お話です
「どうぞ、ハーブティーです」
「ありがとう。マイラ」
寝室からアルフレイド様の私室に移った私たちは、長椅子に並んで座っていた。
結局、心配して戻ってきたマイラによってこうしてお茶を淹れてもらっている。
「ごめんね」
「いえ、何となく予感がしていましたので」
優秀。
私のマイラはとてもデキる世話役だった。
アルフレイド様は私の隣でとても気まずそうにしている。
私もいつ話を切り出そうかと悩み、ハーブティーのカップを手にしたまま小さくなっていた。
「…………」
「…………」
沈黙が重い。
恋愛経験ゼロの私にだってわかる。さっきはいい感じだった……!
それなのに、私ったら「どうしても今日話したい!」という気持ちが強すぎて。
全部ぶち壊しちゃった!
今さら後悔しても遅いけど!
「あ~、その、話というのは……?」
なかなか口を開かない私に代わり、アルフレイド様が尋ねてくれた。
私はカップをソーサーの上に戻し、満を持して言葉を発する。
「えっと、レックス侯爵様のことなんです」
「侯爵がどうかしたのか?」
アルフレイド様の顔つきが変わる。
さっきまでの遠慮がちな表情ではなく、領主としての顔になった。
「お披露目の際に、廊下でばったり顔を合わせて──」
あの夜、交わした会話を思い出す。
私が聞いたこと、感じたことを言葉を選びながら説明すると、アルフレイド様は真剣に耳を傾けてくれた。
「レックス侯爵様は公爵家に対して敵意を持っているみたいでした。アルフレイド様や公爵領に何かするつもりなのではと心配で……」
手元に視線を落とし、両手をぎゅっと組み合わせる。
「王太子殿下は侯爵様と一緒にいらっしゃるくらいだから、親しいご関係なのですよね?だからあのときは言えなくて」
実際に伝えてみるととても短い話だった。
自分でも拍子抜けしてしまうくらい。
でもどうしてもこれを伝えたくて、二人きりになりたかったのだ。
「すみません、こんなことで」
謝りながらも、やっと言えたとホッとする。
アルフレイド様の顔を見れば、私を気遣う目を向けてくれていた。
「いや、よく話してくれた。ありがとう」
そう言ってもらえると、気が緩んで口角が上がる。
そばで見守ってくれているマイラも少しほっとした様子だった。
やっぱり優しい人。
話してよかったと思った。
アルフレイド様は私の手に自分のそれを重ね、なだめるように言った。
「心労をかけてすまなかった」
「いえ、そこまでのことでは」
「レックス侯爵家とクラッセン公爵家はもう何代も前からずっと不仲だ。侯爵はエリック王太子の後ろ盾として政界で力を振るっている」
「はい」
「でもそれは表向きの話で、実はエリックはほかの貴族と手を組みたがっている」
「え!?そうなんですか?」
「あぁ、むしろ侯爵のことは切りたがっているくらいだ。あの男は傲慢になりすぎた」
確かにあの様子だと権力に物を言わせて好き放題していそうな……。
一度しか会っていないのに、人となりが想像できる。
「侯爵は隣国のコルネリダと繋がりが深く、あちら寄りの発言も多い」
「コルネリダは王妃様の母国ですよね?」
「そうだ。25年前、嫁いできた王妃の後見人となったのがレックス侯爵家だ」
レックス侯爵&王妃様は、自分たちの地位を脅かすアルフレイド様を邪魔者扱いしている。でも王太子殿下は侯爵の支配下から抜け出したい。
「国王陛下はどのように?」
「陛下はどの貴族ともつかず離れずだ。俺のことは甥として情を持ってはくれているが、息子の立太子は確実なものにしたい。それに、レックス侯爵や隣国と揉めるのは嫌なのだろう」
父親としては当然か……だからって何の野心もないアルフレイド様が巻き込まれるのは納得できない。
「もちろん陛下もいつまでも黙っているつもりはないはずだ。俺たちの知らないところで陛下の手の者が動いているだろう」
「政治の世界って複雑なんですね」
好き嫌いでは動けないし、国益が絡めばなおのこと。
貧乏伯爵令嬢には想像もつかない世界だった。
「アルフレイド様はどうなさるのです?」
「俺はエリックを支持する。従兄として、臣下としてそれが一番いいと思うから」
よかった。私も二人が仲互いするところは見たくない。
アルフレイド様の言葉を聞き、笑顔で頷く。
「ただ──」
「?」
何やら心配事があるようで、アルフレイド様の表情が曇る。
「侯爵のこともそうだが、色々と片付けなくてはいけない問題がある」
「問題ですか?」
「あぁ。今はまだ……話せることではないのだが」
アルフレイド様はこちらをまっすぐに見て、真剣な顔で言った。
「リネットのことは俺が守るから心配しないでほしい」
心臓がどくんと大きく鳴る。
突然にそう言われて驚いたけれど、まぎれもないアルフレイド様の本心なのだと伝わってきて胸が熱くなった。
大事にされるってなんて幸せなんだろう。
誰かに守られたいと思ったことはなかったのに、アルフレイド様の言葉でこんなにも満ち足りた気分になれた。
私は思わず彼の胸に飛びついてしまう。
「ありがとうございます。大好きです」
「リネット……」
「でも私も一緒にがんばりますから!できれば頼ってくださいね?」
顔を上げて微笑みかければ、アルフレイド様もまた同じように笑ってくれた。
もう話は終わったのに、離れるのが寂しい気持ちになる。
このまま一緒に寝ちゃだめかな?
でもやっぱり自分の寝室に戻った方が……?
悩んでいるとアルフレイド様が私の腕をそっと掴む。
「その、今夜は……」
「は、はい」
目が離せない。
見つめ合ったまま言葉の続きを待っていると、背後からすすり泣く声が聞こえてきた。
「うっ、ううっ」
「「?」」
びくりと大きく肩が揺れる。
振り返れば、マイラが号泣しているのが見えた。
「マイラ!?」
私は慌てて立ち上がり、マイラのもとへ駆け寄る。
マイラは両手で顔を覆い、なんとか堪えようとしているのは見えたが、大量の涙が流れてきて止まらなくなっていた。
「リネット様ぁぁぁ……よかったです、ようやく幸せが……!」
「へ?」
「こんな日が、来る、なんて……すみません、嬉しくて」
こんな風に泣くマイラを見るのは初めてだった。
私のことをずっと見守って来てくれたから、感極まったのだろう。
「ありがとう、マイラ」
彼女の細い背中に手をあて、そっと撫でる。
少し照れくさいけれど、自分のことのように喜んでくれるマイラに温かい気持ちになる。
「リネット。マイラが落ち着くまでここにいればいい。こちらに座ってくれ」
「でもそれではアルフレイド様が」
「俺は大丈夫だ。……仕事を、そうだ仕事を!思い出したからちょっと執務室へ」
「ええっ!?これからですか!?」
驚いて目を丸くする私。
アルフレイド様は私のそばに寄ると、肩にぽんと手を置いて言った。
「俺とはまたいつでも過ごせるからな」
「アルフレイド様……!」
マイラのことまで気遣ってくれるなんて、どこまでも優しい人だった。
アルフレイド様は黒髪を靡かせ、颯爽と去っていく。
扉を開けると、廊下にはいつの間にかダナンさんがいてアルフレイド様を待っていた。
その視線はもの言いたげで、何だか呆れているような……?
アルフレイド様も働きすぎだけれど、ダナンさんも相当に働きすぎだなと思った。
「さぁ、マイラ。座りましょう」
「すみません」
扉が閉まった後、私はマイラの手を引きソファーに座らせるのだった。