再びすれ違う二人
夜空に浮かぶ月。
窓からぼんやりとそれを眺めていた私はどれくらいの時間をそうしていたのか、気づいたときにはマイラがいれてくれたハーブティーがすっかり冷めていた。
「ああっ、いけない」
冷めたお茶が見つかれば、メイドの誰かが温かいものと交換してくれる。でも捨てるなんてもったいない。
見つからないうちにとごくごくとそれを飲み干した。
アルフレイド様はまだ起きているかな?
公爵邸に戻ってきたらすぐに文官たちに囲まれて、執務室に連れ去られてしまった。
そもそも帰り道もほとんど会話をしていない。
キスをしたのが信じられなくて、ドキドキしすぎて話がうまくできなかった。
「……私はアルフレイド様のことが好きなのよ、ね?」
改めて考えるとそうとしか思えない。これまで異性とろくに接してこなかったから、自分が人を好きになる人が来るなんて想像したこともなかった。
いつかは親の決めた相手と結婚するのだろうと思っていたけれど、貧乏令嬢に寄せられる縁談なんて期待できないから「何も考えない方がいい」と諦めていた。
「これが、恋」
アルフレイド様のことを思い出すとそわそわして落ち着かない。
今日は一日中一緒にいたのに、今すぐにでもまた会いたくなってくる。
『──リネットは、俺が好き?』
あのときはちゃんと答えられなかった。
でも、今度はきっと…………。
「ん?」
ちょっと待って。アルフレイド様から「一緒に幸せになろう」って言ってもらえて嬉しくて、キスをされてドキドキしたけれど。
「アルフレイド様は私のことをどう思っているの?」
誠実さは伝わってきたけれど、彼の方は義務感とか責任感がとても強そうだもの。結婚したからには大切にしないと……、って思ってるんじゃない!?
『リネットはリネットだから。──俺が言ったあのくだらない結婚条件は忘れ去ってくれ』
アルフレイド様は、私の風邪が治った後そう言ってくれた。
でもやっぱり恋多き女が好みなのは変わらないのでは……。
私は少しでも彼の好みに近づけるように、これからもがんばるべきなの!?
わからない。どうすればいいの!?
混乱していると寝室にマイラが入ってきた。
その手元には精油の小瓶と水差しの乗ったトレイがあり、よく眠れるようにとアロマオイルを持ってきてくれたのだとわかる。
「マイラ、大変!」
「何かございましたか?」
マイラは目を瞬かせる。
私は勢いよく椅子から立ち上がり、マイラのそばに歩いていく。
「ちょっと今から書庫へ行くわ!」
「今からですか?」
すでに就寝準備を終えていて、寝衣姿で向かう場所ではない。それはわかっているけれど今すぐ調べたいことがある。
「アルフレイド様が私のことを好きなのかわからないから……男性の心理を勉強して私に夢中になってもらわなきゃ!」
「え?はい?どういうことです?」
一体何を言っているんだろう、マイラの顔にはそう書いてあった。
「とにかく書庫へ行くわ」
私は椅子に掛けてあった厚手のショールを羽織り、書庫へ行くつもりで支度をする。
マイラは戸惑いながらも、トレイをテーブルに置く。
「よくわかりませんがご一緒いたします」
「ありがとう!」
私は急いで寝室を出て、別棟の書庫へと向かった。
◆◆◆
「リネットの顔が見たい」
「え?」
公爵邸に戻ってきてから急ぎの仕事を片付け、軽食を取って手早く湯を浴びた後で、アルフレイドはため息交じりにそう言った。
そばにいたダナンは「さっきまで一緒にいたのに?」と言いたげな目をアルフレイドに向ける。
「人を好きになるとこうも会いたくなるのか。もう食事をしたのか、ゆっくり休んでいるのか、リネットの様子が気になる」
「惚気ですか?それはいいことですね」
あははと軽く笑い飛ばしたダナンは、恋に悩むアルフレイドに助言する。
「気になるなら寝室へ行けばいいじゃないですか。夫婦なんですから」
「夫婦」
まるで今気づいたとでもいうような反応を見せるアルフレイド。
ダナンは仕方がないなという風に笑う。
「いや、でも順序というものが」
「もうすでに一度同じ寝室で寝ましたよね?何もなかっただけで」
「うっ……!」
あの夜のことはなかったことにしてくれ。アルフレイドは心底そう思った。
「夫が妻の寝室を訪れるのは普通のことですよ」
「リネットに怖がられたらどうする!?こいつ急にぐいぐい来たなと思われたら……!」
「別にいいじゃないですか。そもそも結婚したのに拒否権なんてありますか?」
「俺は!リネットを支配したいわけじゃない。夫の権力を振りかざさずに、まずは関係性の構築を」
悩むアルフレイド。しかしダナンは容赦なく追い立ててくる。
「どうします?早く行かないとリネット様が寝てしまいますよ?」
「ぐっ……!」
心は決まっていた。
アルフレイドは扉へ向かう。
「せめておやすみと言いたい。寝顔だけでも見たい。あわよくば触れたい」
「心の声が漏れていますよ。いつものかっこいいアルフレイド様の仮面がどこかに行っています」
「もう、いい」
「?」
「無様でも情けなくても、リネットにこの想いを伝えたい。好きだから抱きたい」
「下心は隠した方がいいと思います」
アルフレイドは苦悶の表情を浮かべつつも、「努力する」と呟くように言った。
廊下はしんと静まり返っていて、アルフレイドは緊張の面持ちでリネットの寝室へと向かう。
(いきなりやってきた俺を見たら、リネットはどう思うだろうか?一体なんと切り出せば?気になって顔を見に来たと言ったら、寝室に入れてくれるだろうか?)
リネットの寝室の前に到着すると、深呼吸をして気持ちを落ち着けてからノックをする。
「…………」
返答はない。
アルフレイドは再びノックをするも、中からは声も物音もしなかった────。




