恋愛初心者聖域
アストン男爵からの招待を受け、私とアルフレイド様は華やかな衣装に着替えると馬車に乗り込んだ。
街の北側に向かい、石畳の上をゆっくりと進んでいく。
馬車の中には私とアルフレイド様、そして向かい側にダナンさんとグランディナさんがいる。
二人とも騎士服姿で、私たちの護衛ということになっていた。
「ダナンさんが剣を持っているのは珍しいですね」
私がそういうと、彼は明るい笑みを浮かべて答えた。
「書類仕事が得意なだけで、私も元は騎士採用なんです」
「そうだったんですか!」
「従者、護衛、世話係……何でもやりますよ」
一方、グランディナさんは「書類はいや~」と苦笑いだった。
得意不得意があるらしい。
「ところで、アストン男爵の目的は俺へのご機嫌伺いで合ってるか?」
アルフレイド様が首をかしげながら言った。
「ええ、そのはずです。特に取引はありませんので」
ダナンさんによれば、アストン男爵は社交界によく顔を出す人らしい。
どこの派閥にも属さず……というより属せず、いろんな貴族に取り入る隙を伺っているのではないかとのことだった。
「警戒するほどの貴族ではありません」
レックス侯爵との繋がりもなし、と調査済みだった。
アルフレイド様はダナンさんの言葉に納得した様子を見せる。
「まあ、滞在中の領地で晩餐に誘われるのはよくあることだしな」
「よくあるんですか?」
今回の旅も三つの領に立ち寄ったけれど、誰とも食事はしていない。
私がきょとんとした顔で尋ねると、グランディナさんが笑顔で言う。
「公爵家と繋がりたいと考える貴族は多いですから。でもアルフレイド様が全部断ってきました」
「えっ、それなのに今回はどうして?」
アルフレイド様はあまり人と会いたがらない。
忙しいというのもあるが、華やかな場は好きじゃないんだろうなと感じていた。
「古城が」
「はい」
「アストン男爵は古城に住んでいて、それがその、リネットが見たいかと」
「私のために?」
古城?
何それとっても見てみたい……!
アルフレイド様は私のために男爵の招待を受けてくれたんだ。
私のために。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
「あ、ああ」
思わずアルフレイド様の腕に抱きついてしまう。
「でも無理しないでくださいね?」
「それはもちろん」
アルフレイド様も私を見つめ、優しく微笑んでくれた。
「寒くないか?」
「ふふっ、平気です」
幸せな気分に浸っていると、グランディナさんがぽつりとつぶやく。
「浄化される……聖域がここに……」
なぜか拝まれている。
そして隣にいるダナンさんは遠い目をしていた。
「私が消えたら残った書類は頼みますね」
「残すなら骨だけにして。拾うから」