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立派な悪女になるには

城に着いた日は、ふかふかのベッドでぐっすりと眠った。

アイボリーの柔らかな寝具は心地よく、公爵夫人は幸せだなと実感する。


マイラによれば、昨夜アルフレイド様は騎士隊を率いて見回りに出かけ、大型の魔物を討伐して帰還したそうだ。

夫が夜も働いているのに、私はのんびり眠ってしまって申し訳ない。


窓の外は昨日と違い粉雪が舞っていて、それを見ていると「ここは王都じゃないんだな」と感慨深かった。

本当に遠い地へ嫁いできたのだとわかる。


不思議と寂しい気分にはならなかった。

マイラは一緒に来てくれたし、伯爵家の書庫にあった本もたくさん持ってきた。


「私って薄情なのかも」


カーマイン家は、物心ついたときから姉を中心にすべてが回っていて、両親の目はいつも姉に向かっていた。

双子でも、明るく人懐っこい姉と部屋で本を読んでいるだけの妹では全然違う。

祖父は平等に愛してくれたけれど、両親はいつだって姉の味方だった。


今回だってそうだ。

姉がいなくなったらすぐに私を代わりに差し出した。

家のためなら仕方がないとわかっているものの、両親から私を案じる言葉が最後まで出なかったのはさすがに堪えた。


でも、両親が私との別れを惜しまなかったように、私も雪を見ただけですっかり気分がよくなっていた。

私にとっても、家族とはその程度のものだったのだ。


「男関係が華やかなことよりも、家族に情を持てない方が”悪女”よね」


もう過去は忘れよう。

そう思った私は、温かい紅茶に焼き立ての丸いパン、濃厚なチーズを絡めたソーセージと温野菜などをいただきながら、遅めの朝食を満喫した。


おいしい食事を取ると、気持ちが元気になってくる。

私はここで生きていくのだ、と前向きな気分になれた。


朝食を終えたタイミングで、衣装室にいたマイラが戻ってくる。

マイラが着ているのは公爵家のメイドたちと同じ臙脂色のワンピース。足元の黒いタイツと茶色の紐靴も支給された制服らしい。


「ふふっ」


「どうなさいました?」


マイラの姿を見て、私はつい嬉しくなって笑みを漏らす。

彼女はきょとんとした顔をしていた。


「ここに嫁いでよかったなと思ったの。マイラに不自由させずに済むもの」


伯爵家にいた頃は、古びたお仕着せに白いエプロン姿だった。

ここのメイド服とは生地もボタンも何もかも質が異なる。

私が昨日着ていたワンピースよりも、ここのメイド服の方が上質なくらいだ。


「そうですね、ここは衣食住に困りません」


「ええ」


「ですが、リネット様」


「ん?」


笑顔だったマイラが急に真顔になり、私にずいっと詰め寄る。


「私よりもリネット様です。公爵夫人としての幸せはしっかりつかんでくださいね?」


「幸せ……?」


「はい。公爵閣下のお心をつかめれば幸せな暮らしができます。クラッセン公爵家とカーマイン家では、名声も財力も格が違いますから……!ここなら衣食住に困ることなく、マリアローゼ様と比較されることもなく満ち足りた暮らしができます。何としてもがんばりましょう!」


「は、はい」


マイラの勢いに圧倒され、私は素直に返事をする。

どうやらマイラは一晩でここが気に入ったらしい。

それに、私のためにもここで暮らした方がいいと思ってくれているのだろう。


「正直なところ、ここへ来るまでは不安でしたが……」


マイラがアルフレイド様の女性関係を心配していたことを思い出す。


「でも実際に来てみると、公爵閣下がこの先浮気さえしなければ最高の嫁ぎ先だと思ったのです」


「そうよね?」


昨夜のアルフレイド様の様子を思い出す。

赤いドレスを似合っていると褒めてくださったし、どうにか会話も成り立っていた(?)ので順調なすべりだしでは?(少々、都合のいいように記憶を改ざんしている自覚はある)


「昨日読んだ本には『浮気癖は治らない』って書いてあったから、私としては多少の浮気は構わない。もちろんいい気分ではないけれど、そういうものだと割り切ってしまわないと心がつらくなると思うの。それに、政略結婚に多くを求めるのもいけないと思うし」


何せ、こちらは恋愛経験ゼロなのだ。「誰かのことが好きで好きで衝動が止められない!」とか、そういう情熱は想像すらできない。

妻がいるのにほかの女性を……なんて理解の範疇を越えている。


「私はこれから、アルフレイド様に『妻にしてよかった』と思ってもらえるように立派な悪女になる!」


執事のゲイルさんからは、旅の疲れが取れるまでは自由にのんびりしていいと聞いている。

お言葉に甘えて、アルフレイド様のお好みの恋多き女になるための勉強をさせてもらおう。


時間はたっぷりあるのだから────と思っていたのは、考えが甘かった。


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