」
ズボンのポケットに入れたスマホを取り出して俺に見せたと思ったら、またすぐにしまったけど、涼しい顔をしてこのクソ暑い真っ昼間の外を歩いていこうなんて、一体何を考えてるんだろうか。
「でも歩いていくのはちょっと時間かかるんじゃないの?」
「一本道だから反対側歩かない限り途中ですれ違うよ。スーパーまで歩く気はないから大丈夫」
「・・・・そっか」
「じゃあ行ってくるよ。鍵かけといてね」
「はいよ」
玄関に行く背中をそのまま見送ろうとしたけど、一緒についていく。
「こうすけ、」
「ん?」
「呼び鈴鳴らされても絶対に出るなよ」
「・・・・はっ、何を今更」
「はは、ごめんごめん」
家に誰か来ても、1人かけいすけと2人でいるときは出るなと言われている。人が少ないから、なんかあった時に何があったか誰も知りません状態になりやすいのは分かるけど、毎度同じことを言われると耳にタコができる。
「よっ・・・と、じゃあまたね」
「うん」
靴を履いて、振り返って俺を見てから3歩ほど進んでドアに手をかけようとした時、突然父親の動きが止まった。
「・・・・」
「父さん?」
「はぁ・・・帰ってきたらしいよ」
「は?」
少し沈黙が流れて静かになったと思ったら、外も見ずにそう言ったお父さんはガラっと勢いよく玄関のドアを開けた。
そしてそのドアを開けた先には自転車から降りて、けいすけが被っているヘルメットを外すのを手伝っているお母さんが見える。
「・・・・・」
「あー、パパ!!」
「おかえり」
「・・・あ、・・・ごめんなさい、遅くなって」
「あぁ、帰ってきたんなら良かった。ちょうど迎えに行こうかと思ってたんだよ」
(・・・ナイスタイミングじゃん)
「ママ早く取って」
「ちょっと待ってね、動かないで」
けいすけから俺は見えてないのか、お父さんにだけ手を振っている様子だ。
「兄ちゃんはー?」
「帰ってきてるよ」
ヘルメットを外してもらい片付けもせずに玄関に突進して来た弟はお父さんの返事に目を輝かせた。
「兄ちゃん!!」
「おかえり。ちゃんとチャリンコ乗れたのか?」
「うん!僕上手だから」
「凄いな。スーパーで床に寝そべったりしなかった?」
「うん!僕ちゃんとしてるから」
「・・・・そおっすか」
どの口が言ってんだと思いながら、自転車に乗る練習を始めたのが一年前で補助輪を取ったのが確か半年前だよなと、靴を脱いで家に上がったけいすけの頭を軽くポンポンと叩く。
「手洗っておいで」
「は~い」
素直に返事をして洗面所に向かったけいすけをよそに、俺はお母さんが買ってきたものを中に入れようと、重たそうなレジ袋を片手で持ち玄関をくぐったお母さんに声をかけた。
「母さん手伝うよ」
「あぁ、・・・・ありがと」
「うん。父さんは?なにしてんの?」
「ん?」
「入んないの?」




