王子様からの質問
「結婚おめでとう。アルフレイドから君がよき妻になりそうだと聞いて嬉しいよ」
「ありがとうございます。王太子殿下にお目にかかれて光栄です」
体調があまりよくないと聞いていたエリック様だったけれど、私がご挨拶に伺ったときにはすでに回復されたようで、明るい笑顔でお祝いの言葉をくださった。
この方がアルフレイド様のお従弟。
王妃様が溺愛している唯一の王子様。
薄茶色の髪はさらさらで、優しげな笑みはいかにも王子様といった雰囲気だ。
気品あるロイヤルオーラが眩しいっ!
改めて考えると、この部屋には王位継承権第1位のエリック様と第2位のアルフレイド様が……緊張で顔が強張る。
「リネット。令嬢たちとは仲良くなれたか?問題はなかったか?」
アルフレイド様が私のぎこちない態度を見てそう尋ねる。
ロイヤル感に圧倒されていただけなのに、心配させてしまった!
「いえ、皆さんザクロ紅茶を気に入ってくれました。これから親しくなれそうです」
「そうか……」
ほっとした様子のアルフレイド様は、私に着席を促す。
私はアルフレイド様の隣に座ると、王太子殿下は苦笑いで言った。
「誰がアルフレイドと結婚するか、かなり注目されてたからね。嫉妬がリネット嬢に向かうのでは……と心配したのだろう?」
「そうですね。でも安心しました」
「何かあれば言ってくれ。僕が後ろ盾になろう」
「よろしくお願いします」
二人のやりとりはとても親しげだった。
アルフレイド様と王太子殿下は仲がいいのね……?
私は少し驚く。
世間ではアルフレイド様を次期王にと推す声もあるのに、まったく敵対関係ではないみたいだ。
そうよね。アルフレイド様は私にも優しいし、きっと全世界に好かれる人だもの!
王太子殿下とも親しくて当然よね……!
私は嬉しくなって自然に口角が上がる。
でも、はっと侯爵様のことを思い出す。
──今のうちにせいぜい楽しんでおけばいい。
ここへ来る途中、そう言われたんだった。
「……リネット?どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもありません」
咄嗟にそう答えた。
言えない。侯爵様の言葉はちょっと気になったけれど、でも王太子殿下は……
侯爵様と一緒にここへ来るくらい親しいのよね。
アルフレイド様にはお伝えしたいけれど、今この場では報告できない。
「あっ、そうです!王太子殿下にもザクロ紅茶を召し上がっていただいては?」
「へぇ、王都にはないな」
「体が温まりますよ。長旅の疲労回復にもよいと」
「あはは、ありがとう。でももう疲労は本当に大丈夫なんだ。ただおいしくいただくよ」
明るい笑顔も声色も、確かに元気そうだった。
アルフレイド様も特に心配していないみたいだし、もう大丈夫なのかも。
それにしても、王太子殿下がこんなに気さくな方だとは思わなかった。
最初はロイヤルオーラが眩しかったけれど、話してみると親しみやすい印象に変わる。
「そうだ。どうせならホールに戻って──」
「?」
王太子殿下はそう言うとさっと立ち上がる。
私たちもすぐに立ち上がり、一緒に部屋を出ることに。
ホールに到着すると、踊りやすい軽やかなワルツが流れている。
王太子殿下は私に手を差し出し、「一曲お付き合いください」と笑顔で誘ってくださった。
「アルフレイド、リネット嬢を少し借りるよ」
「うっ…………わかりました」
アルフレイド様はやや渋い顔をしながらも頷く。
私が!?王太子殿下と踊るんですか!?
確かに到着してから一曲も踊らないのはマナー違反になる。でも相手が私でいいの?
「公爵夫人はこの場で最も身分の高い女性です」
「ダナンさん」
いつの間にか背後にいたダナンさんが私に囁く。
そして周囲の女性たちを見ながら言った。
「王太子殿下との仲も良好だと知らしめるチャンスです」
「なるほど……?」
王太子殿下に気づいた令嬢方が一斉にこちらを見つめていた。
私は恐る恐る王太子殿下の手を取る。
「よろしくお願いいたします」
練習はした!自信はないけれど、踊るしかない!
できれば見ないでほしい。注目を浴びながらホールの中央へと移る。
「先に伝えておくけれど」
「はい」
「僕はアルフレイドほどうまくないよ。でも踊れそうな雰囲気は出せる」
突然そんなことを言われ、私は思わずふっと吹き出してしまった。
「では、私もうまく見えるようにがんばります」
「あぁ」
ゆっくりとステップを踏み、俯かずに背筋を伸ばす。
余裕のある笑みを浮かべ、うまく見えるように意識する。
上手にできているかな……と不安は顔に出さない!
しばらく踊っていると、王太子殿下が小さな声で囁いた。
「ところで、アルフレイドのことは好き?」
「っ!?」
「ここで一生暮らす覚悟はある?」
「覚悟、ですか?」
「この結婚は王命だ。でも僕の権限で取り消せる。君にとって不本意なら逃げてもいいよ?」
王太子殿下の目を見ると、駆け引きや嘘ではなく親切心からそう言っているのだと伝わってきた。
踊りながら、さりげなくアルフレイド様に目を向ける。
アルフレイド様は少し心配そうにこちらを見つめていた。
「僕はできればアルフレイドに幸せになってほしい。彼は君を気に入ったみたいだけれど、この先何十年もここで暮らすとなれば覚悟がいるだろう?」
レックス侯爵様とは違い、その言葉に見下すような意味は感じられなかった。
魔物が多いとか、冬が長く雪に閉ざされる環境のことを言っているのだろう。
確かにいきなりここへ一人で放り出されたら不安だったかもしれない。
でも……
「私は、アルフレイド様のいるこの地で一生暮らしたいです」
「!」
「今、本当に幸せなんです」
「……そう」
アルフレイド様と出会えてよかったと心から言える。
彼と家族になりたいと思っている。
笑顔で伝えれば、王太子殿下は理解してくれたみたいだった。
「余計なことを言ってすまなかった。忘れてくれ」
「いえ、お気遣いをありがとうございます」
ちょうど曲が終わり、私はドレスの裾を持ち、丁寧に頭を下げる。
そしてアルフレイド様の方を見れば……
なぜか高速でガクガク揺れていた。震えてる!?一体どうして!?
「アルフレイド様!?」
どうして!?王太子殿下よりもアルフレイド様の方が体調不良なのでは!?
「あれ、一曲踊っただけなのに嫉妬が過ぎるな……。ごめん、逃げてもいいっていうのは撤回する。そうなったらアルフレイドは再起不能だよ」
「えええ!?」
王太子殿下は呆れた風にアルフレイド様を見ている。
私のせいであの状態になったってことですか!?
そんなまさか……?
私は慌ててアルフレイド様に駆け寄るのだった。