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妻の気がかりなこと

日差しはすっかり春。

クラッセン公爵領は陽気に包まれている。


心配していたお披露目も無事に終わり──。


「リネット様、とてもお上手です!」


乗馬のレッスンを始めた私は、憧れの女性騎士・グランディナさんに褒められて照れてしまった。


巻きスカートの乗馬ドレスが引っ掛かって馬に跨りにくい……ところから始まったレッスンだったけれど、乗ってみると意外に楽しめている。


「乗馬がこんなに楽しいなんて思ってもみなかった」


軽やかな蹄の音と共に、厩舎場近くの広場を回る。

今はまだグランディナさんに並走してもらい、のんびりお散歩といったペースを守ることで精いっぱいだけれど、春の乗馬はとても気分がいいものだった。


「王都では乗合馬車が普及していますよね?でもここでは領民の多くが馬に乗れますので、乗合馬車はさほど普及していないんです」


「確かにそうですね。街へお出かけしたとき、あまり馬車を見かけませんでした」


「馬を貸してくれる店もあるんです。ちょっと遠出する際、庶民はそれを利用します」


「へぇ~」


「貴族令嬢にとっても乗馬はたしなみの一つなんですよ」


なんと、メイドたちももれなく馬に乗れるらしい。

こどもの頃に覚えるのが慣習だそうだ。


「もっと上達したら、アルフレイド様の視察に同行したいわ」


そう言うとグランディナさんは笑顔で「そうですね」と答えてくれた。


「慣れればもっと速く走れますよ。まずは邸の外周を散歩することを目標にしましょう」


「はい!がんばります!」


「あぁ、でもこの後はアルフレイド様とのティータイムですよね?そろそろ支度を始めなければ……」


「あっ、もうそんな時間ですか!?」


この姿では行けない。ドレスに着替えて、髪の毛も結び直してもらわなきゃ……!

私は馬を下りて手綱を使用人に任せ、見守ってくれていたマイラと共に部屋へ向かう。


入浴を手早く終えると、メイドたちが用意してくれていた水色のドレスやパールのアクセサリーを身に着けて公爵夫人らしい姿に整えられた。


「アルフレイド様は!?」


支度が終わった私は、マイラを振り返って尋ねる。


「さきほど会議が終わって私室にいらっしゃいます」


「急がなきゃ……!」


お待たせするわけにはいかない。

ただでさえ忙しいアルフレイド様がせっかくお茶に誘ってくれたのだから。


私はドレスの裾を軽く持ち上げ、許される限界の速度で廊下を進む。


「リネット様、ドレスにも慣れましたね」


マイラが私の様子を見て微笑む。

そう、最初は1歩目から躓いていた私もすっかりドレスでの移動に慣れていた。


「ドレス競歩選手権があったら優勝できるかもしれないわ」


「ふふっ、まさかそんな」


なんて冗談を言っているうちにサロンに到着する。

待っていたダナンさんにまで「移動がお上手になりましたね」なんて言われて──


「え?ドレスで競歩ですか?ありますよ、お祭りの催しに」


「「あるんですか!?」」


私とマイラは目を見開いて驚く。

アルフレイド様はまだ到着しておらず、無事に私が先にここで待つことができるみたいだ。

大きなソファーに座ると、すでにテーブルの上にはマカロンや小さめのケーキがずらりと並んでいる。


「収穫祭の行事です。競歩というか、ドレスを着た男性たちが羊を抱えて街の広場を走り、もっとも早かった者はバターや羊肉をもらえます」


「え~楽しそうですね!」


「五十年ほど続く行事です。女性でも羊を抱えることさえできれば参加できますが……」


「あっ、それは無理です。重そう」


ドレスでの移動は慣れたけれど、羊を一頭抱えるのはさすがに無理だと想像できる。


「ですね」


ダナンさんはあははと明るく笑って言った。


「あと三か月ほどで収穫祭です。アルフレイド様とご一緒におでかけしては?」


「はい、ぜひそうしたいです」


私も笑顔で答える。

少し待っていると、アルフレイド様がやってきた。

シャツにベストといったラフな服装で、お仕事が一段落したのだとわかる。


「リネット、待ったか?」


うっ……!

何だか眩しく見える……!


アルフレイド様が素敵なのは今に始まったことじゃないけれど、

どうしてか最近さらにかっこよく見えるから困る。


「いいえ、今来たばかりです」


そう言うと少しほっとした顔になった。

アルフレイド様は相変わらず優しい。

ちょっと待つくらい大丈夫なのに。


「急にすまないな。この時間しか体が空かなくて」


「ありがとうございます。お誘い、とても嬉しいです」


アルフレイド様は、お披露目が終わってからもずっと忙しい。

けれど、少しでも時間ができればこうして一緒に過ごしてくれている。


隣に並んで座れば、すぐさまメイドが温かい紅茶を用意してくれた。


隣同士だとあまり顔が見えないからドキドキせずにすむ……と思っていたら考えが甘かった。


「リネット、砂糖は1つでいいか?」

「は、はい」


「何から食べたい?取ってやろう」

「えっ、あの、そんな……!」


お披露目が終わってからというもの、アルフレイド様がやけに世話を焼いてくれるようになった。

私って一人じゃ何もできないと思われている?

それともアルフレイド様が面倒見がよすぎる?


マイラやダナンさん、メイドたちからの視線がとても温かい……。

「幸せそうでよかったです」とみんなの心の声が聞こえてくるようだわ。


アルフレイド様は平気そうだけれど、私は注目を集める暮らしに慣れていない。

ちょっと顔が赤くなっていると思う。


「自分でできますから……!」

「そうか?」


彼の手をそっと制すると、明らかにしゅんと落ち込んだのがわかった。


そんなに私に食べさせたかったの!?

アルフレイド様、かわいい!

胸がきゅんとなる。


でもさすがにお菓子くらいは自分でとれる。

俯きがちなアルフレイド様の顔を覗き込んで、私は尋ねた。


「あの、どうなさったのですか?お披露目のときからどこか変です」


彼は少し困った顔で、言いにくそうに答える。


「いや……決してその、いい夫だと思われたいとか大切にしているとアピールしたいわけでは」


「??」


どういうこと?

私はきょとんとしてしまう。


「アルフレイド様は最高の旦那様ですよ?」


こんなことしてくれなくても、私にとっては最高の旦那様だ。

じっと見つめれば、アルフレイド様は小さな声で「そうか」と呟いた。


わかりにくいけれど、嬉しそうには見える。

ちょっと照れている?

私はさらにもう一度伝えた。


「ええ、最高の旦那様です」


「リネット……!」


感極まった様子のアルフレイド様は、私の両手をぎゅっと握る。


「エリックよりいい男だと思われたかった」


「え?」


王太子殿下?

どうして……まさかダンスを踊っていたときから……

私は目を瞬かせる。


「もしかして嫉妬ですか?」


「……」


返事はなかった。

でもおそらく正解だろう。それは見ていてわかる。


なんだか嬉しくて、胸が熱くなる。

アルフレイド様が嫉妬してくれた?


これは、おそらく……私は愛されている!!!!

アルフレイド様から大事に想われている!


思わず頬が緩んでいって止められない。

「好きだ」って言葉はなくても、自分がとても愛されているんだと実感できたから。


姉の身代わりで嫁いできたのに、まさか愛情を持ってもらえるなんて。

私もアルフレイド様の手をぎゅうっと握り返した。


「アルフレイド様と結婚できてよかった」


「っ!」


笑顔で見つめていると、アルフレイド様も次第に笑みを浮かべる。

周囲の視線はまだ気になるけれど、それでも今はこの幸せに浸っていたい。


「すみません、アルフレイド様。お時間です」


「もう!?」


申し訳なさそうなダナンさんに対し、アルフレイド様は振り返って愕然とする。


私も「まだ食べてないのに!」とショックを受けた。

アルフレイド様の忙しさは想像以上だわ……!


「リネットとの時間が!」


「仕方ないですよ、日中は来客やら商談やらあるんですから」


「くっ……!!俺とリネットの邪魔をするやつは消す」


「ご乱心ですか?『いい夫』とはきちんと仕事をするんです」


「理想と現実はいつだって違うものだ!」


しばらくごねていたアルフレイド様だったが、領主として行かないという選択肢はない。


ただし、困ったことがあった。

お披露目の夜に、レックス侯爵と話したことについて未だに言えていないのだ。


困った……

報告しようと思うのに、いつだって周囲に人がたくさんいるから未だ話せていない。


レックス侯爵が不穏です、なんて大きな声では言えないし、

どうにかして二人きりで話したいのに。


「リネット、すまないが今日はこれで」


「アルフレイド様!」


立ち上がったアルフレイド様に続き、私も一緒に席を立つ。

そして彼の袖を掴んで引き留めてしまった。


「あの、お願いがあるんです」

「どうした?」


「夜、アルフレイド様の寝室へ行ってもいいですか?」


二人きりで話をするにはそれしかない。

結婚式までは寝室は別々だと聞いていたけれど、ちょっとだけ話をするくらいなら……!


私の懇願に、アルフレイド様は一瞬驚いたもののすぐさま返事をくれた。


「わかった……!」


「ありがとうございます!」


よかった!

これでレックス侯爵のことが話せる!!

私は満面の笑みで、部屋を出ていくアルフレイド様を見送った。




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