誤解
深夜の寝室。
ベッドで並んで眠るふたり……に見えるものの、アルフレイドは目を閉じているだけで意識はとてもはっきりしていて、置き物のようにじっとしていた。
(俺がいることでリネットが眠れるなら素晴らしいことだ。俺は……寝られないけどな!!)
隣からは小さな寝息が聞こえていて、すでにリネットはぐっすりと眠っていた。
さりげなく薄目でそれを確認したアルフレイドは、リネットに捕まっている腕をそっと引き抜こうとするもののがっしりとホールドされていて逃げられない。
(そんなにも俺と離れたくないと?)
アルフレイドはゆっくりと態勢を変え、リネットの寝顔を眺める。
(実の娘を……しかもこんなに愛らしいリネットを姉の身代わりに差し出すとは)
ふと頭に浮かんだのは、リネットの両親のことだった。
(ダナンに伯爵家を調べさせたから、夫妻の愛情が姉のマリアローゼだけに向かっていたことは聞いていた)
夫妻は姉の方ばかりをかわいがり、リネットのことは放置していたという。
(身体的な虐待こそなかったようだが……寂しかっただろうな)
子を愛せない親がいることは知っている。
でも自分の妻の親がそうだったのだと気づくと沸々と怒りがこみ上げてきた。
「これからは俺がいるから」
アルフレイドはリネットが風邪で倒れたとき、食事の際に言われた言葉を思い出した。
酒は毒や惚れ薬などが入っているかも、と不安があるので飲まないとアルフレイドが話せば、リネットはこう答えた。
『えーっと、いざとなったら私が身代わりになれば解決します?』
(リネットは、自分が我慢して物事が解決すればそれでいいと考えている)
そこに不満も違和感も抱いていない。
あるのは『諦め』という感情だろう。
(もっと欲を出してほしい。幸せになりたいと願ってほしい)
捕まっていない方の手で柔らかな金髪をすくと、言いようのない愛おしさが胸に広がっていく。
姉のまねをやめたリネットが、まっすぐにアルフレイドを見つめる瞳や笑う顔が彼は好きだった。
『あなたは皆に誇れる、素晴らしい領主様です。私は、今ここにアルフレイド様がいてくださることに感謝しています』
二人で出かけたときも、リネットは嘘偽りのない目でそう言ってくれた。
「いてくれて感謝しているのは俺の方だ」
眠るリネットの頭に唇を押し当てても、まったく気づかないくらいに熟睡していた。
起きているときに触れたらどんな顔をするんだろうか?
こんなにも誰かの反応が気になるのは初めてだった。
もう王都行きはやめて、領地へ連れて帰りたい。
アルフレイドは心の底からそう思っていた。
ダナンの声で「ダメです」という幻聴が聞こえて現実に引き戻される。
「王都では、リネットと両親を会わせないようにしなければ」
嫌な思いをするくらいなら会わなくていい。
マリアローゼが見つかっても、リネットの気持ち次第では会わずに国外追放にすることも考えていた。
しっかりと抱きしめ、リネットは俺が守ると誓う。
「リネットが許しても俺が許せない……特にカーマイン伯爵」
アルフレイドはぎりっと歯を食いしばって怒りを堪える。
「あんな本をリネットに持たせるとは」
王都から持ってきた悪女を目指す本。
とっくの昔に存在はバレていた。
書庫に隠したことで、執事経由でアルフレイドに報告が上がっていたのだった。
リネットが隠したがっているようだったので何も聞かなかったが、あの異質な本の存在はずっと引っかかっていた。
「きっと俺を騙すために勉強しろと父親に命じられたに違いない。おのれカーマイン伯爵め!」
新たな誤解が誕生していた。