例のアレ
王都までの道のりはとても楽しかった。
アルフレイド様が私に様々な場所を案内してくれて、自分の国なのに知らないことばかりだと驚いた。
「いよいよ明日は王都ね!」
ここは王都のすぐ隣にあるアストン男爵領。
赤レンガの街並みは芸術的な美しさで、多くの画家が絵を描くために訪れるほどだと聞いた。
ちなみに私が王都を出発したときは、先を急ぐあまり素通りしてしまっていた……。
宿屋に到着してすぐ窓の外を眺めると、美しい夕焼けが見えた。夕日に照らされた赤い屋根を見ていると絵を描きたくなる気持ちもわかる。
マイラがさっそく紅茶を淹れてくれて、私はテーブルにつきそれを一口飲んでホッと一息ついた。
「ありがとう。でもマイラも休んでね?長旅で疲れたでしょう?」
馬車に乗っているだけとはいえ、移動するのは体力がいる。
他人とずっと一緒だから気疲れもする。
「夜になればちゃんと休みますから大丈夫ですよ」
マイラはそう言って笑顔を見せる。
「リネット様こそ、体づくりでご無理のないように……」
「うん、ほどほどにするわ」
アルフレイド様のために剣を習おうと思った日から、毎日コツコツ腕力をつけようとがんばっている。体づくりは想像より大変だったけれど、適度な運動は健康にいいとのことで、メイサ医師からも賛成された。
「──ところでマイラ」
「はい」
「例のアレ、持ってきてくれた?」
真剣な顔で私は尋ねる。
マイラも同じく真顔でうなずいた。
「こちらにございます」
マイラが公爵領から馬車に積み込んできてくれたのは、古びたトランクだ。
私が王都から持ってきた数々の本が収められている。
「アルフレイド様に見られる前に、王都で手放さないと」
悪女になるための指南本たちは、すべて読み込んだけれどこの先出番はないと思う。
公爵邸では書庫に紛れ込ませて隠していたこれらは、王都で処分することにした。
「一応、ルイザにも『見られたくない物を処分するにはどうしたらいいか?』と聞いたのですが、『燃やせば?』との答えが……」
「ダメよ!本を燃やすなんてできないわ」
本は貴重なのだ。中身が何であれ燃やすなんてことはできない。
私は首を振る。
「王都にはこれを買った本屋があるわ。そこへ持っていって売るのがいいと思うの」
「もしくは図書館へ寄贈でしょうか?」
マイラの提案はあくまで普通の本だった場合である。
「これを?」
「無理ですね」
きっぱりと否定するマイラも、この本が何であるかを思い出したらしい。
問題はタイミングである。
「王都のタウンハウスへ到着したら、これを売りに行く時間が欲しいわね。できればアルフレイド様には内緒で」
本を買いに行きたいと言ったら外出許可がもらえるかな?
アルフレイド様はお忙しいだろうし、私一人の時間はありそう……。
隠し事は気が引けるけれど、こればっかりは見逃してもらいたい。
「ご予定をどうにかねじ込みます!」
「ありがとう!」
「それまでは私がきちんと隠しておきます……!」
何から何までマイラにお任せで申し訳ない。でも今はこれしか方法がなかった。
マイラがクローゼットの中にトランクを押し込んだとき、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
「リネット様、ダナンです」
「どうぞ」
夕食の時間にしてはまだ早すぎる。
どうしたのかと思いながらも返事をすると、着替えを済ませたダナンさんが入ってきた。
「到着して早々にすみません。実は今夜の予定が変更になりまして──」
「?」
ダナンさんの後ろにはルイザとメイド長も立っている。
二人は、真珠がたくさんついた青いドレスと髪飾りや靴の入ったボックスらしき物を持っていた。