アルフレイドは混乱中①
赤煉瓦で作られた巨大な門。
イールデンの街へ入るには三つの壁をくぐらなければならない。
溶けた雪が水になり、壁を伝って側溝へ流れていくのが見える。
不本意だが妻がやってくるということで、アルフレイドは彼女の乗った馬車を迎えにやって来た。
街の入り口まで来たはいいが、それらしい馬車が見当たらない。
ひとめでわかるくらい豪奢な馬車に乗っていると予想していたので、ダークブラウンの旧式馬車を見つけたときは思わず「ん?」と眉根を寄せた。
「まさかあれですか?」
すぐ後ろにいたダナンも同じことを思ったらしい。
あまりに古めかしく「よくここまで走って来られたな」というくらいに質素だった。
とはいえ、乗合馬車でもなく商人の馬車でもない、貴族が使っていそうな馬車はそれしか見当たらなかった。
(王妃は支度金を渡さなかったのか?それに護衛もいないなどあり得ない)
近づいていくと、窓にかけてあるランプに伯爵家の百合の家紋を見つける。
御者に確認すると、大げさなくらいに驚かれた。
「公爵閣下でいらっしゃいますか!?あっ、その、お嬢様はあちらに……」
彼は後方を見ながらそう言った。
どうやら、門を通る許可が下りるまで馬車から出て休憩しているらしい。
御者と同じ方向に目を向ければ、少し離れたところに白いケープを纏った女性と黒いコートを着た使用人風の女性が二人いた。
「あれが?」
「そのようですね」
風に揺れる長い金髪は柔らかそうで、笑顔で何かを話しているその雰囲気はとても穏やかなものだった。
ダナンも意外だという風にじっと見つめている。
あれが?本当に?
近づいていくと、彼女は不思議そうな顔でこちらを見ていた。
リネット嬢の印象があまりにも聞いていた話とかけ離れていて、「人違いでは?」と疑ったくらいだ。家紋付きの馬車があるのに、まだ信じられなかった。
温かい日差しのような柔らかな雰囲気で、まっすぐに向けられる瞳はきらきらと輝いていて。こんなにもかわいらしい人が、こんな殺伐とした城塞都市に来てくれたのかと焦りや戸惑いで心臓が大きく跳ねた。
「ようこそ、我が領へ」
「へ……?」
「私がアルフレイド・クラッセンだ。……君の結婚相手の」
「!?」
緊張気味に名乗れば、彼女の纏っていた雰囲気が一気に変わる。
まさかここで会うとは、と驚いているようだった。
まだ支度ができていないからこんな顔を見せられない、と彼女は早々に馬車に戻っていった。まるで巣穴に隠れる小動物のようだった。
リネット嬢が馬車に乗り込んだ後も、しばらく唖然としてしまった。
「あれが悪女?」
信じられない。
この縁談は決して善意からもたらされたものではなく、王妃からの盛大な嫌がらせのはずだ。
それがなぜ……?
長旅で身支度や化粧の手を抜いていた、といっても限度がある。
ケープも髪飾りも豪華なものではなかったし、ギリギリ貴族令嬢といった装いだった。
「どういうことなんだ」
アルフレイドは混乱しつつもひとまず城へと戻っていった。
城へ戻ると、足早に執務室へ入る。
一刻も早く、今の状況を整理したかった。
「何だあれは?聞いてない聞いてない聞いてない」
椅子に座るや否や、無意識のうちに言葉が漏れる。
もっと派手で、気の強そうな伯爵令嬢が来るものだとばかり思っていた。
ダナンも真剣な表情で「おかしいですね」と呟いた。
「かわいかった」
「めずらしい、アルフレイド様がそんな」
「王妃の差し金か?俺を篭絡するつもりか」
「つまり、篭絡される危機を感じているんですね?」
はっきりと口にされると何とも言えない気まずさが漂う。
──ありがとうございます!騎士隊の皆様にはお役目もあるでしょうに、私などのために貴重なお時間と戦力を割いていただき、感謝いたします。
あのときの笑顔を思い出すと、急に胸がざわめく。
媚びるでもなく、見返りを期待するでもなく、ただ純粋に礼を言われたのはいつぶりだろうか?
ふとそんなことを思った。
「悪女というのは嘘だったのか?だが、普通の伯爵令嬢を王妃が寄こすわけがない」
「そうですね。……となると、さきほどの姿は演技かも?」
「王妃が選んだ相手だ、信用するわけにはいかない」
ダナンも無言で賛同していた。
「だが、無下にもできない」
「まぁ露骨に冷遇はできないですよね。ここはうまく探っていくしかないでしょう」
うまくとは?とアルフレイドが眉根を寄せる。
「晩餐の席で話してみれば、彼女の人となりが少しはわかるかもしれません。どう偽ろうとしても、訓練された間諜でない限りは本音が見え隠れしますから」
「わかった」
アルフレイドは、晩餐の席で彼女がどういうつもりでこの縁談を受けたのか探ろうと考えた。