マイラの心配事
「──以上が、あなたの雇用条件です。何か質問があれば私からアルフレイド様にお伝えしますよ」
馬車の中で、メイド長がマイラにそう告げる。
このたびマイラはようやくクラッセン公爵家の使用人になった。
本来ならリネットとこちらへ来た際にすぐにでもそうなるはずだったのだが、カーマイン伯爵家から必要な書類が届かず、今まで時間がかかってしまった。
「ありがとうございます。十分な待遇に感謝しています」
マイラはほっと安堵した様子で笑顔を見せる。
隣に座っているメイドのルイザも「よかったね」と微笑んだ。
「主人はアルフレイド様ですがリネット様を優先してよいとのことですから、今まで通り励んでください」
「はい」
「それにしても……カーマイン家のご当主は、マイラの書類を送ってきたときもリネット様の近況について尋ねもしませんでしたね」
メイド長がやや呆れた様子でそう嘆く。
普通は一言くらい「娘は元気か?」などあってもいいものだし、それ以前にリネット宛に手紙が来ていてもおかしくない。
娘に興味関心がないことが伝わっているらしい。
「まあ、そういう方でしたので」
金の無心をされないだけましだろう、とマイラは思っていた。
(リネット様が何不自由ない暮らしをしていると知れば、きっと娘を利用しようとする……便りがないのが一番!)
伯爵家から手紙が来たらすぐに教えてほしいとダナンには伝えてあるけれど、これといって向こうからの接触はない。
(マリアローゼ様もまだ行方不明のままみたいね)
リネットと瓜二つの姿でありながら、性格はまるで正反対の姉。
数多くいた恋人の誰かの邸に匿ってもらっているのだろう、と思われた。
(せめて支度金さえ取り戻せれば、リネット様の心配事も減るのに。ああ、でも公爵家の給金なら私が10年働けば支度金を弁済できるのでは?もしもリネット様が逃げ出したいと思ったらそのときは──)
一人であれこれ思案していたマイラだったが、窓の外を見ればアルフレイドとリネットが楽しげに話をしているのが見える。
誰がどう見ても相思相愛と言った雰囲気で、とても幸せそうだった。
「──本当によかったです。リネット様がお幸せそうで」
支度金の返還の必要はなさそうね、と密かに思う。
マイラの嬉しそうな顔を見て、メイド長もルイザも笑顔になった。
「そろそろ休憩かしらね?お昼を食べたら、リネット様には馬車に戻ってもらいましょうか」
「そうですね、あまり外にいては日焼けしてしまいます」
「楽しそうなところ申し訳ないけれど……」
リネットとアルフレイドは湖を見て興奮気味に話している。
馬車から向けられる視線にも気づかず、二人の世界に入り込んでいた。