事件現場ですか?
「ん――!よく寝たわ」
朝、すっきりとした気分で目が覚めた私は、ベッドの上で両腕を上げて大きく伸びをする。
二日酔いもないし、体の疲れも残っていない。
窓の外はすでに明るく、昨日見たのと同じ美しい街並みが広がっていた。
「おはようございます、リネット様」
「おはよう」
隣室にはすでに朝食の用意ができているみたいで、ふんわりとおいしい香りが漂っている。
焼きたてのパンの香りを感じ取った瞬間、お腹が小さく鳴るのが聞こえてきた。
マイラはふふっと笑い、安心したように眉尻を下げる。
「お食事は問題なく召し上がれそうですね。一応、オートミールやパン粥も用意するようにアルフレイド様から言付かっていましたが」
「平気よ。何から何までありがとう」
私は照れ笑いでお礼を伝えた。
妻の朝食の心配までしてくれるなんて、アルフレイド様は本当に優しい方だ。
寝巻のまま隣室へ向かえば、テーブルの上にはパンやサラダ、キッシュにチーズ、オムレツ、スープなどたくさん用意してあった。
「おいしそう。出発時刻に間に合うように急いで食べないとね」
私がそう言うと、マイラがその必要はございませんと笑顔を見せた。
「王都への出発は明日の正午に変更となったそうです」
「そうなの!?」
淹れてもらった紅茶のカップを手にしたまま、私はマイラを見つめる。
王都は目と鼻の先にある。
ここで1泊延長するなんて何かあったのかしら……?
アストン男爵のことは話がついたってアルフレイド様がおっしゃっていたし、水や物資の補給に時間がかかるとか?
私が不思議がっていると、マイラも同じような顔をした。
「私たちも詳しい理由は聞かされていません。『この街で確認したいことができたから』とおっしゃって、アルフレイド様はダナンさんとおでかけになりました」
「そうなのね……」
二人は「日暮れまでに戻る」と告げ、早朝にここを発ったらしい。
「アルフレイド様とダナンさん、あまり休めなかったんじゃないかな」
私だけゆっくり寝てしまって申し訳ないわ。
これから体力をつけきゃ、と思った。
そんな気持ちを察してか、マイラは私を励ますように笑顔で言う。
「お二人がお戻りになるまでリネット様はゆっくり休んでください」
「うん、そうさせてもらおうかな」
私がどこかへ行きたいと言うと護衛や馬車の手配が必要になるだろうし、今日はもう部屋で静かに過ごそう。
本を読むか、それとも筋トレをちょっと多めにするか……。
食事をしながらそんなことを考えていると、テーブルクロスに施されている蔦の刺繍が目に留まる。
刺繍なら部屋でできるかも、と思いぱっと顔を上げる。
「ねえマイラ、刺繍糸ってある?それから──」
アルフレイド様が戻ってくるまでたっぷりと時間はある。
私は部屋である物を作ることにした。
日暮れより少し前、私が部屋で刺繍の片づけをしているとメイド長がやってきた。
「アルフレイド様がお戻りになられました」
「すぐに行くわ!」
私は青いリボンをかけた包みを持ち、部屋を出る。
今日はずっとハンカチに刺繍をしていたのだ。
アルフレイド様、喜んでくれるかな?
「もう出来上がったのですか?」
マイラが私の持っている包みを見て驚いた顔をする。
私は笑顔で「うん」と答えた。
「自分でも上手にできたと思う!」
黒い糸がなくなる前に完成してよかった。
こんなに一生懸命に刺繍をしたのは初めてだった。
アルフレイド様の反応を想像するとどきどきして、早く見せたい気持ちからつい足早に廊下を進んだ。
「あちらです」
アルフレイド様は一階のティーサロンにいるらしい。メイド長やマイラと共にやってくると、扉の前には公爵家の騎士が立っていた。
宿の中なのにやけに厳重な……と思いつつも、私はティーサロンの中へ入る。
するとそこにはアルフレイド様とダナンさん、グランディナさんに加えて見慣れない男性がいた。
「──え?」
私の手からぽろっと包みが落ち、マイラが慌ててそれを拾ってくれた。
「ああ、リネット。ただいま」
「おかえりなさいませ」
反射的にそう言ったけれど、目の前の状況が理解できずにいた。
え?なにこの状況。
どうして知らない男の人が両手両足を縛られて椅子に座っているの……?
「えーっと?」
この人は誰だったかしら?
予想外の光景に私は唖然として立ち尽くしていた。