王妃はご機嫌です
色とりどりの薔薇やハーブが広がる庭園で、王妃主催の茶会が開かれている。
招待されているのは10代後半から20代前半の令嬢たち。
皆、王妃に気に入られようととびきりの笑顔で過ごしている。
「これほど美しい庭園は初めてです。本当に素晴らしい……!」
「ええ、私もそう思います。見て、あちらの薔薇は白と青が見事なコントラストで」
「まぁ!今私がそれを言おうとしましたのに」
「いやだわ、心が狭いのではなくて?」
「あなたの方こそ」
ずっと笑顔を保ちつつも、次第に小競り合いが始まるのは仕方のないことだった。
二人の令嬢のそんな様子を見て、同じテーブルに座る赤髪をした令嬢が笑顔でなだめる。
「お二人とも、王妃様の前でそのような態度はおやめなさい。王太子殿下が欠席だからって……」
窘められ、はっと我に返る二人。
小さくなり「申し訳ございません」と呟くように言った。
「私は王妃様にお会いできれば十分にございます。今日も素敵な装いで、見習いたいですわ」
隣に座る王妃を見て、赤髪の令嬢はにっこりと笑う。
それに対し、王妃も満足げに微笑み返した。
「嬉しいわ。ペトラ嬢の気遣いに感謝しますよ」
「そんな、恐縮です」
ペトラ・ブランシュ侯爵令嬢。王妃が今一番お気に入りの彼女は、エリック王太子の婚約者候補筆頭と噂されている。
しかし、エリック本人はこういった茶会に姿を見せず、積極的に彼女と関わろうとしなかった。
(エリックにはやはりペトラ嬢のような子がいいかしらね。家柄も容姿も申し分なく、それでいて令嬢たちからも一目置かれるほどの才覚がある)
ほかの令嬢たちに話題を振り、笑顔で場を和ませるペトラを王妃は見つめていた。
「こちらの新しい庭園は国王陛下から王妃様に贈られたそうですね。いつまでも愛されている王妃様は皆の憧れです」
「まさに理想のお二人ですよね~」
令嬢たちの話題は庭園の話に。
王妃も彼女らに合わせて、さも幸せそうに答えた。
「陛下はお優しい方ですから。こうしてご自身の愛情を目に見える形で表現してくださるの」
「素敵です!」
「羨ましいわ!」
「近隣諸国でも側妃のいない国王は我が国だけ。王妃様がこれほど素晴らしい方だからこそ、陛下はほかの女性なんて目に入らないのでしょうね」
口々に褒め称える令嬢たち。
王妃はそれを否定せず、笑みを絶やさない。
けれどその内心は空しい気持ちでいっぱいだった。
(陛下は私が新しい庭園を欲しいと言ったとき、「好きにしろ」とおっしゃった。だから本当に好きにしただけ)
完成してからも、一度も陛下はここを訪れていない。
(不思議なものね。嫁いできたときはあんなに陛下の気を引きたかったのに……あの想いはすっかり枯れてしまった)
二十五年前、隣国の王女として責務を果たすためにここへ嫁いできた。
当時王太子だった彼と初めて顔を合わせたとき、胸が高鳴り「こんなにも素敵な方の妃になれるの?」と浮足立った。
ところがそんな気持ちはすぐに消えた。
──互いに役目を果たそう。心まで明け渡せとは言わない。
愕然とした。
政略結婚だから当然かもしれないが、ほんのわずかに残っていた夢見る心が砕け散った瞬間だった。
(でも長いときを過ごすうちにわかった。陛下は誰のことも愛していないだけ)
側妃を持たなかったのも面倒だったからだ。
(この子たちが言うような愛情は私たち夫婦にはない)
どれほど着飾っても、王太子を産んでも、陛下の態度は変わらなかった。
残酷なまでに平等だった。
(陛下にとって、私はその他大勢のうちの一人に過ぎない)
社交の場では仲睦まじく寄り添うのも、王妃としての役目だと割り切った。
(あの方は王としての責務を果たすためだけに存在している。そして、私にもそれを求めている)
まだ若かった自分を思い出すと、少しでも恋心を抱いてしまったことが無様に思えた。
(王妃になり二十五年。エリックが国王になることだけが私の希望)
そのためなら何でもする。
障害になりそうなものは排除すると王妃は決めていた。
(あの子は私のすべて。誰にも邪魔はさせないわ)
アルフレイドの結婚は、ここ数年にわたり王妃を悩ませていた問題だった。
これ以上権力を持たせないようにしなくては。
そんな想いから良縁と思われる縁談はことごとく邪魔をした。
王妃にとって、アルフレイドがとんでもない結婚条件を出したことは好機だった。
──恋愛経験豊富で、男を手のひらで転がせる余裕のある女性がいれば結婚します。
どうやってろくでもない縁談を押し付けようか考えていた王妃にとって、絶好のチャンスがやってきたのだ。
マリアローゼ・カーマイン伯爵令嬢。
社交界をにぎわす恋多き女。稀代の悪女。
王妃の耳にも噂は届いていて、レックス侯爵に彼女との縁談を提案されたとき、二つ返事で了承した。
(妹も似た性格らしいし、特に支障はないでしょう。悪妻持ちのアルフレイドを王位に……という声は減り、障害は消えた)
希望をすべて叶えてくれる後見人は、陛下より頼もしい。
(レックス侯爵は本当に頼もしい)
今日集まった令嬢たちも、レックス侯爵が事前に調査をしてくれている。
(エリックには最高の相手を!)
誰がふさわしいのか?
王妃は令嬢たちの所作や会話をチェックする。
「そういえばアルフレイド様がご結婚なさいましたね?」
ペトラがふと思い出したかのようにそう言った。
「王妃様がご紹介なさったとか……」
「ええ。あの子は少々変わった好みでしてね」
「まぁ、さすが王妃様。多くのご令嬢をご存じでいらっしゃる。しかも変わったお相手でもお許しになるなんて……」
「お心が広いですわ!」
令嬢たちもはしゃいでいた。
皆、頭の中は「噂の悪女」について知りたがっているようだった。
「お相手のカーマイン伯爵令嬢は、自由奔放な性格だそうで」
「色々な方と恋の噂があったとか」
「アルフレイド様とは気が合うのでは?」
王妃は令嬢たちを見回して、少し目を伏せて嘆いてみせた。
「私も思うところはありましたが、公爵家当主がいつまでも独り身というのはどうかと。だからせめてアルフレイドの希望通りのご令嬢を紹介してあげたのよ」
「お優しい」
「ふふっ、でもね。先日、エリックが公爵領での披露目の席へ参加してきたの。『仲良くしているようです』と聞いたわ」
ここで口にしなかったものの、エリックは「アルフレイドが振り回されているみたいです」とも言っていた。
それを聞いた王妃は口元の笑みが抑えられなかった。
(こんなにうまくいくなんて。もっと苦しめばいいわ)
「カーマイン伯爵令嬢、ひと目お会いしたかったです」
「あら、私は一度だけ夜会でお見かけしましたよ?何人もの男性に誘われていて、私が声をかける隙なんてありませんでした」
令嬢たちはリネットに興味津々。
その目はどこか馬鹿にしているが、内心を隠そうともしない。
「陛下の生誕祭には夫婦で顔を見せてくれるんじゃないかしら?招待状を送ろうと思うの」
(アルフレイドが悪妻に振り回される姿を見てみたい……!さぞ情けないでしょうね)
上機嫌になった王妃は、美しい庭を眺めて微笑むのだった。