どうやら本当に不仲らしい
テーブルに並んだティーカップ。
中には、赤褐色のザクロ紅茶が入っている。
これは、このたびのお披露目で初めてご令嬢方の口に入るものだ。
お酒が飲めないアルフレイド様のために、領地の果実や花を使って新しい飲み物を作ってみようと思ったのがきっかけだったけれど……。
「こちらは公爵領のザクロを使った紅茶でして、アルフレイド様のお気に入りなんです」
私は満面の笑みで、同じテーブルについたご令嬢方に話す。
五人は領内で暮らす伯爵家と子爵家のご令嬢で、いずれも未婚の方たち。
「アルフレイド様の~」という言葉を聞いた彼女たちの目が光った。
「まさか……これが公爵閣下の美の秘訣!?」
一人のご令嬢がそう言うと、皆一斉にカップに視線を落とした。
私は笑顔で「はい」と答える。
「いい香りですね」
「いただきます」
「私も!」
私は「どうぞ」と言って勧める。
今の私は、憧れのアルフレイド様を奪った得体の知れない女として悪感情を集めやすい。
でも、私と仲良くするとメリットがあると思わせれば面と向かって攻撃してくる人は減るはずで。
「ザクロはお肌を艶やかでふっくらさせると言われていますが、食べるのはなかなか手間でしょう?濃縮したエキスをお茶に入れれば飲むだけで美を追求することができるらしいのです」
そう、『美を追求』できるのだ。確実にきれいになれるとは言っていない。
これはダナンさんから教わった言葉遊び(=セールストーク)である。
普通に薦めようとしていたらダナンさんから「それではダメです」と言われ、この言い回しに落ち着いたのだった。
アルフレイド様もこれを飲んで「うまいな」と言っていたし、実際に毎晩飲んでいる。嘘ではない。
ただ、あの方の圧倒的なかっこよさの前では何もかもが効果は不明なんだけれど……。
美容情報に敏感なご令嬢方の反応は予想以上だった。
「今日もアルフレイド様は素敵でした。日頃、何を召し上がっているのか気になっていましたの」
「こちらはどこで手に入りますか?香りがよくて気に入りました」
「公爵夫人は、王都で流行りの美容法にお詳しいですか?ぜひご指南いただきたいわ」
ご令嬢方はすっかりザクロ紅茶に夢中で、『もう手に入らない憧れの人』よりも目先の利益を求めることにしたらしい。
控えているマイラの顔をちらりと見れば「皆さん切り替え上手ですね」という声が聞こえてきそうだった。
「私のことはどうかリネットとお呼びください。今日は皆様と一緒に楽しい時間を過ごしたいと思っております」
人目の多いホールではたくさん食べられないボリュームたっぷりの肉料理やお菓子も、続々とテーブルに並べられていく。
もちろんすべて公爵領の素材を使った、低カロリーで見た目も華やかなものだ。どれも一口サイズにしてもらった。
あまり気を張らず、それぞれが好きな物を口にしてリラックスして過ごしてほしいという思いから私が料理長にお願いした。
伝統的な料理は食べにくいし、コルセットのせいで量がお腹に入らない。
でもお腹が空くと苛々するから、少しでも食べてもらって気分よく過ごしてほしい。
「見て、花型の温野菜ですわ」
「かわいいですね」
「パイも小さいと崩れにくいから食べやすいです」
「これは王都流かしら?」
「我が家でも取り入れたい」
ご令嬢方は喜んでくれていた。
その様子を見ていると自然に笑顔になる。
ダナンさんから聞いた情報によれば、アルフレイド様はこれまで自分を奪い合う女性たちの姿を見てきたから「リネットが何を言われるか」と心配してくれていたらしい。
恋は盲目というけれど、身分という絶対的な盾があったとしても私を攻撃してくるご令嬢はいるかもしれないとダナンさんも言っていた。
よかった。
何事もなくお披露目を終えられそう。
私はご令嬢方と食事をしながら、楽しい時間を過ごした。
お披露目パーティーの途中、私がご令嬢方とおしゃべりをしていると執事のゲイルさんが現れた。
彼は私のそばへ寄ると、そっと耳打ちをする。
「エリック王子殿下とレックス侯爵様がご到着されました」
「……今ですか?」
「はい」
王子殿下は、アルフレイド様にとっては従弟にあたる。
レックス侯爵は王妃様と昔から懇意にしていて、王子殿下とも親しいと聞く。
お二人が一緒に来ることは不思議ではないけれど、いくら主賓が遅れるものとはいえ遅すぎない?
「何かトラブルでもあったのかしら」
とにかくご挨拶をしなければ。
私はご令嬢方に断りを入れてから席を立ち、ホールへと向かった。
マイラも私を追ってくる。
「雪もないのに遅れるなんて、魔物にでも遭遇したのでしょうか?」
「心配よね。王家の護衛がいるからまさかお怪我はしていないでしょうけれど……」
「もしや、嫌がらせでは?」
お披露目パーティーに大幅に遅れてくるのは失礼なことだ。
でもアルフレイド様は、エリック王子殿下は「優しい性格」だと言っていた。
侯爵様のことは「何代にもわたって不仲だ」と言っていたわね。
う~ん、嫌がらせというのもあり得なくないはけれど。
私は悩んだ。
「そんな子どもじみたことをする?」
「貴族同士の小競り合いはそういう世界だと聞きます」
暇なの……?
侯爵で領主なんだから、嫌がらせをするよりほかにすることがあるでしょう?
ゲイルさんの先導で、私とマイラは足早に移動する。
もう少しでホールに着くというところで、薄灰色の髪をした五十代前半くらいの身なりのいい紳士と目が遭った。
彼は私を見ると、笑顔で声をかけてくる。
「初めまして、リネット・カーマイン伯爵令嬢」
その優雅な所作から、かなり高位の貴族と思われた。
もしかしてこの方がレックス侯爵なの?
でも違ったらどうしよう……。
頭の中で必死に貴族名鑑を思い出すもほとんど同じ顔に見えてしまったのでこの方が誰かわからない。
私は足を止め、にこりと笑みを浮かべる。
「初めまして。ようこそ、クラッセン公爵家へ」
向こうが名乗ってくれるのを待つしかない。
するとその人は、少し意地悪な目で笑って言った。
「ははっ、すっかり公爵家の女主人ですね。素晴らしい」
「ありがとうございます?」
これはたぶん、嫌味である。
社交界を知らない私でも、バカにされているような棘を感じ取った。
あぁ、この方がやはりレックス侯爵なのね。
どうしてお一人でこんなところに?
王太子殿下と一緒じゃないの?
私が周囲に視線をやれば、レックス侯爵が答えた。
「エリック王子殿下は少々お疲れということで、アルフレイド殿と貴賓室へ」
「そうだったんですね」
大丈夫かな?
不安が顔に出てしまう。
「大丈夫ですよ、少し休めば回復すると思います」
「そう願います」
「それにしても随分と可愛らしいお姿ですね。王都にいた頃とは印象が違う」
この方が言っているのは、お姉様のことだろう。
お姉様が『リネット』として夜会に出かけていたから……。
「いい作戦だと思いますよ。遊び慣れた女を好む者でも、いざ結婚してみれば貞淑な妻であることを望みますから」
「?」
作戦って?
今の私が『私』なんですけど?
思わずきょとんとしてしまった。
もしかして、レックス侯爵は私がアルフレイド様に気に入られたくて悪女の装いをやめたと思っている?
「いえ、あの、アルフレイド様は私がどんな装いでもいいとおっしゃったので……」
「そうですか!彼はあなたを気に入ったのですね。王妃様にご報告すればきっとお喜びになると思います」
侯爵は、とても機嫌が良さそうだった。
私を紹介してくれたのは王妃様だから、私たちが仲良くしていれば王妃様が喜ぶ?
それはおそらく間違ってないだろうし、カーマイン家としても娘を返品されずに済むから嬉しいはず。
でもなぜか素直に喜べない。
レックス侯爵がアルフレイド様と私のことを祝福しているようには見えないのだ。
何だろう、この違和感は。
まじまじと侯爵の顔を見つめていてもわからない。
「どうかしましたか?」
「いえ、お元気そうで私も嬉しいです」
「はい、この通り……王子殿下がどうしても出席なさるとおっしゃるので私も共にやって来ましたが、興味を引かれる場所もないのでまっすぐ来られましたよ」
「そうですか」
ではなぜこんなにも遅れたのか?
侯爵様は矛盾に気づいていない。
「こんなところで、王都育ちのあなたがいつまで耐えられるか?それは気がかりですなぁ」
のどかで素晴らしい街ですけれど!?
露骨にバカにされ、レックス侯爵がいかにここを下に見ているかが伝わってくる。
笑顔を保ちながらも、私は悔しい気持ちでいっぱいだった。
この方は、わざとこんなに遅れてきたのだ。アルフレイド様への嫌がらせのために。
でも、ここではたと気づく。
さっきマイラに「そんな子どもじみたことをする?」って言ってしまった。
まさか本当に……?社交界にはいろんな人がいるんだ……。
可哀そうな人。
「ご心配なく。私はこの街がとても好きになりましたから」
「ほぅ?」
「ここには砲台跡をはじめ古城や砦などそれはそれは歴史遺産がたくさんございます。まだすべてを訪れることができていませんがいずれも私は楽しみで仕方ありません!」
「は?」
クラッセン公爵領の魅力がわからないなんて残念な人だ。
私は胸を張って、ここは素晴らしい街だと宣言した。
侯爵様はやや呆れた様子だった。
なぜこんな辺境で楽しめるのかと理解できないといった気持ちが伝わってくる。
しかしすぐにまた笑みを浮かべて言った。
「もう話はけっこうです。今のうちにせいぜい楽しんでおけばいい」
「っ!」
侯爵様は私の脇を通り過ぎ、庭園の方へと歩いて行った。
去り際の不敵な笑みが気になって、私は侯爵様の背中を目で追ってしまう。
今のうちに、ってどういうこと?
私がいつか捨てられるかもしれない、と?
それとも、アルフレイド様や公爵領に何かするつもり?
ホールから流れてくる楽しげな音楽とは違い、私の胸には不安が広がっていた。