お披露目パーティーにて
紫の花が美しいジャカランダの木々。
クラッセン公爵家の庭は、紫色の花びらで彩られている。
お披露目パーティー当日。
日々は瞬く間に過ぎていき、美しい星空が広がる夜にパーティーは始まった。
赤と金色を基調とした内装で、伝統的なお祝いを再現。
音楽隊の生演奏に合わせて楽しげに踊る人々、庭が見える席で歓談する貴婦人たち、皆それぞれに楽しんでいるように見えた。
お料理はクラッセン公爵領の肉や野菜、魚を贅沢に使ったメニューをそろえ、自給率が上がった小麦でパンやミートパイもたくさんテーブルに並べた。
使用人たちが総出でがんばってくれたおかげで、私たちはお披露目の日を迎えることができた。
私は廊下から会場をこっそりと覗き、客人の笑顔を見てほっと安堵の息をつく。
皆楽しそうでよかった。
ただし、若いご令嬢たちが集まっている一角はお葬式のようだ。
──アルフレイド様が結婚してしまうなんて……!
──これから何を希望に生きていけば?
──憧れだったのに……。
──ううっ、嫌よ。信じたくない。
王国一の美貌を持つ領主様が結婚した。
その現実は多くのご令嬢たちの夢と希望を打ち砕いていた。
アルフレイド様が婚約者すら持たなかったので、皆「自分にもチャンスが?」と期待していたのだとメイドたちから聞いた。
今の私は、ご令嬢方の嫉妬を一身に集める立場だ。
悲しみに暮れる彼女たちを見ていたら複雑な心境になる。
私はそっと小窓を閉じ、深呼吸を繰り返す。
「大丈夫、大丈夫。できる限りのことはした」
アルフレイド様の妻にふさわしくなれるよう、礼儀作法も一から学び直した。
嫉妬を向けられる立場だから、隙は見せられない。
ペールブルーの豪奢なドレスはこの日のために新調したもので、皆で相談しながら作り上げた一級品。肩や袖は繊細なレースで真珠をたくさん使うことで上品に仕上げてもらった。
着飾ったからといって中身に大きな変化があるわけではないけれど、それでも今の私には自信が必要。公爵夫人らしい装いをすることで、アルフレイド様の隣に立つ勇気をもらえたことは確かだった。
緊張気味の私がアルフレイド様を待っていると、ライトグレーの正装を纏った彼がダナンさんと共にやってくる。
アルフレイド様は、いつもに増して輝いて見えた。
さすが王国一の麗しさ、あまりのかっこよさに目が眩みそう……!
「リネット、待たせてすまない」
「いえ、時間通りです」
私は笑顔で迎える。
「素敵です、とても」
「リネットこそ、よく似合っている。きれいだ」
褒められ慣れていないのでどうしていいかわからない。
ありがとうございますと返した声は、音楽によってかき消された。
アルフレイド様は照れる私を見て目を細めると、一歩近づいて額にキスをしてくれた。
思わず肩がびくりとする。
もう「恋愛経験豊富な悪女」の演技をする必要はない。
今思えばこれだけでも動揺するのに、悪女のふりをしようなんて無謀だった。
二人で街へ出かけてから、アルフレイド様はさりげなく手を繋いでくれたり髪を撫でてくれたり、私に触れる機会が増えた。
忙しくてあまり時間が取れないことは変わらないものの、一つ一つの仕草に変化を感じている。
この方と結婚できて本当によかった。
毎日がとても幸せで、心からそう思った。
「準備を任せきりですまなかったな」
「いえ、私の役目ですから!それに皆が助けてくれましたのですべて順調でした」
笑顔で答えれば、アルフレイド様はほっとした様子で頷く。
「今夜を無事に終えたらゆっくり眠れそうです。がんばります!」
「あぁ、一緒に乗り越えよう。では、行こうか」
「はい!」
私たちは招待客のいるホールへと入っていく。
一斉に皆の視線がこちらに向けられ、私は必死に笑顔を作って余裕のあるふりをする。
盛大な拍手で迎えられ、お披露目パーティーは始まった。
まずはアルフレイド様から領地を支えてきた高位貴族や騎士たちへの労いの言葉があり、そしてその次はダンスがある。
引きこもりの私が最も苦労したのはこのダンスだった。
デビュタント以来、一度も踊ったことはない。
練習では散々に皆の足を踏み、ドレスの裾に引っ掛かり、ようやく一曲踊れるようになったと思ったら今度は表情や雰囲気の作り方にもこだわり全身に変な力が入り……。
毎晩、筋肉痛との戦いだった。
アルフレイド様がせっかく執務の終わりに毎晩訪ねてきてくれたのに、私ときたらベッドの上で弱弱しく「すみません、こんな有り様で……」と謝ることしかできなかった。
でも今が、レッスンの成果を発揮するとき!
エスコートしてくれるアルフレイド様の手をぎゅっと強く握る。
周囲のご令嬢方からは「王都のご出身だからさぞダンスがお上手なのでしょうね?」という声が聞こえてきた。
その言葉と視線により一層緊張が増した私を見て、アルフレイド様がしっかりと手を握り返してくれる。
「大丈夫だ。リネットの努力は俺が知っている」
「アルフレイド様……」
「そもそもこの領で起きたことは俺の責任だ。たとえダンスで失敗しても俺のせいだ」
責任の範囲が広い。
アルフレイド様が真剣にそんなことを言うものだから、私はつい笑ってしまった。
「ふふっ、それは頼もしいですね」
少し気が抜けたら、きちんと音楽に合わせて足が動くようになった。
不安に感じていたのが嘘のようにステップが軽い。
アルフレイド様は私を気遣いながら踊っているのがわかり、ずっと優しい眼差しを向けてくれていた。
不思議と周囲の視線は気にならなくなってくる。
「私……」
「ん?」
「アルフレイド様の妻として皆に認められなきゃって、必死で……でも私が一番見て欲しかったのはアルフレイド様だったんです」
がんばったな、うまくなったなと言ってもらいたくて。
好きな人に努力を認めてもらいたい。
生まれて初めてそんなことを思っていたのだ。
自分でも気づかなかったけれど……。
「リネット、俺は誰よりも君を」
「?」
アルフレイド様が何か言いかけたとき、すぐ近くで踊っていたダナンさんとグランディナさんの声がこちらにまで聞こえてきた。
「踏み過ぎです、グランディナさん!」
「あなたが踏まれたっていう顔をしなきゃ気づかれないでしょう!?」
「そんな無茶な」
「我慢して!私だって精一杯なの!」
「はいはい」
くるくると回りながら、二人は周囲のカップルにぎりぎりぶつかりそうなところで躱している。
二人が離れていった後、私はアルフレイド様に尋ねた。
「あの、さっきは何と?」
「いや……今じゃなかった。また改めて伝える」
「??わかりました」
ダンスはつつがなく終わり、私はホッと安堵から胸を撫で下ろす。
そんな私とは反対に、アルフレイド様はやや不安げな瞳で私を見た。
「この後は女性同士での歓談になるが……」
私が嫌味を言われないか心配なのだろう。
「大丈夫です。そっちの準備もしましたから」
「準備?」
「はい。ご心配なく!」
満面の笑みで告げると、アルフレイド様は「リネットがそう言うなら」と納得してくれた様子だった。