妻として
アストン男爵邸での食事会。
私はアルフレイド様の膝から下りて、すぐ隣に座ることに成功した。
でも椅子はものすごく近い。
ちょっとおかしなくらい近い。
少しでも離れようとすると、アルフレイド様が私を見て「そばにいてくれ」って言うから……!
かわいすぎて離れられません!!
私でよければそばにいます!
「さあ、どうぞどうぞ」
イリーナさんはアルフレイド様を狙っているのかと思いきや、なぜか私にたくさんワインを薦めてくる 。
もしかして私の勘違いだった?
笑顔の彼女を見ていると自信がなくなってきた。
私がアルフレイド様を好きすぎて、無意識のうちに近づいてくる女性を敵視してた?
もしそうだったらものすごく恥ずかしい……。
ごめんなさい、と心の中でつぶやく。
「こちらも名産なんです。ぜひぜひ」
「いただきます」
注がれるままにワインを飲む私。
アルフレイド様は私のためにお肉を切り分けてくれるし、私は二人にお世話されている状態になっている。
「まあ、公爵様はとてもお優しいのですね!リネット様はお幸せね」
イリーナさんが大げさなほどに笑顔でそういった。
やっぱりどことなく棘のある感じはする。
でもただ事実を言われているだけだしな……。そう思った私は、気にせず笑顔で答えた。
「はい、とても幸せです」
「ええ~?そうなんですかぁ~?」
羨ましいですとイリーナさんは続ける。
「やっぱり男性に愛される方法をよくご存じなんですね~。ぜひ秘訣を教えてもらいたいわ」
どうしよう。
秘訣なんて私の方が知りたいくらいですよ?
突然の質問に戸惑った。
アルフレイド様がそのままの私でいいって言ってくれた今、もう恋多き女のふりをする必要はない。
ここは正直に……
私はにこりと笑いながら答える。
「まったく考えたことがありません」
「なっ……!」
イリーナさんは一瞬眉を顰めるも、引き攣った笑顔で言った。
「つまり才能だと?さすがですね」
「えっ」
そういう意味ではないんですが!?
否定しようとしたもののワインを注がれて会話が止まってしまう。
「さあもっと飲んでください」
「ありがとうございます」
たくさん注がれるからずっと飲まなきゃいけない。
私はまたもやごくごくとワインを飲む。
自分がどのくらい飲んだかわからないけれど、アストン男爵とイリーナさんよりもたくさん飲んでいることは確かだ。
アストン男爵と話をしているアルフレイド様がときおり私の方をちらりと見るのは、私が酔っていないか、無理していないかを確認してくれているんだろう。
目が合うと「平気ですよ」と心の中で返事をする。
ちょっと体がぽかぽかしてきたけれど……。意識はいたって普通のままだ。
「ところで……クラッセン公爵領は発展が目覚ましいそうですね」
イリーナさんがアルフレイド様に向かってそう話しかける。
「公爵様が領地運営に尽力なさっていると耳にしました。民を想う心、とても素敵ですわ」
まただわ。
また、イリーナさんがアルフレイド様を狙っているように見えてしまう。
私の嫉妬心が止まらない。
「お話を伺いたいです。ゆっくりと」
じっとアルフレイド様の目を見つめるイリーナさんは、恋する乙女といった表情だった。
これも私の気のせいなのかしら?
もやもやを抱える私だったけれど、アルフレイド様の反応はそっけないものだった。
「ありがとう。だがアストン男爵の方が領地運営については見識が広い。親子でゆっくり話してくれ」
「!」
俺は話すつもりはない、というアルフレイド様の気持ちが伝わってきた。
あまりにさらっと誘いを断るものだから、私もイリーナさんも目を丸くした。
「リネット、このケーキとプディングもどうだ?甘い物、好きだろう?」
アルフレイド様はそう言いながら私に向かって微笑みかける。
ああ、そうよね。
アルフレイド様は誰かに言い寄られてもその手を取ったりしないわね。
誠実な人だもの。
自分の嫉妬がばからしく思えて、私は思わずふっと笑ってしまった。
「いただきます」
ケーキを一口食べると、クリームの甘さが広がっていく。
イリーナさんはアルフレイド様にしっかり拒絶されたのが悔しかったのか、黙ってうつむいている。
それを見かねたアストン男爵は、途端に声を張り上げてアルフレイド様に提案した。
「おおっ、そういえば公爵様にお見せしたいものが!!」
「なんだ?」
「王家に関わる大事なことです!ここではアレですから、別室へご案内いたします!」
「しかし……」
アルフレイド様は私をちらりと見る。
王家と口にされては無視できないけれど、私のことが心配なのだろう。
ここは妻として、私にできることをしなければ。
「私なら平気です。グランディナさんもついててくれますし」
彼女の方をちらりと見れば、「もちろんです」と返事がよこされた。
アルフレイド様は男爵を疑っている様子で、でも私がさらに「行ってきてください」と伝えると「わかった」と言って席を立った。
「すぐに戻る。すぐ!!だから、この食堂から出ないでくれ」
「わかりました」
アストン男爵とアルフレイド様が食堂から出ていくと、しんと静まり返る。
「「…………」」
イリーナさんはそわそわし始めて、出ていった二人が気になって仕方がないという雰囲気だった。
食べるイリーナさん。ワインを飲む私。
無言の時間がしばらく続き、私が残りのワインを飲み干しているとイリーナさんは我慢の限界が来たという風にカトラリーを置いた。
「私も少々、席を外しますね」
イリーナさんがそういうと同時に、私はぱっと彼女の右手を掴む。
「だめです」
「っ!?」
アルフレイド様のところへ行くのね?
そう思ったら、一瞬だけ小さくなった嫉妬心が一気に大きくなった。
たとえ何も起こらなくてもやっぱり嫌なものは嫌!
妻として見過ごせないわ。
「一緒にいましょう?仲良くしましょう?」
「ひっ!」
私はできるだけ笑顔で、イリーナさんをこの場にとどめようとする。
どんどん焦り出したイリーナさんは、必死で手を引いて私から逃げようとしていた。
「離して!こんなことしてる場合じゃ……!私以外にも養女はいるんですよ!!」
「それが?」
「アルフレイド様が!狙われているのよ!」
いや、狙っているのはイリーナさんでは。
状況がよくわからない。
「さっきのアルフレイド様の反応を見て、お義父様は私は彼の好みじゃないって判断したのよ!だから別室で私以外の養女を引き合わせようと……」
「何ですって!?」
私は驚いて思わず手を放す。
「でもどうして私にその話を」
「私は私が一番大事だからよ。ほかの女にチャンスを与えるなんて絶対にいや」
「なるほど……?」
とても自己中心的な理由だった。
妙に納得してしまう。
「ねえリネット様。私は弁えている女なんです、公爵夫人の座なんて狙っていないわ。ただ、愛人になれればそれでいいの」
「それは弁えてるっていうんですか!?」
「仲良くアルフレイド様を支えましょう?ね?だから協力して」
「無理です!」
仲良くできるわけがない。
私は狼狽えながら叫んだ。
「私!嫉妬深いんです!アルフレイド様に愛人なんて絶対に絶対に許せません!」
もしそんなことになったら、この人のことを本の角で叩いてしまうかもしれない……!
大事な本で人を傷つけるなんて本当に悪女じゃないの!
私は勢いよく席を立つ。
「アルフレイド様のいる別室に案内してください!私がアルフレイド様を助け……」
そう言った瞬間、食堂の扉がガチャリと音を立てて開く。
そちらに目を向ければ、さっき出ていったばかりのアルフレイド様が入ってきた。
「待たせてすまなかった」
「「「早っ」」」
私たちの声が重なる。
「すぐに戻ると言っただろう?」
アルフレイド様は私のそばへ足早に近づいてきて、笑顔で告げる。
「帰ろう。アストン男爵とは話がついた」
「え?そうなんですか?」
気づけば食堂の扉の前に、小刻みに震えるアストン男爵が立っている。その傍らには、いつの間にかダナンさんが笑顔で付き添っていた。
アストン男爵は、小さな声で「すみませんすみません」とずっと謝っているのが気にかかる。
「あ、あの」
イリーナさんが困惑した様子でアルフレイド様に声をかけた。
けれど、アルフレイド様は私の肩を抱き寄せると彼女に向かってさらりと告げる。
「あいにく妻は嫉妬深いらしい。話しかけないでくれるか?」
「!?」
私ったら、外まで聞こえる声で叫んでたんだ……!
恥ずかしすぎて顔がどんどん赤くなるのがわかる。
「それでは失礼する」
アルフレイド様は私を連れ、食堂を後にする。グランディナさんが私たちの後ろに続き、その目が生暖かいような気がして振り向けなかった。