姉の行方
貸し切りのティーサロンに沈黙が広がる。
アルフレイド様たちはすでに予想していたみたいで、私の言葉に驚くそぶりはなかった。
ただ一人ヤニクさんだけは、私を見つめて愕然としていた。
「なんで……姉って何?どこからどう見てもあなたは僕の『リネット』なのに」
「双子なんです」
私とお姉様は一卵性の双子で、ヤニクさんが見分けられないのも無理はない。
両親だって私たちの服装や化粧、言動が正反対だから間違えないだけで、本当に見分けられるのはマイラくらいだろう。
「約半年前、姉は王都の邸から姿を消しました。縁談を嫌がって……」
捜索はしたものの足取りがまるでつかめず、困った両親は私を身代わりに立てた。
「姉は華やかな場所を好む性格だったので、遠くへ嫁ぐのは嫌だったのだと思います」
記憶は鮮明なのに、何だかずっと昔の話みたい。
私は話しながらそう思った。
「それでお相手がリネット様に変わったんですね」
ダナンさんは腑に落ちたという顔でそう言った。
私は静かにうなずく。
「病で療養中ということだったが、行方知れずだったんだな。なるほど」
アルフレイド様もふむふむといった様子で頷いていた。
あれ?まったく意外そうじゃない……?
怒ってもいないし、悲しんでもいないなんて。
私の視線に気づいたアルフレイド様は淡々と答える。
「王都育ちの令嬢に、辺境の公爵領へ行けというのは酷な話だからな」
「公爵家という地位や財産は魅力的ですけれど、王都に比べて寒いですし、魔物もたくさん出ますからねえ。夜会もパーティーもほとんどなく退屈でしょうし」
アルフレイド様に続き、ダナンさんも苦笑いでそう話した。
寒い→ふわふわの雪が見られる
魔物が出る→王国一の強固な砦で暮らせる
夜会がない→落ち着いてのんびりできる
どれも私にはぴったりでしたが!?
姉が嫌がったことは、二人にとっては想定の範囲内だったらしい。
「第一、俺の評判はよくないからな。一夜の遊び相手ならともかく結婚となれば逃げられても不思議はない」
「そんな……!悪いのはこちらです」
家出したとは言えず、病気だと嘘をついたのだ。
「姉は病だと偽り、本当に申し訳ありません」
私が深々と頭を下げれば、マイラも一緒に頭を下げる。
ここでダナンさんが少し嫌そうに眉根を寄せて尋ねた。
「まあ病人がいなかったのはいいことなんですけど」
「?」
「もしかして、支度金って……」
「!!」
さすがダナンさん。
だいたいの予想がついたらしい。
「姉が持っていきました」
答える声が小さくなる。
「っ!」
アルフレイド様は絶句していた。
「あ~、それで荷物がほとんどなかったんですね」
「ソウデス……」
自分の家の恥を晒すことになり、私は気まずくて視線を反らした。
公爵領まで行くのが精いっぱいで、新しく何かを揃える余裕なんてなかった。
「リネット様が持ってきていたドレスや装飾品はお姉様の物ですか?」
ダナンさんが尋ねる。
「はい。この縁談は姉に来たものでしたので、姉のように振舞わなければ追い返されると思って」
「そういうことか……!」
アルフレイド様が目を見開き、ショックを受けていた。
「俺はリネットにつらい思いをさせてきたんだな……俺が俺を罰すればいいか?どうすれば許される?」
「そんな!!私は伯爵家にいた頃よりずっと幸せでした!つらい思いなんて何一つしていません!」
懸命に訴えかけるけれど、アルフレイド様は右手で顔を覆いうなだれていた。
どうしよう。
私が幸せだったと信じてほしい。
アルフレイド様には感謝しかないのに、私のせいで落ち込まないで。
何をどう伝えれば気持ちが伝わるのか、私はおろおろしながらアルフレイド様を見ていた。
そのとき、ここまで黙っていたヤニクさんが大いに混乱した様子で口をはさむ。
「え、ちょっと、あんまり理解できないんですけど……、双子で?身代わりで結婚?仲良しなのになんで公爵様は悲しんでるの?」
ヤニクさんはダナンさんに尋ねるも、さらっとスルーされた。
「あなたは理解できなくて大丈夫です」
「雑な対応!」
ヤニクさんは諦めたようにあははと笑う。
そういえば、この人も姉に翻弄された被害者なのよね……。
可哀そうだけれど、そこだけは理解してもらうしかない。
「私が本物のリネットで、ヤニクさんの恋人はマリアローゼです」
「えええ……」
ヤニクさんによれば、彼と姉はこの街の歌劇場で出会い、すぐに恋に落ちたという。
姉は家名を名乗らず、裕福な商家の娘だと偽っていたらしい。
「認められないよぉ。運命の恋だと思ったのに!」
「でもいきなり捨てられたんですよね?」
あっ、ダナンさんが辛辣なことを!
ヤニクさんはしゅんと落ち込む。
「姉が騙してごめんなさい」
私が謝ると、ヤニクさんはようやく理解してくれたみたいだった。
「あなたは本当に彼女とは違うんだね。……彼女なら絶対にそんな風に謝らない」
悲しいかな、その意見には完全に同意できた。
だって私もお姉様が誰かに謝るところを一度も見たことがないから……。
『この世のルールは私よ!』な人だったもの。
「僕は彼女の誰にも媚びない強さが美しいと思ったんだ」
ヤニクさんは少し寂しそうだった。
騙されていたと認めるのはつらいだろうな……。
「あの、姉とはこの街で一緒に暮らしていたんですか?」
「ううん、リネッ……いや、マリアローゼは川沿いの別荘に滞在していた」
リネットと呼びかけてアルフレイド様に睨まれたヤニクさんは、慌てて呼び名を変えた。
「別荘ですか」
「ああ、でももう今は別の家族が使ってる」
う~ん。
お姉様の性格から考えると、きっと複数いる恋人の誰かにその別荘を借りてもらったのだろう。そして滞在中にヤニクさんと出会い、恋愛を楽しんでいた。
姉が家出してからのことが朧げに見えてくる。
「まさか王都を出ていたとは」
捜しても見つからないはずだ。
それにしてもどうしていきなりいなくなったんだろう?
私が疑問に思っていると、グランディナさんが先んじてヤニクさんに尋ねてくれる。
「突然いなくなったって、喧嘩でもしたんですか?」
「してない。すっごく仲良かったよ!!」
「思い当たる節は?」
「あ……あなた方の話を聞いたら……あった」
ヤニクさんははたと何かに気づいたそぶりでアルフレイド様を見た。
「先月、クラッセン公爵様が領地でお披露目をしたって新聞で目にしました。マリアローゼはその記事をやけにじっくり読んでいたから印象に残っていて」
もしかして、そのときに私が身代わりに結婚したことを知ったの?
「もう自分が連れ戻されることはなくなったと思った?」
つまり、姉は王都に戻った……!?
おもいがけず姉の消息がつかめそうで、私は緊張から胸の前で手を握り締めた。