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幸せなひととき

「ねぇ、マイラ」

「はい」

「私、剣を習おうと思うの」

「……剣ですか?一体なぜ?」


日傘をさして庭園を散歩中、足を止めた私はマイラにそう話しかける。

ここからは女性騎士たちが訓練をしている様子がさりげなく見えるので、私の定番お散歩コースになりつつあった。


マイラは不思議そうな目で私の言葉の続きを待つ。


「アルフレイド様に守られるだけじゃダメかなって」


ここは平和な王都とは違う。

城壁から出れば魔物が棲む領域なのだ。


「もちろん護衛騎士もいるし、邸から出なければ安全かもしれないけれど、自分の身は自分で守れた方がいいと思うの」


「それはそうですが、さすがに剣は難しいのでは?」


マイラは首を傾げてそう言った。

うん、私も難しいことはわかっている。

でもいざというときに後悔するよりは、今から少しずつ訓練しておきたい。


「どんな英雄も最初は素人よ。何年も努力すれば少しは上達するかもしれないじゃない?」


「その細腕で本当に剣を?」


「鍛えれば筋肉だってつくわよ、きっと」


アルフレイド様を守れる公爵夫人になりたい!

私はやる気に満ちていた。


「まぁ……そうですね。逃げる体力はあった方がよいかと思います」


マイラは現実的だった。

でも諦めきれない私はアルフレイド様に相談しようと決意する。


そして昼食のあと、アルフレイド様の私室でお茶をしている際におもいきって打ち明けた。


「私も強くなりたいです!剣を習わせてください!」


「リネットが剣?」


「はい!」


真剣な目で訴えかければ、アルフレイド様は驚いた顔で動きを止めた。


「剣か」


「ええ」


アルフレイド様が悩んでいる。

黙り込んだまま、懸命に考えてくれているように見えた。

私はじっと彼を見つめる。


「ダナン、細めのサーベルを持ってきてくれ。見習い用の」

「かしこまりました」


隣室へ消えたダナンさんは、すぐに戻ってきた。その手には子ども用と思われる剣があった。


アルフレイド様はそれを受け取ると、私に見せながら言った。


「これは俺が最初に握った剣だ。触れても斬れない」


指で切っ先をなぞっても大丈夫だそうで、実際にやってみせてくれた。


「持ってみてくれ」

「は、はい」


おじいさまは決して剣には触れさせてくれなかったから、実際に握るのは初めてだ。

立ち上がり、どきどきしながらサーベルを受け取ると──アルフレイド様が手を離した瞬間、重みでガクンと腕が下がってしまった。


「わっ……けっこう重い」


練習用なのに!

両手で握っても、持ち上げるのが精いっぱい。


「それを自由自在に振れるようにならないと、本物の剣は持てない」


「これを」


「あぁ。その上、本物はもっと重い」


「もっと!?」


「本来は片手だしな」


「……」


アルフレイド様は苦笑いで、私の手に大きな手を添えて支えてくれた。


「無理をすると手首や肩を傷める。重い物を持つのは慣れていないだろう?」


「はい、不甲斐ないことに……」


私が持つ重い物と言えば、分厚い本くらいだ。

ドレスは重いけれどそれはまた別なわけで。


「強くなりたいという想いは否定しない。でも無理はしないでほしい」


「わかりました」


「まずは、軽い木剣を握るところから始めるのはどうだろう?剣術を習うのは数年後でも」


「!」


アルフレイド様の提案に、私はぱっと顔を上げる。


「いいんですか!?」


「あぁ」


無謀だと止められなかったことが嬉しくて、頬が紅潮するのがわかる。

がんばってもいいんだ。


「ありがとうございます!アルフレイド様」


私は笑顔でお礼を伝える。


「そうだな、ほら、数年後には……子どもがいるかもしれないし。子どもと共に学ぶのも……いいかと」


アルフレイド様は少し照れながらそう言った。

私もこどもと一緒にいる姿を想像して「なんて幸せな家族!」とますます上機嫌になる。


けれど少し離れたところから、ダナンさんのつぶやきが聞こえてきた。


「え、初夜もまだなのに子どもの話ですか?」


「いいじゃないですか、お二人が楽しそうなんですから」


すかさずマイラが窘める。

耳の痛い話だったけれど、聞こえなかったふりをした。

それは今後どうにかがんばります……と密かに思う。


──コンコンコン。


廊下側から扉をノックする音が聞こえてくる。

アルフレイド様が返事をすると、執事のゲイルさんが手紙を持って入ってきた。


「王城より使者が参りました」


「披露目が終わったばかりなのに一体何の知らせだ?」


封蝋は双頭のワシだった。

王家からの知らせだと私にもわかる。


アルフレイド様は怪訝な顔をして封筒を手にすると、すぐに中を確認し始めた。



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