真夜中の話し声2
(・・・・あれ、明るい)
《何かおかしなことはなかったか》
《えぇ・・・特には》
今何時か分からないけど、真夜中なのは間違いない。
お父さんがまだ帰ってきてなくてお母さんが起きて待っているのかと思ったけど、男女が話す声が聞こえてきたからどうやらそれは違うようだ。
(お父さん帰ってきたんだ・・・)
バレないように階段の途中で足の動きを止める。
別に聞き耳を立てようとしたわけじゃない。それにいきなり飛び出して驚かせようとしたわけでもない。
ただ、何故か立ち入ってはいけないような気がして息を潜めた。
(・・・けいすけ居なくて良かったわ)
何の話をしているかは謎だ。さっき帰ってきたばかりの会話にも聞こえるし、途中からのような会話にも聞こえる。
いずれにせよここで少し待機して、こっそり引き返し部屋に戻るのが一番良い。そう思って様子を伺おうと首を伸ばしてリビングを覗き込む。
張り詰めた空気に、聞いたことのないお父さんの冷たい声。お母さんはお母さんでやっぱり疲れているのか声に覇気がない。
(・・・・だめだわ、ぜんぜん見えない。っていうかおかしなことってなんだ)
結局気になって会話を盗み聞こうと息を殺した。
喉が渇いていた事なんてとっくのとうに頭から抜け落ちている。
《またアイツが会いに来たよ》
《・・・・またですか》
《あぁ。本当に懲りない奴だ・・・・はぁ、けいすけが通ってる学校にも行ったらしい。なんてバカなことを》
《ぇえ?》
(けいすけの学校・・・・?)
何の話をしているのかまるでわからない。
多分会話の途中だったのかもしれないと、少しかいた汗を服で拭った。
《それっていつですか?》
(っていうかなんでお母さん敬語なんだ?)
《夏休みに入る前からだよ。それよりこうすけとけいすけは?ちゃんと寝てるのか》
《そうですか。あんまりうろつかれても困りますけど。ふたりともこうすけの部屋に居ます。一緒に寝てるわ》
頭には疑問符しか浮かばない。
聞こえてきた言葉を拾って、知っている限りの情報をかき集めて繋ぎ合わせようとしたけどやっぱり理解できない。
父親と母親の会話をこんな形で聞くとは思ってなくて、この状況と緊張感に頭が冴えた俺は次に聞こえたお父さんの声に心臓がバクバク鳴り出した。
《そうか、ちょっと様子を見てくるよ》
(え・・・・やばっ)
声がギリギリ届く範囲で聞いていたからそれだけ何故か異様にはっきりと耳に届いたのは幸運だったかもしれない。
なるべく音を立てないようにそろ~っと動き出し、お父さんに姿が見えないように床に這いつくばりながら移動した。
《ちょっと待って、上に行く前に先に手を洗ってからにしてください》
《ん?あぁ、そうだね。一応さっき帰ってくる前に・・・・》
(来る前に早く戻らないと・・・)
リビングから遠ざかるせいで、会話が聞こえなくなる。
それでもここでバレてどんな反応をすればいいか分からなくなるよりはマシだと、声と息と音を殺すようにして部屋に戻った。
ガチャ
(・・・・こえ~)
ドアを開け部屋に入った先の空間はもちろん静かだ。けいすけは相変わらず畳の上で変な格好になって寝てるし、気温は変わらず暑い。
「見つからなくて良かった・・・・って言ってもすぐ部屋に来るんだよな。早く布団に」
ようやく緊張感から解放されたと、大きなため息をつこうとしたけどお父さんが様子を見に来ると言っていたから、こんなとこで安堵している暇はない。
慌てて布団に横になり、ドアに背を向けて目を閉じた。
(けいすけは寝てるから、このままで問題ない)
さっき廊下に居る時に、脇の下には嫌な汗をかいていたから今になって冷たくなってきた。近くで顔を覗かれない限り狸寝入りをしているなんて分からないだろうとさっき聞いた会話を頭の中で反芻してみる。
(確か、けいすけ・・・・知らないおじさんを小学校の近くで見たって言ってたけど・・・)
そんなことをぐるぐる脳内で考えていると、ちょっとだけ眠くなってくる。すぐに来ると思った父親は結局来ずに、『なんだよ、嘘かよ』と寝返りをうちドアの方に身体を向けた。
ガチャ
その時、身体を向けた方向から聞こえてきたのは妙な音。
(・・・・・え)
ノック音も、呼びかけも何もない。
いきなり、前触れもなく部屋のドアが開く音がした。
(お父さん・・・だよな?)
目を瞑っているから、誰がそこにいるのか分からない。
でも普通に考えればお父さんがそこにいるのは容易に想像がつく。
閉じている目にも、光が入ってきていることくらいは分かるから、ドアがまだ開いたままだというのは感じ取れる・・・が、しかしだ。
(・・・なにしてんだ?)
ドアを開けた人物は、何も話さない。
動きもしないし、すぐにドアを閉めることもしない。
ただそこに立って無言でこちらを見ているようだ。
(少しだけ・・・・開けても多分バレるか)
時間にしてみれば1分もないだろうか。
だけど無音の状態だとそれが長く感じられて目を開けたい衝動に駆られてしまう。
何をしようとしてるのか、何をしたいのか分からない。様子を見るだけなら開けて寝ていることを確認したらすぐに閉めて出ていってくれれば良いものを。
いくら父親でも、こんなことされると気味が悪い。
早くドアを閉めて部屋から出ていってくれと心の中で訴えた。
「・・・・なんだ、寝てるのか」
(・・・・・)
聞き慣れた声が聞こえて、やっぱりお父さんだよな、当たり前だよなと思った次の瞬間、けいすけの寝息の音しかしない静かな部屋に響いたお父さんがぼそっと口にした言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「さっき階段のとこにいたと思ったけど」




