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噂の悪女と王子様

金縁の豪奢なソファーで横になっているのは、たった今公爵邸に到着したばかりの王太子・エリックだ。

瞼を閉じ、苦しげな表情をしている。


メイドから水差しなどを受け取ったアルフレイドは、そんな従弟のそばへやってきて声をかけた。


「もう誰もいませんよ」


「あ、そう?」


ぱちりと目を開けた彼は、さきほどまでの様子と打って変わり明るい表情でその身を起こした。


「レックス侯爵が騙されてくれて助かったよ。仮病なんて使ったのは子どもの頃以来だったから」


「到着するなり『馬車酔いでつらい……!』と口元を押さえるんですから驚きました。まぁ、でもすぐにわかりましたけれど」


アルフレイドは苦笑いでそう言い、手にしていた水差しなどをテーブルに置いた。


「君と二人で話すにはあぁするしかなかったんだ。レックス侯爵は面倒なことは人に押し付けるタイプだからね」


口では心配していたが、その目は明らかに面倒くさがっていた。

あのときの様子を思い出したエリックは、呆れ交じりに笑う。


(レックス侯爵は王妃と懇意にしていて、政界で権力を握っている。でもエリック王子からすれば自分を操ろうとする迷惑な貴族だ)


国王陛下もいずれは彼らを切り捨てるつもりだろうが、エリック王子の足下が盤石になるまでは……と静観している。

アルフレイドは自分が公爵領に留まり責務をまっとうすることがその援護になると思っていたのだが、エリックから「彼らの増長を止めたい」という相談を密かに受けていた。


「巻き込んですまない。母上がまさか君の結婚にまで口を出すとは……止める暇もなかった」


「いえ、構いません。リネットはよき妻となってくれそうですから」


その言葉にエリックは驚いた顔をする。


「茶会で令嬢から逃げ回っていたアルフレイドが……!」


「それはもう昔の話ですよ」


余裕を見せるアルフレイド。

うまくいっていることをアピールする。


「それならなおさら気になるよね。なぜ母上がカーマイン伯爵令嬢を選んだのか」


「はい」


東の森への視察の後、エリック宛に密かに手紙を出していた。

王妃派の貴族とカーマイン伯爵家のつながりを調べてもらいたい、と。


「カーマイン伯爵令嬢は確かに君の条件にぴったりの『恋多き女』だった。でも、最初に彼女たち姉妹に目を付けたのは母上ではなくレックス侯爵だったよ」


「侯爵が?」


「あぁ、レックス侯爵は何度かカーマイン伯爵と会っている。上流階級しか入れない紳士クラブや狩猟会でね」


社交界で表立って親しくしていたわけではないが、以前からつながっていたことは証言が取れているとエリックは話す。


(リネットの父親は、調べたところ悪評ばかりだった。権力に弱く、儲け話が好き、見栄っ張り……といった評判が次々に)


「侯爵は、アルフレイドがおかしな条件を出す前からカーマイン伯爵家に狙いをつけていたようだね」


エリックは天を仰ぎ、「そんなにアルフレイドを今の地位から引きずり下ろしたいのか」と呆れた様子だった。


「僕がそんなに頼りない?アルフレイドに王位を奪われそうって思われてる?侯爵にとって、僕はいつまでも気弱な王子なんだね」


確かに昔はそうだった。

けれど、今は王位を継ぐために厳しい教育を受け、国政にも携わっている。


「母上にも困ったものだよ。レックス侯爵の甘言を疑わず……」


エリックはすでに自分の母親にも愛想をつかしているように見えた。


「アルフレイドがいるから王都の平穏は守られているのに、それに気づきもしないなんて愚かなことだ」


無益な争いを避けたい。

エリックの思いと、アルフレイドの思いも同じだった。


「レックス侯爵は、カーマイン伯爵令嬢が君に嫁げば必ずマイナスになると考えた。だから母上に縁談を持ち込んだ」


「はい」


「今から取れる手段は二つ。早々にリネット嬢と離縁して、すべてなかったことにする。もう一つは、カーマイン伯爵のことを調べて君の足枷になりそうな物を取り除く。どちらを選ぶ?」


エリックは真剣な目でアルフレイドに選択を迫る。

披露目の日にする話ではないが、エリックの権限で結婚を取り消すことは可能であり、そもそもアルフレイドが「やはり気に入らなかった」と言って破談にすることはできるのだ。


提示された二つの案を前に、アルフレイドは即答した。


「離縁はしません。リネットは最愛の妻ですから」


二人がずっと夫婦でいられるよう、できることをする。

アルフレイドはそう決めていた。


エリックは上着の内ポケットから封筒を取り出し、アルフレイドに手渡す。

広げてみるとそこには、アルフレイドと面識のない貴族たちの名前が書かれていた。


「伯爵に金を貸した貴族の名前だよ。彼らに話を聞いたら何かわかるかもしれない」


「ありがとうございます」


アルフレイドはそれを上着の中に仕舞ったところで、扉をノックする音が聞こえてくる。

外で待機させていたダナンだった。


「アルフレイド様、リネット様がいらっしゃいました」


ちょうどいいタイミングだね、とエリックは笑う。


「馬車で気分が悪くなったことにしてたけど……もういいか。回復したってことで挨拶するよ」


「ええ、よろしくお願いします」


「噂の悪女ってどんな感じかな。アルフレイドをそこまで惚れさせた女性に会えるのが楽しみだよ」


「……それなんですが」


アルフレイドはどう説明すればいいのか悩んだ。

今のリネットは噂とまるで違うのだから。


「いえ、直接会ってもらった方がよくわかるかと」


「うん?」


そこへダナンに部屋へ通されたリネットが現れる。

控えめな笑みを浮かべ、おずおずと入ってくる。


「はじめまして。妻のリネットでございます」


にこりと笑った顔は見ている側が和むような穏やかさで、悪女の片鱗はまったくない。

アルフレイドはそんなリネットの傍らに並び、改めて紹介する。


「私の!妻の!リネットです」


「あ、うん…聞いたよ」


エリックの顔は明らかに困惑している。

一体何がどうしてこうなったのだ……?と戸惑いを隠せずにいた。



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