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思いがけない出会い

イールデンの街はもうすぐ、のはずだった。

ところが、城塞都市への入り口は東西南北4つだけ。私の馬車が着いたのはもっとも混雑している南側で、生活物資や武具を運ぶ商人が持つ特別通行証がないのでしばらく並ばなければならなかった。


「マイラ、雪ってこんなにべちゃべちゃになるのね」


馬車から下りた私は、レンガで舗装された道を滑らないよう気を付けながら歩く。


このあたりは雪が降ってもすぐに溶けるように特殊な魔法がかかったレンガで舗装されているそうで、ここまで続いていた雪原のようにふかふかの雪は見当たらない。


溶けた雪で道が濡れていて、スカートの裾を軽く持ち上げながら移動する。


「もっと底の厚いブーツを持ってくるべきでした。申し訳ございません」


世話係として準備が足りなかったと反省するマイラ。

でもたとえ予想していたとしても、王都では季節外れの冬用ブーツなど高くて買えなかっただろう。


「たまにはこういうのもいいじゃない」


王都でずっと邸にひきこもっていた私は、もともとほとんど外に出ないし、雨が降ればなおさら。こんな風に濡れた地面を踏みしめて歩くなんて、こどもの頃以来だった。


「それに、今はとにかく外に出られて嬉しい。ううっ、お尻が痛い」


「ええ、もう限界でしたね」


二人揃って顔を顰める。

馬車での長旅で、お尻が痛くて仕方がなかった。

思いがけない待ち時間は、お尻を休められる幸運だ。


いい休息になった。


しばらく散歩してから馬車に戻ろう、そう思っていたときだった。


紺色の騎士服に赤いマントをなびかせた屈強な男性たちが、こちらに近づいてくるのが見える。彼らは10人いて、2列になって視線を左右に巡らせながら歩いていた。


「素敵ですね、城塞都市の入り口を守る騎馬隊でしょうか?」


「そうみたいね。みんな長身で体格もいいし、頼もしいわ」


マイラも私と同じタイミングで彼らに気づき、何気ない感想を述べる。

けれど、先頭にいた黒髪の騎士はすぐ近くにある私たちの馬車を見ると、はっと何かに気づいた様子だった。


うちの馬車に何か用事でも?

私たちが少し遠くから見守っていると、騎士たちは御者に何か話しかけている。

御者は驚き、慌ててこちらを指し示していた。


え?何?

やましいことは何もないけれど、私はどきりとする。


身構えていると、騎士たちはすぐにこちらへ向かってくる。

その歩いてくる姿があまりに凛々しくて素敵で、「辺境の騎士ってこんなにかっこいいんだ」と思った。


が、いざ目の前に黒髪の騎士に立たれると思わず一歩下がってしまうほど威圧感があった。

向かい合えば、私より頭一つ分以上は高い。


何このきれいな人。

彫刻か魔法ロボットが動いている??

さすがにそれはないかと思い、恐る恐る尋ねる。


「あ、あの……?」


じっと見下ろされていると、何か疑いの目を向けられているような気がした。

密入国者だと思われている?

それはまずい、誤解を解かなければ……!


私は無理やり笑顔を作り、怪しくないですよとアピールする。


「騎士様、ごきげんよう。私が何か……?」


するとその人は、はっと気づき慌てて口を開いた。


「失礼、あなたがカーマイン伯爵令嬢でよろしいか?」


「はい。そうです」


私のことを知っている?

きょとんとしていると、彼は緊張気味に言った。


「迎えに来ました」


「えっ?」


私は思わず驚きの声を上げる。

ぱっと口を手で隠すも、もうすでに声は出た後だった。


もしかして、この方々は公爵様が寄こしてくれた騎士隊なの?

わざわざ部下を向かわせてくれた?


ええっ!公爵様、遊び人だって聞いてたけれど私なんかのために迎えを出してくれるなんてすごくいい人なのでは?

立派な領主様というのは本当だったんだ、と私は嬉しくなった。


「はじめまして、リネット・カーマインと申します。もしかしてお城から来てくださったのですか?」


「あ、あぁ……」


「ありがとうございます!騎士隊の皆様にはお役目もあるでしょうに、私などのために貴重なお時間と戦力を割いていただき、感謝いたします」


ここは王都とは違う。

魔物が多く、騎士隊の方々には討伐の仕事や訓練があるだろう。

私のために貴重な時間を割いてくれてありがとう、と心の底から感謝した。


にこりと笑いかけてそう言うと、黒髪の騎士は息を呑んで眉根を寄せた。

あれ?何かおかしなことを言ってしまった……?

言葉遣いや礼儀作法が、王都とは違うの?


謎の緊張感が漂い、私は困惑した。


「…………本当に?」


「え?」


ものすごく小さな声で、彼が何かを言った。

少し顔が赤くなっているのは、寒いせいだろうか。


私は小首を傾げつつ、彼の言葉を待った。


「ようこそ、我が領へ」


「へ……?」


「私がアルフレイド・クラッセンだ。……君の結婚相手の」


「!?」


嘘でしょう!?

公爵様、ご本人!?


今度は私が息を呑んで固まった。

心臓が止まった気もする。

驚きすぎて、私は目を丸くして彼と見つめ合っていた。


そして次の瞬間、自分が今どういう服装かを思い出して背筋が凍り付く。


私……!

ドレスもお化粧も、全然悪女じゃない!!

やってしまった!いきなり初対面から失敗した!!


公爵様に会えるのは明日だと思っていたから、今日の宿に着くまではいつもの自分でいるつもりだったのだ。

完全に気を抜いていた!


「あ……」


みるみるうちに自分の頬が赤く染まるのがわかる。

恥ずかしくて堪らなかった。


「あの……?」


「すみません、見ないでください」


気づいたら両手で顔を覆っていた。

とても見せられるような姿と顔ではない。


公爵様が戸惑っているのがわかったが、隙を突かれた形になってしまい、どうしていいかわからない。


「ごめんなさい、私、今……こんな格好で」


まずいまずい、本当にまずい!

悪女じゃないとバレたら「帰れ!」と言われてしまう!

支度金が!借金が!


「違っ、これは、その」


取り乱す私を助けてくれたのは、マイラだった。


「失礼いたしますっ!リネット様はただいまお召し替えもお化粧も済んでおらず、閣下の御前に出られるような状態では……!大変恐れ多いお願いですが、しばしお時間をいただけないでしょうかっ!」


マイラも相当に動揺しているのが声音から伝わってくる。

普段は陰ながら支えてくれるタイプで、こんな風に格上の人に意見するような性格ではない。私を守ろうとして必死だった。


「あ~、それは大変失礼いたしました。アルフレイド様、いっそ今から城に来ていただいては?お部屋の支度は整っていますので」


そう進言したのは、銀髪の青年だった。

帯剣しているものの、雰囲気からして騎士というよりは従者のような感じがする。


公爵様は「わかった」と頷き、そして私に言った。


「あなたはそれでいいだろうか?」


「は、はい!」


指の隙間からちらりと彼を盗み見れば、こんな私にがっかりした様子はなく、淡々とした表情だった。まるで人形のように均整のとれた顔立ちは、噂通りの美丈夫だ。


何より強そう。

この方が武器を構えたところを見てみたい。

絶対に物語の騎士様みたいに絵になると思う。


いや、今はじっくり観察している場合ではない。

私は慌てて礼をして、馬車に向かって走った。


「それでは、またのちほどっ!」


「あ、あぁ……」


雪解け水で不安定な足下に、途中で転びそうになるもなんとか馬車に駆け込む。


「ああ~!しくじったぁぁぁ!」


座面に倒れ込み、自分の迂闊さを嘆く。

どうか公爵様が見なかったことにしてくれますように……!

私は必死に願った。



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