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リネット、悪女を装う

街で一泊してから公爵様のお城へ行くつもりが、いきなりご本人に遭遇して城に着いてしまった。


「ようこそいらっしゃいました」


「お世話になります……」

ずらりと並んだ使用人は、100人以上いるのでは……?

カーマイン家の使用人は全員を集めても6人だったので、あまりの格差にびっくりだ。


悪女モードではなくリネットの状態で来てしまった私は、こそこそと隠れるように小さくなって中へ入った。


公爵様は「それでは晩餐で」とだけ言い残し、足早に城内へ消えていく。

とても急いでいたので、何か大事な用事があったのかもしれない。そんなときにわざわざ迎えに来てくれるなんて、とても親切な方なんだなと思った。


使用人を代表して私に挨拶をしてくれたのは、初老の執事・ゲイルさん。

生まれも育ちもこの街で、代々領主に仕えているという。


「お待ちしておりました。何なりとお申し付けください」


「ありがとうございます。カーマイン伯爵家から参りました、リネットと申します。こちらでの暮らしは初めてですので、どうかご指南のほどよろしくお願いいたします」


「は、はい……?さっそくですが二階のお部屋にご案内いたします」


王都から来た貴族令嬢なのに、随分と地味だなと思われたのかもしれない。

私はどうにか平静を装い、案内された私室へと向かった。

そして、さっそく引きこもって作戦を練る。


「ここから挽回しなきゃ……!追い返されるわけにはいかない」


「うまくごまかせますか?」


不安そうなマイラ。私の化粧を終え、手に持っていたブラシを箱に片付ける。


「やるしかないでしょう」


鏡に映る私は、さっきまでのリネットでなく姉そっくりの華やかな顔に変わっていた。


「すごい、本当にお姉様になったわ。ありがとう!」


「リネット様、笑顔がすでに悪女ではありません」


「しまった、気を付ける」


余裕があるように、扇を広げてふふっと小さく笑う。

何度か練習してみて、姉らしく振る舞うことを意識する。


「緊張しているくらいがちょうどいいかと。表情がやや硬い方が悪女らしく見えます」


「わかった……!」


いきなり失敗したけれど、これから公爵様との晩餐だ。そこでしっかり彼好みの女を演じて見せる。


「化粧ってただ派手なだけじゃないのね。華やかと派手って違うんだ」


鏡をまじまじと見つめ、感想を述べる。

マイラは苦笑いだった。


「濃い目のカラーをただ塗るだけでは、下品な印象になります。お顔の凹凸に沿って濃淡を少しずつ変えることで『何もしてないけれどきれいなのよ』という風を装うのです」


「へぇぇぇ」


「マリアローゼ様のような印象にするには、特に目元と唇が大切です。アイラインはさりげなく、色気が出るようにほんのりピンク色のパウダーを瞼に乗せ、唇には発色のいいクリストローゼの赤を使いました」


「色々あるのね」


マイラの解説をただただ感心しながら聞く私。

気を抜くとすぐにマヌケな表情になってしまうのは意識してやめなければ……。


「ありがとう。これならお姉様に見える」


「私から見ればお二人は全然違いますけれど……。でもマリアローゼ様はリネット様の名前でもパーティーに出入りしていましたから、他人の目はごまかせると思います」


「あぁ、喧嘩して出入り禁止になったら私のふりをして参加してたものね。やめてほしいと思っていたのに、そのおかげでこうして身代わりになれたんだから良かったのか何なのか」


ちょっと複雑な気分である。

嘘をつくのは心苦しいけれど、ほかに方法がない。

真っ赤なドレスの裾を軽く握り、私は席を立った。


「それにしても、晩餐のための支度をするだけでこんなに時間と労力がかかるなんて知らなかった」


夜会に出ない私は、コルセットを着けるのも、一人では着られないドレスを纏うのも、隅々まで肌の手入れをしてお化粧をするのもデビュタント以来のことだ。


「コルセットをこんなに締めて、食事なんてできる?ううん、その前に食堂にたどり着けるかな……?踵の高い靴なんて3年ぶりよ」


柔らかな絨毯がものすごく歩きにくい。

重くて長い、チュールたっぷりの裾もすぐに踏みつけて転んでしまいそうだった。


「ううっ、肩が寒い」


胸元がざっくり空いた赤いドレスは、レースがあるとはいえ肩や首は無防備で、気慣れない薄い生地に私は顔を顰める。


こんなに派手で露出の多いドレスを着るのは恥ずかしいが、羞恥心よりも寒さの方が上をいっていた。


「ショールをお持ちしましょうか?」


「大丈夫、なるべくお姉様みたいにしないと立派な悪女になれないから」


オシャレは我慢。誰かがそう言っていた。

まさしく今がその状況だろう。


衣装室に並ぶお姉様のドレスを横目に、これをすべて着こなせるようにならなければと決意する。

私の視線に気づいたマイラは、言いにくそうな顔で教えてくれた。


「マリアローゼ様だけでなく、伯爵令嬢なら1日に最低3回はお召し替えがあります。人と会う予定があるときは6回になることも」


「6回!?」


「着飾ることが役目ですので」


「確かにお姉様は何度もドレスを着替えていたわ」


双子だから身長もスタイルも同じ、と甘くみたのがいけなかった。

姉になりきって暮らす練習もしてこればよかったと後悔する。


「裾を踏んで転ばないように気をつけなきゃ」


「遊び慣れた男性は、女性が少し躓いたくらいで指摘しないと思いますよ?見て見ぬふりをしてあげるのがマナーですから」


「えっ、優しい」


確かに、遊び慣れた男性は口うるさくなさそうだ。マイラの言葉にちょっと気持ちが軽くなる。


「転ばないのがもちろんよろしいですが」


「それはそうね」


派手に転んでいいわけはない。気を引き締めていこうと思った。


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