水の音
「昨日?あぁ、昨日はそうだね。仕事だね。でも、それ以外にもちょっと別で用事があったからついでにって思ったら結構遅くなってしまったな」
(・・・・・普通・・・だ)
俺に話しかけられて、こっちを向いたお父さんは冷蔵庫の扉を閉めた。
「こうすけは?」
「え?」
「昨日の夜」
「夜?」
「うん。夜ご飯すき焼きだったんだってね?美味しかった?」
「うん、普通にうまかったよ」
「そっか。けいすけはちゃんとおりこうにしてたかな、落ち着きないからお母さん困らせてたりとか」
「それは大丈夫。大人しく食ってた」
「ならいいか」
(大人しくというか、いつもどおりだけど)
お父さんの微妙に変化する表情と雰囲気に、多少敏感になっていた俺は自分が探るような目つきになっていないか不安で、スマホを見るふりをしてわざと視線を反らした。
「明日からまた仕事だよね?」
「そうだよ」
「・・・・大変だね、夏休みないとか」
「う~ん。少しはあるけどね」
「3日間だけじゃん」
「まぁ、それはそうだね。でも学生みたいにみんなが長い休みとってたら、社会が回らなくなるからね。ここに住んでるみんなの生活が困ることになるよ」
「そっか」
普通の会話だ。どんな表情をしてるかは分からないけどとりあえず怖くはない。お母さんとけいすけが帰って来る前に皿を洗おうと持っていたチョコレートをゴミ箱に捨ててから、スマホをテーブルに置いた。
「父さんこっちに来て、俺皿洗うから」
「あぁ、ごめんよ」
「ん」
けいすけとならたいして狭くないけど、大人の男の人と台所に2人で立つとなるとかなり狭い。もはや邪魔なレベル。
「今日はどこらへん歩いたんだ?」
「ん~、けいすけの小学校の近く」
「そうか。休みだから静かだろ」
「まあね~、ただ暑いだけだったわ。あ、っていうか由美子に会った」
「由美子?竹内の?」
「うん、そうそう」
水を出しながら洗おと、スポンジに洗剤をつける。
「チャリンコでひかれそうになったわ。突進してくるからあいつチャリ乗らねえほうがいいよまじで」
「はは、そうか。それは災難だったね」
「うん」
「そう言えば、彼女のお父さんは、」
たいして汚れてる皿があるわけじゃないから、そこまで大変じゃない。流れる水は冷たいし暑い部屋にはこれくらいがちょうどいい。
「確か、警察官だったよね」
「うん、そうだよ」
「大変だね」
「・・・・24時間勤務だから?まぁ確かに」
「いや、そういうんじゃなくて」
水が流れて、それがお皿に当たる音が結構な雑音でお父さんの声よりも耳に先に入るから、途中で水の勢いを緩めた。
「・・・なに?」
「何か事件があって、捕まえられなければ非難されるだろう」
「・・・・・」
「精神的にも肉体的にも相当きつい仕事さ」
「まぁそれはなんとなく分かるけど」
「万引き犯捕まえるとかなら生易しくていいかもしれないけど、逃走した中々見つからない犯人をずっと探して、何年もそれに費やすなんて、」
(ん?)
「全くもって割に合わない仕事だと思うよ」
「なんの話ししてんの?」
いきなり何を言い出すかと思えば、ダイニングテーブルの席についたお父さんはため息をつき吐き捨てるように言い放った。
それがなんだか話の流れからして妙におかしくて、水だけ流して手を止めていた俺は、スポンジを握りぎゅうぎゅうして泡立たせながら半笑いして逆に質問をした。
「ん~、警察は信用できないってことだよ。まぁでも、変な事件は都会で起こるからな~、ここじゃあそんなこと関係ないし。ちゃんと気を付けてお父さんが言ってること守ってくれればこうすけもけいすけも大丈夫だよ」
警察を嫌ってるのか、都会が嫌なのか。多分両方だ。
(高校卒業して東京に行くって・・・望み薄)
俺がテーブルに置いていたうちわを手にとって自分自身で扇ぎ始めた父親の腕が目について、そういえばと思った。
「そうだと思いたいけど。ってか、2人まだかな。遅くない?」
「うーん、そうかな。もうそろそろ帰ってくると思うけど」
「父さん連絡きたんだよね?俺からも送ろうかな、ってか迎えに行ったほうがよさげ?けいすけがおもちゃ欲しいとか言ってグズってんのかな」
お皿を洗い終わって今度は水で流すため、スポンジを置いた。水の勢いを普通に戻したから、手で擦りながら皿についた洗剤を洗い流そうとするとお父さんの声がぜんぜん聞こえない。
(な~にしてんだろうな)
だから、普通に話してても耳に届かないのに、ボソッと呟いた父親の声なんて当たり前に俺のとこまで聞こえてなんかこなかった。
「・・・何やってんだ、相変わらずどんくさい奴め」




