初めての晩餐
食堂に着くと、まだ公爵様は席についていなかった。
片側に10脚ずつ並んだ大きなテーブルの中央には、お皿とグラスが2人分用意されている。キャンドルの灯が温かく、落ち着いた雰囲気だ。
執事のゲイルさんが椅子を引いてくれて、私はそこへ座った。
しばらくすると公爵様が現れて、待っていた私を見ると一瞬だけ目を瞠って驚いた反応になる。
「……リネット・カーマイン伯爵令嬢?」
疑問形だった。
そうですよね!?急激に見た目の雰囲気が変わっているからびっくりしましたよね!?
私はふふっと笑い、余裕がある風に装って答える。
「さきほどは失礼いたしました。ようやく『いつもの私』に戻れました」
「そ、そうなのか……?」
あくまでこちらが普段の姿なのだと強調する。
ごまかせる?大丈夫?
内心は不安でドキドキが止まらない。
公爵様はテーブルの脇に立ったまま、じっと私を見つめている。
あれ?派手に着飾ったのに喜んでいる感じがしない。
ご所望の悪女(風)になったのに、そもそも私の容姿が好みじゃなかった?
「もしかして、あまりお気に召しませんか?」
不安が顔に出ていたかもしれない。
上目遣いで尋ねる。
すると公爵様は語気を強め、きっぱりと言った。
「とても似合っている!」
よかった!
やっぱり公爵様はこういう華やかな装いの方が好きなんだ!
間違っていなかったとわかり、ほっと安堵する。
なぜか従者の方が口元を引き攣らせているけれど、公爵様は特に何も言わず席についた。
向かい合って座る私たちは、表面上はにこにこと笑みを浮かべている。
でも私は「男性経験豊富な余裕のある女性」を演じることで頭がいっぱいだった。
食事中も気を抜かないようにしなければ……。
運ばれてくるスープやお料理を前に、私は緊張の面持ちで公爵様を見つめる。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が広がる。
こういうとき、女性側から話しかけてもいいのかしら?
緊張感から、グラスの水をごくごくとたくさん飲んでしまう。
そのとき公爵様がふいに口を開いた。
「このイールデンは王都のような華美なものは何もないが、水はうまいと……思う」
「んっ」
急に話しかけられびっくりして一気に水を飲み込み、ごくんと大きく喉が鳴る。
窺うような目でじっと見られ、胸がどきりとした。
「は、はい。王都の水とはちょっと違う味がします」
「……わかるか?」
「え?はい。何だかまろやかで優しいような気が」
軟水と硬水の違いかな、と思いながらグラスに少しだけ残った水に視線を落とす。
これからずっとここに住むのだから、水がおいしいのはいいことだわと楽観的に思った私に、公爵様はなぜか突然武器の話を始めた。
「俺たちが使っている剣は、名匠が作り上げた物なんだ。この地の雪解け水を使うことで、魔物の硬い皮も骨もよく斬れる剣に仕上がる」
「まぁ、水が大事なんですか?」
そんなこと、私が読んでいた武器百科や伝記には書いていなかった。思わず目を丸くする。
「魔力を込めたときに折れない、というのもいい武器の条件で……」
どうやら公爵様は、剣に魔力をまとわせ魔物を討伐するらしい。
王都にいる騎士はほとんど魔力を持たない上に、剣にそれを込めるのはかなりの技術がいると聞く。
すごい、本当に素晴らしい武人なんだわ……!
さすが女性経験が豊富なだけあって、人の興味を引くのがお上手ね!
もっと話が聞きたくて、私はスプーンを手にしたままスープを口に運ぶのを忘れていた。
しかしここで、従者の方が公爵様に軽く肘うちをして笑顔で言った。
「お食事のときに武器の話ですか~?手が止まっていますよ!?」
「っ!」
公爵様ははっと気づいて話すのをやめた。
「すまない、カーマイン伯爵令嬢」
「いえ、あの、お気になさらず」
もっと聞きたかったー!
でもこの空気でさらに聞かせてくれとは言えない。
それに、お姉様なら絶対に興味がない。
あっ、公爵様が申し訳なさそうな顔をしている。
困った私は、遠慮がちに言った。
「もしよろしければ、私のことはどうかリネットとお呼びください……妻なのですから」
「いいのか?」
「もちろんです。それに、その、お話はとてもおもしろかったです」
「…………すまない」
どうして!?
もしかして気を遣って無理におもしろいと言ったと思われた!?
食堂に気まずい空気が漂う。
こんなとき、私にお姉様のような社交経験があれば会話を広げられたかもしれないのに……!
ええい、悩んでいても仕方ない。
とにかくお料理をいただこう。そして間を埋めよう!
私は手を動かし、スープを飲む。
サラダにも手を伸ばし、もぐもぐと食べ進めた。
しばらくすると、公爵様が急にまじめな声音で話しかけてきた。
「リネット」
「はい?」
「私のこともアルフレイドと呼んでくれ」
「わかりました……アルフレイド様」
私がそう呼ぶと、彼は少し口角を上げ嬉しそうな反応を見せる。
しかしその直後、いきなり席を立った。
「では、突然すまないが見回りの仕事が残っている。君はゆっくりと食べて体を休めてほしい」
「え?」
こんな時間に見回り?領主様で公爵様が直々に見回りをするの?
なんていう勤勉な方なの……!?
辺境で国を守るというのは大変なお役目なのだなと驚く。
アルフレイド様は颯爽と去っていき、その後を慌てて従者の方が追いかけていく。
パタンと扉が閉まると、給仕係の人が私のグラスにそっと水を注いでくれた。
「お忙しい方なのね」
何気なくそう呟くが、誰も答えてはくれない。
一人残された私は、食事の続きを始めた。
実はちょっとホッとしたのだ。
何を話していいかわからなかったし、正直なところコルセットが苦しい。
しかも、長旅で疲れていたのでお料理を全部食べ切れる自信はなかった。
初対面の公爵様の前で無理して食べるのもつらいので、こうして思いがけず一人になれて嬉しかった。
もしかすると私への気遣いで一人にしてくれた?
さすが女性の扱いに慣れていらっしゃる……!
「おいしい」
そら豆と野菜のポタージュスープがほんのり甘く、温野菜と鶏のソテーもとてもおいしい。
私は自分のペースで食事を楽しみ、部屋へと戻っていった。