見守り中
初デートを満喫する領主夫妻。
それを追いかける三つの影があった。
「デートで工房見学ってありなんですか?」
町娘風のワンピースの茶色のコートに着替えたグランディナが尋ねる。
ダナンは眉根寄せ「お二人がいいなら」と悩みながら答えた。
しかし、紺色のコートを着たマイラが工房の方を覗きながら言った。
「リネット様はお喜びだと思いますよ?」
「そうなんですか?伯爵令嬢なのに……」
「ああ~英雄譚がお好きだとか」
マイラは笑顔で頷く。
三人は、護衛とは別に「見守り」と称して二人の後を追っていた。
グランディナは納得しつつも、腕組みをしながら言う。
「問題は、おそろしいほど平和なことですよね」
「え?平和なのはいいことでは?」
マイラはきょとんとした顔になる。
「なんていうか……愛を深めるにはトラブルが起きなければ」
真剣な表情でそう言うグランディナだったが、ほかの二人は首を傾げる。
最初からすれ違い続きの政略結婚だったのだ。
平穏な時間が過ごせるのは何よりいいことのように思えたマイラは「そうでしょうか」と呟く。
「私がちょっと火でもつけてピンチを作り上げましょうか?」
「やめてください」
思わずダナンが止める。
「アルフレイド様の幸せのためなら家一軒くらい」
「家一軒焼かなきゃ幸せになれないって、どんな不幸の星の下に生まれてるんですか」
「だってアルフレイド様ですよ?家柄も容姿も何もかも揃っているのに今まで……!」
「本人にその気がなかったんですから仕方ないでしょう?」
グランディナとダナンの話を聞いていたマイラは、驚いて目を丸くする。
「アルフレイド様は稀代の遊び人ではなかったのですか?」
きっと優しい人なのだろう。それは何となくわかっていた。
でも、優しいがゆえに断り切れずに複数の女性と付き合ってしまった……という男性がいることも噂で聞いたこともある。
アルフレイド様の女性関係が華やかだという噂を、マイラは否定しきれずにいた。
ダナンは困り顔で「実は」と切り出す。
「アルフレイド様は一度も女遊びなどしていません。噂が一人歩きして、女好きということになっていますが」
「えええ」
マイラは愕然とする。
でも、リネットの結婚相手が遊び人でなかったことは喜ばしいことだった。
「それなら、あんな本など読まずに済んだのでは……」
「本?」
ダナンに聞かれ、マイラは即座に「何でもありません」とごまかす。
今は別棟の書庫に紛れ込ませてある、王都から持ってきた指南書。もうあれの出番はないのかと思うとほっとしていた。
「あの~、このままここにいるより、先回りしておきません?お腹もすいてきましたし」
グランディナが懐中時計を手にそう提案する。
確かにここでじっと待っているのも寒いし、今のうちに昼食を取るのがいいと意見は一致した。
「マイラは何が食べたい?お肉?お肉かしら?」
お薦めの店が近くにあるのと言われ、マイラはグランディナの勢いに圧倒されながらも笑顔で「ではお肉で」と答える。
グランディナは笑みを深め、そしてダナンにねだるような目を向ける。
「ダナンさんのおごりでね?」
「いいですよ。美女二人と食事ができるんですからごちそうします」
にこりと笑うダナンを見て、マイラは悟る。
ああ、遊び人はこっちだったのか……と。
もう一度工房の方へ目をやるも、二人が出てくる気配はない。
三人は揃って大通りに向かって歩き出し、少しの休息を取るのだった。




